第2話

我が名はイム。誇り高きグリーンスライムである。

広大な草原を駆け回り、全てを食らう眷属の一員にして深淵なる知性を持ち合わせた最高のエリートだ。

人間族の侵攻を神速を持って蹴散らし、一騎討ちで敵大将を倒した勇者の中の勇者と言える存在だ。



「何故だ!何故我が追放されねばならぬのだ!」


だと言うのに、今日、村からの追放が言い渡された。

あれほど仲良くしていたイジャジャが、しかし今日は渋面を晒している。


「………理由が聞きたいか?」


上半身裸のまま目頭を押さえ、呻くように告げられる。


「ア、イエ……ソレハ…。」


余りの剣幕につい尻込みしてしまう。勇者たる我だが、怖いものは怖い。


「いーや、よく聞け!オメェが!酔っ払って!オレ様の鎧を食っちまったんだろうが!」


そう、実はこの前の宴会で調子に乗って酔っ払い、近くに有った黒い鎧を食べてしまったのだ。

酒の席という事で何とかなるかと思っていたが、思った以上に怒っているようだ。

酒の在庫を全部飲んだのは何とかバレてないみたいだからギリギリのラインだったかも知れない。


ドワーフの名工の作というが、正直最高の味だった。素面の時にもう一度頂きたい。


「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている、か。どうやら鎧の暗黒面に引き釣り込まれてしまったようだ。」


うまい事言えたんじゃなかろうか。これには流石のイジャジャも怒りを収めて…。


「うむ!ちょうど我も妖精の宴に呼ばれておったのだ!イジャジャよ、今まで世話になったな!」


ヤベーよ。後ろに置いてある剣握るの見えたよ。流石にあんなん振るわれたらイチコロだよ。

急いで集落を離れる。【はぐれもの】が消えてなくて本当に良かった。



こうして、偉大なるイムの旅路が始まるのだった。



---


「イジェジェ様…。英雄を追放というのは…。」

「仕方ねぇだろ。流石に何のお咎めも無しには出来ねぇよ。ほとぼりが冷めた頃に呼びに行くしかあんめぇ。」





---




草原を進みながら昨日の事を思い出す。


(でも鎧をそこら辺の置いとくのも悪いんじゃなかろうか。その辺りをつついて交渉出来ないかな。)


そう考えながらも、怒ったイジャジャと交渉する気にはなれなかった。


(そう言えば、さっきは勢いで言ったが、妖精たちの所へ行ってみるのは意外と良い気がする。)


前回は凍らされて逃げてきたが、今は【はぐれもの】が有る。奴らの魔法なんぞ華麗に避けれそうだ。

そうだ。ちょっと蜜とか実を食べたくらいで凍らされるのは理不尽過ぎる。ここらで見返して『ざまぁ』してやるべきじゃなかろうか。

我ながら冴えている。そうと決まれば早速出発だ。



「久方ぶりだな。精霊の愛し子達よ。冥府の底から英雄が帰還したぞ!」


久しぶりに妖精の溜まり場へ行き宣言するも、何故か歓声は返って来なかった。

おかしい。コイツらは陽気なやつなんだが…。


「久しぶりですね。イム。人間達を追い返したというのは本当なのですか?」


奥から少し大きい妖精が現れる。草原の妖精達を取り仕切っている存在で、前に氷を溶かしてくれたヤツだ。


「アリーか、耳が早いな。我の前では人間なぞ物の数では無かったぞ。」


答える我をジッと見つめる。何故か周りの妖精達も静かなままだ。


「…そうですか、長旅でお疲れでしょう。まずはゆっくり休んで下さい。」


アリーに蜜を差し出される。


(うーむ、厄介事の匂いがプンプンするぞ。長居しない方が良さそうだ。)


蜜を食べながらも警戒を深める。一応お代わりもしておいた。


数日過ごしてみたが、やはり妖精達の様子がどこかおかしい。遊ぶ時は遊ぶんだが、ふとした時に悩んでるようにも見える。

元気だけが取り柄なのに調子が狂うなと思いつつ、蜂蜜酒を頂く。英雄の凱旋は大いに祝福され、前回は封印されていた酒まで御馳走してくれているのだ。

程良い飲み口でついつい飲み過ぎてしまう。つまみに骨も欲しいが、妖精達は殺生を殆どしないので残念ながら諦めている。


「イムよ、美味しいですか?」

「ああ、佳人の酌で飲む酒もまた乙なものよ。月が出ていれば言う事無しだったのだがな。」


アリーは薄いベールをまとった格好で、周囲の妖精達が扇であおいでいる。

どこかの王侯貴族のようだと思っていると、真剣な顔でアリーが話し出した。


「実は…お願いがあるのですが…。偉大なる戦士イムに東方の地を救って貰いたいのです。」

「フム。」

「東方の地に届ける筈の世界樹の実が何故か消失してしまい、今彼の地は混乱に陥ってるのです。」

「不無?」

「消失した時期は前回イムが滞在していた頃でして…。」

「HUMU」

「私の鑑定眼で見た所、イムの【はぐれもの】の性能がおかしい事に…。世界樹の実には加護を与える効能があると言われてまして…」


(前回やたらとうまい実を食べたと思ったら、世界樹の実だったのかよ!どうりで凍らされる訳だよ!蜜も激ウマだったよ!!)


