最弱のスライム、仲間から追放され続けて『はぐれスライム』となる。え?仲間になってほしい?速度が違い過ぎて難しいな。

アタタタタ

第1話

我が名はイム。誇り高きグリーンスライムである。

広大な草原を駆け回り、強大な敵にも果敢に立ち向かう勇者の一族だ。

その中でも我は前世の記憶を持ち、深淵なる知性を持ち合わせている。エリートの中のエリートと言える存在だ。



「何故だ!何故我が追放されねばならぬのだ!」


だと言うのに、今日、一族からの追放が言い渡された。

老スライムはプルプルとしながら思念を送ってくる。


≪だってお主、念話は使えないし、無駄な行動が多いし、ぶっちゃけ弱すぎるのじゃ。≫


威厳のある揺れをしながら、厳かに告げられる。

確かに我は念話を使えない。ぶっちゃけ若いスライムとは会話すら出来ない。

一族の皆が本能に従って動けてるのに比べて前世の知識が邪魔をしてうまく動けない。

毎回お情けでパーティに加えて貰い、≪次からはちょっと…≫と言われるような存在だ。更に言うとプルプルもうまく出来ないくらいだ。


「しかし!それでは!我は飢え死にしてしまう!!」


恥も外聞も捨て去って、堂々と宣言する。偉そうに言ってみたら逆に何とかならないだろうか。


≪長老、流石にかわいそうでは…。≫


我の言葉に同情して、良識あるスライムが声をかけてくれるが、すぐに両脇?を抱えて連れ去られてしまう。

あと一歩で成功したのに、と悔しみながら周囲を見渡す。他に助けてくれるスライムは居なそうだ。


≪私たちは草葉や遺骸を食べ、雨露で潤えば生きていける。一人でも何とかなるだろう。それにお主が特別な存在だと言う事は分かっておるのじゃ。

良い機会じゃし、広い世界を旅して来なさい。≫


優しい声で語りかけてくる。何故かプルプルにキレが無い気がするが…。


「長老、まさか貴方は…。」

≪皆まで言うな。わかっとる。餞別も用意しとるから持って行きなさい。幸運を祈っておるよ。≫


長老が地面に置いてあるモンスターの骨を指し示す。

骨は栄養価が高く貴重な食材で、お祝いの日にしか食べれない一品だ。

こんな大事な物を渡してくれる事に感謝して、一族から離れる決意を固めた。

最近は「働きたくないでござる。」と言って食っちゃ寝してる事も多かったから、特別な才能を腐らせていく事を惜しんでくれたのだろう。


「分かりました。不肖イム、この世界にグリーンスライムの勇名を轟かせて見せましょう!」


早速骨を体内に入れながら、そう宣言する。三つ有ったから全て貰っておいたが、わざわざ持ってきてくれたものだし大丈夫だろう。



こうして、偉大なるイムの旅路が始まるのだった。



---



≪長老、イムって特別な存在なんですか?≫

≪いや、知らんよ。流石に最近怠けすぎておったからな。飢え死にはしないし大丈夫じゃろ。……それよりもアヤツ、3つとも骨を持って行きおったな。

この後の宴会に使う予定じゃったのに!≫




---



草原をゆるゆると進み、体内の骨を消化していく。


(食べ終わってから皆の元に帰るのは流石にマズイかな…?)


御馳走を堪能しながらふと考えるが、怒られそうな気がして躊躇する。こんな事なら骨一本に留めておくべきだったかも知れない。

これからの事を考えると、異種族のグループに加えてもらうのが良さそうだと考える。

スライム種を捕食するモンスターは少なく、攻撃される事も殆ど無い。最弱の種族であるが故に、放っておいても害は無いと認識されているのだ。

更に前世で冒険者をしていた記憶から、モンスターは異種族でもパーティを組む事が多く、一種類よりも強力な相手だったと思い出せる。


(どこかの集落に入れれば、出たゴミを消化出来るだろうし、快適な生活が送れるかもな。)


スライムは味覚も臭覚も無く、何でも消化出来る。石とかになると吸収より消化のエネルギーの方が大きくなる為、グリーンスライムが好んで食べる事は無い。

食事を味わう事が出来なくなった訳では無く、消化の時に良質なエネルギーを得られると美味しいと感じられる。

排泄物については前世の記憶が邪魔をして吸収する事が出来ない。この辺りから特別な存在だとバレたのかも知れない。

人間の街に行くと排泄物処理の為に飼われるか駆除されるので、絶対に行ってはいけない。



(お、あっちに煙が上がってるな。)


