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ロンドン郊外にある名門女子校の教室からは今日もうら若き乙女達の笑い声がこだまする。名家の淑女たる者、慈悲の気持ちを忘れず隣人に愛を齎すようにと教育されているからだろう、私のロッカーにはそんな愛が込められたゴミが詰められている。


毎日、毎日、朝早くに来てせっせと人のロッカーを汚すなんて本当に感心するわ。

私なら1分1秒だって長く寝てたいと思うもの。


「カノンってば、今日も髪を乾かさずに登校してきたみたい!」


「やだっ、きったなーい!」


「また寝坊しちゃって。」とヘラヘラ笑いながら自分の席へと向かう私を、意地悪なクラスメイトが大袈裟に避ける。


ツンとした顔で無視するより、こうした態度でいる方が彼女達を刺激しないと学習してから私はこうして頭の弱いおバカキャラを演じている。

本人に傷付いてる自覚が無い方が学園としても有難いだろう。

イジメ問題が大袈裟になれば親を呼ばれる…そんな事態は何としてでも避けたい。


「ねぇ、コレ、あんたのお兄さんって本当?」


怖い顔で私を見下すのは学園の女王、ヒストリア。

彼女が机に叩きつけられた雑誌に目をやると、憂を帯びた瞳の美少年が紙面いっぱいにデカデカと載っていた。


タキシードを着て前髪を上げた髪型にセットしている彼は、いつもより大人っぽく見える。


(へぇ〜。不服そうながら、なかなかカッコ良く写ってるじゃない。)


「ねぇ、私の質問聞こえてる?

この掲載されてる人、あんたの兄かってきいてんのよ!」


ヒストリアは何不自由ないお家のお嬢様でそこそこ美人なのに、どうしていつもこんなに不機嫌なんだろう。

彼女は何が不満なのかしら。


「彼は、私の兄じゃない。

ただの幼なじみで…」

「名前は?」

「え?」

畳み掛けるように言葉を遮られたものだから面を食らっていると、ヒストリアの舌打ちが聞こえた。


「だからっ、彼の名前を聞いているのよ!

まったく鈍臭いわね!お頭もここまで弱いと会話にならなくてイライラするわ!」


「あぁ…彼は、ショウジっていうのよ。」


「違うわよ!

ショウジ.カツラギなら誰だって知ってるわ!

私が聞いているのは、こっちの子よっ!」


(んん?)

ヒストリアの指差す場所に目をやると、ショウジの後ろに見切れてはいるが横顔Eラインが完璧の、見目麗しい美しい男性が写り込んでいるではないか。

薄茶色の髪の毛に、写真でも分かるくらい透けるような肌質の青年。

スタイルも良さそうで、気位の高いヒストリアが興味を持つのも頷ける。

だけど…


「私は知らないわ。

多分、ショウジの関係者じゃないかしら…」


「あっそ、分かったわ。

それなら来月にあるウェンザスターホールでやるマエストロ、マサト.カツラギのコンサートチケットを用意しておいてちょうだい。

そこで、自分で確認するから。

分かったわね?この役立たず!」


ヒストリアはパタンと雑誌を閉じると我儘と悪態を残して去って行ってしまった。

まるで嵐だったわね。


マサト.カツラギ。

ショウジのお父さんのコンサートのチケットならとっくに完売していてプレミアム扱いだし、そう簡単に入手出来るものでは無い。


「どうしよう…」


用意出来なかった。で、すんなりと納得してくれる相手じゃない。私はしばらく悩んだ末に携帯電話を握りしめて震える手でメールを打った。




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