「sぴだksd」

「?」


ヤバイ、訳分からなくなって言葉が喋れなかった。何なら一つ前の台詞からおかしかった位だ。このまま痴呆を装って逃げれないだろうか。



「…しかし、イムはその力を持って草原を救ってくれたのです。ですから世界樹の実の件は忘れようと思いましたが…。」

(そうだ、嫌な事は忘れよう。我も世界樹の事は忘れよう。)

「東方の地の惨状を聞いてしまい、皆悲しみにくれています。幼子達も心から楽しめない日々が続いています。どうか、そのお力をお貸し頂けないでしょうか?」


かなり深刻な話みたいだ。正直全て忘れて帰りたい。

しかし、世界樹の実を食べた事は許してくれてるみたいだし、ここはノーと言えるグリーンスライムになるべきじゃ無かろうか。

草原の事ならいざ知らず、東の地って言っても太陽が昇る方向という位しか分からんし。


「…断る!」

「そんな!?」

「アリーよ、この地の実りに頼らなければ破綻してしまうというならば、既にその世界は滅びの運命に有るのだ。自然の摂理を曲げるのは世界の禁忌に触れるぞ。」

「それは……。」


普通の魔物は森の恵みが少なければ奪いに行くが、妖精なら何とか通じるかも知れん。カムバック平穏!


「今日の話は聞かなかった事にするよ。アリー、妖精の使命を忘れるんじゃないぞ。」


何とかなりそうで一安心だ。蜂蜜酒がまだ少し余っていたし、アレを飲み切ったらお暇しよう。


翌日、起きてみるとアリーは居なかった。近くの湖で祈りを捧げているらしい。


(うーむ。少し後味が悪い気もするが…、仕方あるまい。皆自分の命が一番なのだ。)


そう思い、広場に行くとアケビの実が置いてあった。皮が割れて美味しそうな実が見えている。


「誰か居ないのか?」


気持ち小さな声で確認する。妖精達は気ままだから、食事を用意した後に遊んでいるのかも知れない。

このままだとアケビの実に虫が寄って来そうだ。うん、絶対寄ってくる。折角の御馳走、虫に食べさせるのは勿体ない。

ふらふらと吸い寄せられていく。本能に忠実なこの身が憎い!


「「かかった!!」」


アケビを消化している所で、妖精達の声と共に動きを封じられた。


「結界だと!?無駄に高度な技術を!」


我の周りを半透明な膜が覆っている。完全に封じ込められた。


「あーあー、いけないんだー。」

「世界樹の実を食べちゃったー。」


「世界樹の実だと?何を言っている。我が食べたのはアケビだぞ。」


そう言いながらも嫌な予感がする。コイツらもしや…。


「アケビー?でもイムのお腹の中には何もないよー?」


妖精達が我の体を指さす。先ほどまであったアケビは既に消化されている。健康ボディが恨めしい。


「ふざけるな!流石に怒るぞ!?」


我が怒鳴ると、突然アリーが現れた。今まで透明化していたようだ。


「……イム…。まさか昨日の今日で盗み食いなんて…。」


疲れた顔でアリーが囁く。アリーは昨日お酒を飲んでなかった筈だが、おかしいな。


(いや、異界の使い魔達から守る為に隔離したんだ。)

「美味そうなアケビが有ればしょうがないだろう」


「…ハ?!何故思った事が!」


「…ふぅ、本心を喋る魔法をかけました。」


「高度な魔法使い過ぎだぞ!?」


「昨夜の貴方の言う通り、妖精の使命を全うしたのです。盗み食いなんてしなければここまでするつもりは無かったのですが…。」


頭に手を当てながらアリーが呟く。「昨日は上手く誤魔化せたと思っていたが、余計なことを言ってしまったみたいだ。」


「…声に出ていますからね。」


マズイ。「無心になるのだ。我は無だ。」


「………。イムよ、東の地に赴き、彼の地を救いに導きなさい!それまでこの地に戻る事は許しません!」


そう言って、我に魔法をかける。「ギャー!これ契約魔法じゃねーかー!」





そうして、新たなる伝説が始まるのだった。



「おい!そこの羽虫!ざまぁって言いやがったな!」

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