目の前の森の奥から何筋かの煙が見える。ゴブリンでも火をたく事が出来るし、何らかの生物が生活しているのだろう。

人間であっても街の外なら追い払われるだけだろうし、気楽に近づいていく。

暫く進むと掘立て小屋のような粗末な建物が見えてくる。緑の生物が何匹か居るからゴブリンの集落みたいだ。

ゆっくりと近づいていくと、前方に3匹ほどのゴブリンが立ち塞がって来た。


「スライムだ!」

「ほんとだ!やっちゃえ!」

「ダメだよ!食べられないから怒られるよ!」


どうやら子供のゴブリンのようだ。背が高すぎて少し区別が付きづらいが、奥にいるゴブリン達よりも小さい気がする。

やられない内に声をかける事にする。


「我が名はイム、旅のスライムだ。世界の謎を解き明かす為に放浪している。良かったら少し滞在させてくれないだろうか。」


言葉は通じるようなので喋りかける。子供に言っても通じないだろうが、最初が肝心だ。


「「「喋った!」」」


「ゴブリンの幼子達よ。話の分かる者の所へ案内してくれないか?」


優しく話しかけると、大人達を呼びに行ってくれた。


「んで、オメェが旅人スライムか?喋るスライムっつーのは初めて見たが、何しに来ただ?」

「世界の謎を解き明かす旅をしている。…まぁあちこちを見て回ってると思ってくれ。少し宿を借りれないだろうか。」


世界の謎と言った所で怪訝な顔をされたので、言い直す。出来ればずっと居座りたいが、まずは少しと言って様子を見るべきだろう。


「構わねえだよ。オラ達の村は旅人歓迎だ。御馳走なんかは用意出来ねぇが、好きなだけ居てくれや。」

「ありがたい。子供も元気で良い村だな、ここは。」

(よし!言質は取った!)


内心を隠しながらも返答する。

村長に空き小屋を案内されたが、宿代を取られては敵わんと思い村の端っこに居座らせて貰った。

若木が生えていて、日差しも遮る事が出来るし木に登って草葉に紛れれば雨も凌ぐことが出来る。スライムの集落に居た頃よりも快適だ。


何日か過ごしてみると、快適な生活が我を待っていた。この集落では武器に使って壊れた骨を捨てているらしく、それを快く譲ってくれたのだ。

スライムにとっての御馳走を毎日食べる事が出来、雑草なんかは口直しに食べるくらいという最高級の生活だ。こんな生活は人間の頃にも送った事が無い。

仕事も特にする事が無く、子供の相手をしていれば喜ばれる。少しヤンチャな子供に苦労するが、我にとっての『約束された地』を見つける事が出来たのかも知れない。



「イムよ、すまない…。村から出て行ってくれないだろうか…。」


だと言うのに、何故かまたもや追放を宣言されてしまった。


「何故だ!何故我が追放されねばならぬのだ!好きなだけ居て良いんじゃなかったのか!?」


まだ若い長ゴブリンは申し訳無さそうに続けた。


「本当に済まない。…最近、子供たちが『働きたくないでござる。』『不労生活最高でござる。』とか言い出してしまってな。話を聞くにイムの真似をしたんだという…。」


(それは…何かの間違いじゃ無いだろうか。もしかしたら闇の精霊との会話が漏れたのかも知れない)

「え!!? 独り言聞かれてたの!!??」


余りの驚きに、本心をそのままぶちまけてしまった。折角フワッとした言い訳を考えたのだが、ここから挽回は難しそうだ。


「本来は子供たちを間違った道から戻してあげるのが我々大人の仕事なのだが、何人かの親が、イムを遠ざけて欲しいと言ってきてな。

子は村の宝なのだからと言われては、頷くしか出来なかった…。」

(ヤバイ。これはガチもんのガチだ。下手に居座ると確実に恨みを買う。)


そう思い、非常に惜しいが旅立つ決断をした。


「長老よ、気にするな。我も少し長居し過ぎたようだ。この世の深淵を見るまでは足を止めてはならないのだ。止まり木から旅立つ時が来たのだろう。」


そう言って、広場から離れる。

いつの間にか集まっていたゴブリン達は悲しそうに、しかしどこかホッとしたような面持ちで見送ってくれた。


「「「イムーー!ごめんなさい!!立派な大人になるから、また遊んでねー!!!」」」


出口に近づいた所で、後ろから子供たちが飛び出してきた。

目に涙を浮かべ、本当に悲しそうにしている。


「また会おう、我が盟友達よ!」


良い記憶のまま別れれば、世代交代した後にシレッと戻ってこれるかも知れない。その時は絶対に独り言に気を付けなければ。





---



その後もあちこちの種族と生活を共にした。


コボルトの村に行った時には

「お主が隠れて骨を食べてるのは分かっておる!我々の好物を好きに食いおって!許さん!出ていけ!」

と意見の相違の元に別れ、


スケルトンの集団と行動を共にした時は

「すまない。その白く輝く腕(かいな)を我に預けてみる気はないか?イリュージョンを披露してみせよう。」

と言って腕を貰おうとした所、本気で殺されそうになった。

後悔はしているが、御馳走が目の前にあったらしょうがないと思う。


ゴーストの集会にも参加したが、彼らは殆ど喋る事も無く、食べれそうなものも持っていなかった。

『恨めしい…。』という念話がウザかったので、早々に退散した。


妖精種とは一番仲良く出来たのだが、花の蜜の取り合いでしょっちゅう喧嘩になり、しまいには凍らせられるようになったので逃げて来た。



他にもいくつかの集団と行動を共にしたが、運命の楔から逃れる事は出来ずに流離い続けている。


(次こそは約束の地を見つけたいものだ。)


そろそろ故郷に戻っても良いかなーとも思いつつ、目の前の集落を観察する。

この集落はなんと、複数の種族が共生している集落だ。

オーガを中心に、ゴブリン、コボルト、ハーピィにラミアまでいる。この草原近郊において最大の集落で、ジェネラルオーガが統治している。

人間種から見れば脅威だが、今の我からすれば最高の環境だろう。

大きな集団ならゴミも多い筈だ。魔物に排泄物を綺麗にするという考えは薄いから、変なモノを食わされる可能性も低いはず。



そう思い進んでいくと、木柵の途切れた所に門のようなものが有り、門番が立っていた。思った以上に統制されている事に驚きつつも、用件を告げる。


「我が名はイム、この世の真理を追い求める求道者だ。一時の逗留をお願いしたい。」


旅の間学んだが、最初は威厳を持って接するのが良い。相手が強者と勘違いして迎え入れてくれる場合が多い。暫くの間は丁重に扱われるのでオススメだ。


「ここはイジェジェ様が収める村だ。旅人ならば歓迎されるだろう。」


モンスターの世界では比較的旅人が優遇され易い。

というか人間の頃に思っていたのとは違い、紳士的な相手が多い。たまに自分が一番クズなのではと勘違いしてしまいそうになるくらいだ。

広場に案内された先には、漆黒の鎧を身につけたオーガが居た。表には出て無いが、とてつもないオーラを感じる気がする。何より鎧がカッコイイ。


先ほどと同じように名乗りを上げると、

「旅人か、歓迎しよう!オレ様はイジェジェ!何か有れば頼りな!」


快く歓迎してくれた。切符の良い御仁で、ここでの生活も期待できそうだ。




思った通りに快適な生活で、骨や鉄、木の端材に、たまにだが酒さえも飲む事が出来た。

旅して思ったのだが、グリーンスライムの集落では狩りに出かけないといけないが、他種族の集落ではゴミを食べれるので殆ど働く必要が無い。

もしかしたらこの世界が天国だったのかも知れない。


「おう!イム!今日はドワーフ達と取引が出来た!久しぶりの酒だぞ!」


今日もイジェジェに声をかけられる。

オレ様な性格だが非常に面倒見が良く、我のようなスライムも気にかけてくれる。戦利品が有れば皆で分け合い、困った事が有れば助け合う。

人間の頃にも出会えなかった幸福に包まれ、この村では掟に従っている。もうここに定住しよう。そう心に決めたのだった。



そんなある日の事、イジェジェに呼び出された。

嫌な予感を感じながら向かうも、我だけで無く、ゴブリンやコボルトの子供達も一緒だから大丈夫だろう。

広場にはイジェジェと幹部のオーガが集まっており、難しい顔をしている。



「本日を持って貴様らを追放する!直ぐに荷物を持って退散しろ!」


何度目かになるその言葉に愕然とする。この村ではルールに従いやって来たつもりだが、また失敗したのだろうか。絶望に打ちひしがれていると、イジェジェが続けて怒鳴った。


「人間達の軍隊が近くまで来ている!オレ様達が食い止めるからすぐに逃げるんだ!!」


その言葉にハッとして、イジェジェを見上げた。


「何人か護衛をつけるが、子供たちを頼むぞ!イム!お前の変な話は面白かったぜ!」


そう言い、幹部達と離れて行った。

我らも追い立てられるように村を脱出した。それぞれの種族の子供と若手数人だけの集団で、森の奥に進んでいく。

我も一緒に着いて行くが、村を出た辺りから何故か体が重い。本来なら先導して草を潰してあげたいが、子供たちについていくのがやっとの状態だ。


大分時間が経ち、日が傾き始めて来た。近くの小川にまで進み、今は小休止を取っている所だ。

皆村の事が気になり、沈痛な面持ちをしている。我も同じで、あの楽園が失われる事を信じたくない。

誰も喋らずに水分の補給をしていると、後ろから物音が聞こえてきた。



『こちらに居ます!幼体多数!ここで始末しましょう!』


怒声と共に数人の騎士が茂みから出てくる。全員が騎士という訳では無く、軽装の人間も何人かいる。



「人間だ!マズイぞ!」

「私たちが食い止める!逃げろ!」


決死の覚悟で若手の戦士が道を塞ぐ。


(マズイ。絶対に勝てない。)

数の差で負けてる上に個々の技量でも劣っているはずだ。オーガの若者だけは持ちこたえるだろうが、周りを崩されて終わりになる。

そしてその時間で我々が逃げる事は難しい。我だけなら草藪に紛れて逃げられるかも知れないが…。


『大人しくくたばれ!この草原一帯は我々ドミニオン王国が管理する!全ての魔物は殲滅だ!』


宣言すると同時に騎士が剣を掲げる。

草原一帯という事は、スライムもゴブリンもコボルトもスケルトンもゴーストも、ついでに妖精もやられるのか。

目の前が真っ暗だ。気が遠くなるのを何とか堪える。


(我こそが!ここで動かなければならない!)


何とか気を震い立たせる。今までの旅路を思い出し、勇気を振り絞る。



『フハハハハハ!愚かな人間どもよ!真なる支配者を差し置いて、草原を管理するだと!片腹痛いわ!』


そう人間の言葉で喋りながら、先頭に躍り出る。

前世の影響か人間の言葉を分かるだけでなく、喋る事も出来るのだ。


『なんだと!?人の言葉を話すだと!?』


騎士が動揺する。人間の言葉を解するモンスターは総じて高位の魔物で、数人の騎士で倒せるモノではない。


『隊長!マズイのでは!?いくらスライムと言えど、こちらの人数が…!』

『黙れ!敵に動揺を悟られる愚を犯すな!』


上手く行くかと期待したが、隊長と呼ばれた男が一喝し、動揺を収まらせた。


『我は深淵をのぞくモノ!我と対峙するという事は、深淵に触れる事だと知るが良い!』


勢いのまま言葉を紡ぐ、覗いたのは水たまりくらいだが、似たようなモノだろう。


『私が行く!もし勝てない相手なら撤退しろ!』


隊長が前に出てくる。(そのまま逃げろよ!)と思いながらも味方に声をかける。


「立ち去れ!貴様らの役目は既に無い!」


何気に一番言ってみたかった台詞も言えて、大満足だ。何人か残っていて欲しかったが、下手に命をかけられると我が逃げられなくなる。

可能性は限りなく低いが、まだ時間を稼いで逃げる事を諦めた訳ではない。


今まで様子を伺っていた戦士達が、我を見て去っていく。


「戦士イムよ。子供達は必ず逃がす!お前も必ず逃げ切れ!」


苦渋に満ちた表情で、足早に森へと消えていく。



『待て!』


騎士が追いかけようとするが、すぐに威圧する。


『我に後ろを見せようと言うのか。ヒトというモノはいつまで経っても愚かなままだ。』


渾身のプルプルを披露し、尊大に告げる。この旅の収穫の一つで、今なら長老にも勝てると思っている。


『おい…、こいつ光ってないか?』


『光ってます…。隊長…、ヤバイですよ。』


騎士たちがヒソヒソと話し合うが、時間が稼げるのは有難い。時間を稼いだたら水にドボンだ。河童達に教わった河下りの秘儀を見せてやろう。


『くどい!遠征隊の一員として、戦わずに逃げる事など出来ん!』


(我なんて戦っても無いのに逃げまくりだったんだが…。)と思いながら逃げる準備をする。

正確には逃げながら翻弄する感じだが、うまく行く事を願う。


『死ね!』

怒声と共に斬りかかってくる騎士隊長を避けようと、身体を動かすと、一瞬で河の反対岸に移動した。


(………は?)


我ながら意味不明で、思考停止に陥る。

幸い、相手もこちらを見失っているようで、辺りを見回してるだけだ。



『……、その程度か。久方振りにヒトと戯れてみたが、昔と変わらずに脆弱なままだな。まだ続けると言うのなら、次は深淵をお見せしよう。」


自分に起きた事を理解しないまま、何とか言葉を紡ぐ。心臓はバクバクだ。



『…逃げるぞ。我々の手に負える相手ではない。』


数秒睨み合った後、相手が告げる。


『貴様の名前は?』


騎士が全員が森に戻っていき、最後になった隊長がこちらに問いかける。悔しいのか、唇を嚙んでいるようだ。


『我が名はIMU。宵闇の護り手にして、明の明星と対を成すモノよ。精々闇夜を恐れるが良い。』


非常なる警告を宣言し、相手を見送る。心は歓喜で溢れているが、微塵も見せるような真似はしない。

一応名前は魔物の発音で発声した為、正確には伝わらなかっただろう。



相手が去ると河が流れる音が響く。騎士達は消音の魔法を使っているからか、森からは全く音がしない。

先ほどの自分の動きは何だったのだろうかと思い、自らのステータスを確認する。他の魔物は持ってない特殊なスキルだ。

ステータスには【はぐれもの】という称号がついていた。速度と防御力が増加するという内容だが、上昇値がヤバイ。


試しに動いてみると、一瞬で河を渡り、反対側の森の入り口まで到着した。


(トンでも無いスピードだ。これならもしかしたら…。)


そう思い、イジャジャの事を考える。

逃げろと言われたが、彼らを助けたいなら戻るべきだろう。幸いこのスピードならイザという時離脱出来る。我の危険も少ない筈だ。

攻撃力は全く上昇して無いから攪乱しか出来ないが、イジャジャ達オーガと上手く連携すればやりようは有るはずだ。


決断するとまずは子供たちの様子を確認しに行く。すぐに追いつき、若い戦士達に敵を撃退した事を告げる。

驚愕していたが、我のスピードを見せると納得し、子供たちの事を任せても大丈夫か確認する。


「今までの恩義に報いたい。村だけでなく草原全てへの恩だ。」


そう告げると、戦士達は快く送り出してくれた。


すぐに村までの道を戻る。先ほどの騎士達と遭遇しないように迂回して進むが、体の制御がうまくいかず何度も木に激突した。

その甲斐も有り、到着する頃には慣れてきたが、帰って来た村は炎に覆われていた。


「イジャジャ!」


広場の方で剣戟が聞こえた。村に入ると戦士や人間達の死体が転がり、地獄のような光景が広がっている。


(平和な村を!許せん!)


イジャジャ達はオーガを外縁に陣形を組み、内側にアーチャーやメイジがいる。

人間達は遠巻きに魔法や弓を放ち、オーガ達が防いでいる。オーガが突出したら袋叩きに遭い、アーチャー達が前に出れば集中砲火されるのだろう。

騎士達の間に数体のオーガが事切れており、前に横たわるアーチャー達は矢が何本も刺さっている。


ジワジワと追い詰められているが、打開策が無いのだろう。イジャジャ達はじっと堪えている。


(いや、子供達を逃そうとしているんだ。子供たちが逃げればイジャジャの勝ちなんだ。)


その思いに涙が溢れる。スライムに流れる涙など有りはしないが、確かに心が震えているのが分かる。



「イジャジャ!子供たちは逃がしたぞ!」


近くの家の屋根に上がり、広場を見渡す。建物の反対側は燃えているが、長く留まるつもりは無い。


「イム!無事だったか!感謝する!!」


「我も力を得た!共に戦おう!」


イジャジャに伝えると、次は人間に告げる。


『人間よ!別動隊は既に居ないぞ!最早孤立無援と知るが良い!』


広場周りの屋根を移動する。

敵にスピードを見せるのは余り良い事では無いが、攻撃力も無いし、イジャジャ達に見せる為にもやるべきだろう。

案の定人間達が動揺する。


『団長!あのスピードは…!』

『狼狽えるな!』


一喝した人間が団長なのだろう。周りよりも見事な鎧を着ている。先ほどの隊長と言い、統率力のあるヤツらばかりだ。

オーガ達は一瞬の動揺を見逃さず、イジャジャの雄叫びと共に突進する。

人間の魔法使い達がすぐに反応するが、その行動を妨害する。


『甘いわ!』

道中蓄えてきた小石や砂をばら撒く。高速で動きながらの煙幕に、敵は狙いをつけられずに闇雲に矢をバラ撒くだけだ。


「オレ様にこんなモノが効くかよ!」


叫びながらイジャジャが飛び出してくる。矢や魔法をモノともせず、接敵した瞬間に数人を吹き飛ばす。

イジャジャに続きオーガ達が暴れ出し、形勢は逆転しそうだ。


気を緩めた瞬間、横合いから斬りつけられた。


『今ので斬れないとはな。やはり貴様は生かしておくべきでは無いな。』


いつの間にか敵大将に接近され、斬られるまで気付かなかった。

更に斬れないとか言ってるが、着実にダメージを受けている。


『まさか、貧弱な人間風情が我に挑もうと言うのかね?』


喋りながらも打開策を考える。逃げる事は出来るが、コイツがイジャジャ達の元に向かった場合、戦況がひっくり返される恐れがある。粘れるだけは粘るべきだ。


『ああ、貴様だけは倒さなければならないと私の直感が警鐘を鳴らしている。』


確実にその直感は狂っている。警鐘を錆び付かせてやりたい気分だ。


『フ、真理の前には全てが虚しい存在だ。命を賭けた余興に付き合ってやるとしよう。』


相手が踏み込めば一瞬で距離を詰められるが、我のスピードの方が速い筈だ。隙をつかれないように気を付ける。

そう思いながらも、広場も確認していく。


少しの間対峙していると、またもや話しかけてきた。お喋りが好き何だろうか。


『やはり、私の勘に狂いは無かったな。この場面でその平常心、さぞや名を馳せた魔物だったのだろう。だが見誤ったな!』


そう言って、懐から何かを取り出そうとする。


「イジャジャ!」

「応よ!」


懐から手を出した所で、後ろから斬りつけられ、呆気なく敵大将は絶命した。

何がしたかったかは不明だが、一対一で戦う義理など無いので、仕方無い事だろう。

イジャジャの接近を誤魔化そうと、体内に残った僅かな砂をまき散らしていたのも我ながら良案だった。


広場での戦闘も片付いており、後は残敵の掃討だ。

村は大部分が焼けてしまったが、思った以上に味方の死体は少なく、復興は近いのかも知れない。




戦いが終わり、死者を弔った後は宴会だ。まだ家は焼け落ちたままだが、この宴会自体が弔いの行為なんだろう。


「偉大なる戦士達に静寂を!勇敢なる戦士達に乾杯を!そして、神速なる戦士の誕生に祝杯だ!」


イジャジャの言葉と共に、皆で杯を掲げる。今夜は我も主役なので、思う存分飲んで大丈夫だろう。

正直ここまで命を賭ける事になるとは思わなかったが、村を守れた事を誇らしく思う。


「イムすごーい。」「スライムも強いんだー。」「すべすべー。」

子供達も無事帰ってきて、いつも通り我は囲まれていた。この村でも子供たちの面倒を見る事が多かったから、一番仲が良いのだ。


酒が無くなるまで宴は続き、イジャジャを始めとする戦士達と何度も酒を酌み交わした。故人を思いながら、前途を祈りながら。





---



あの戦闘から時が経ち、今では村の建物も建て代わっている。人間達はあの後他国との戦争が起き、草原所では無いみたいだ。


そして我も村に長く居続け、【はぐれもの】という称号も消えかかってきている。

短時間の使用なら問題無いが、いずれは消えてしまうのかもしれない。



「イムー、あそぼー。」

「冒険に行こうよー。仲間に入れてあげるー。」


「ふ。仲間になって欲しいだと、速度が違い過ぎて難しいな。」

そう言って一番に草原を駆けて行った。

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