第十六話 それで終わりなんかじゃない!

「パールさん! こんなにボロボロになって!!」


 エクソシスト歩きでとぼとぼと女子寮の正門をくぐると、ロザリアたんが駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きしめてくれた。玄関前で私が帰ってくるのをずっと待っていてくれたらしい。


 長い、長い戦いだった……。

 とっくに授業は終わって、夜になっている。ロザリアたんも制服姿から部屋着の罪深つみぶかワンピース姿になっていた。


「ま、ましゅま……おっ、ぱい……!」


 ――死闘で満身創痍の体にロザリアたんのぬくもりがみる……!


 ロザリアたんの優しさとマシュマロおっぱいに感動しすぎて、口に出して言うべきパールちゃん的建前と心の中にしまっておくべき佐藤 美咲的本音が逆転しちゃってる☆


「え、ましゅま……え?」


 でも、戸惑うロザリアたんが見れたからいっか! 気高く美しい天使か女神の困り顔、めっちゃかわいい!!


 ……と、心の中はいつもどおり饒舌なのだけど。


「ま、ましゅま……ましゅ……ましゅー……」


 満身創痍過ぎて私の口から出てくるのはどこぞの攻撃的地球外生命体みたいな呼吸音だけだった。そんな私の背中をなでながら、ロザリアたんは震える声で言った。


「パールさん、あなたがわたくしのために怒ってくれたことはわかっています。でも、だからって暴力はダメ」


「ま、ましゅ……」


「それに相手は曲がりなりにも皇太子、この国の次期国王なんですよ。このままでは退学……いいえ、大逆罪で死刑の可能性すらあります」


「ましゅ!!?」


 それは確かにまずい!

 エクソシスト座りをして、大型犬のごとき懐きっぷりでロザリアたんのマシュマロおっ……優しさに甘えていた私はハッと目を見開いた。


 物語の強制力を振り切って小説版やゲーム版つるタマで用意されているルートやエンディング以外に進もうとすれば、つるタマのシナリオとは全く関係なくデッドエンドに辿り着いてしまう可能性も出てくると思っていた。

 でも、まさか……こんなに早く命の危機に直面することになろうとは! ちょっと自分の気持ちに正直に行動しすぎちゃったかな☆


 クソ皇太子のロザリアたんに対する暴言や仕打ちは、多分、ほとんどが物語の強制力のせいだ。そうとわかっていながら感情がたかぶり過ぎて、加減と、このつるタマ世界における常識やら刑罰やらが頭からスポーン! と、抜け落ちてしまったのだ。

 腹が立っていたのもある。けど、半分くらいは嫉妬だ。ロザリアたんの婚約者とか恨めし……羨まし過ぎるし。ロザリアたんにあんなに愛されてるなんて恨めし……恨めしい! 羨ましいし恨めしい!!


 でも、デッドエンドはごめんだ! 天使か女神なロザリアたんのためなら死ねるけど、クソ皇太子のためなんかでは死にたくはない!! だって、死んだら天使か女神な推しのロザリアたんを見つめて、愛でることができなくなってしまうじゃないか!!!


「明日、わたくしといっしょに殿下のところに謝りに行きましょう。さぁ、いつもの突拍子もないこともするけれど、優しいパールさんに戻って。人間の姿を思い出してちょうだい」


 人間の姿を思い出してちょうだいって今の私、どんな名状しがたい姿してんの? って、思ったけど……一瞬でどうでもよくなった! ロザリアたんの天使か女神な声が私の心に沁み渡る!!


 あいるびーばぁーっく……!!(人間の心を取り戻す的意味合いで)


 エクソシストお座りを止め、すっくと人型に戻った私を見て、ロザリアたんは目と眉をつりあげた。


「その頬の傷のことも、殿下への行動も……心臓が止まるかと思いましたよ、本当に。パールさんはわたくしの想像の範疇を遥かに超えたことをしてばかり。あなたといっしょにいると心臓がいくつあっても足りませんわ!」


 ロザリアたん、かなりご立腹のようだ。人型に戻った私は首をすくめて、上目遣いにロザリアたんを見つめた。


「ごめんなさい、ロザリアたん。……で、でも! これであのクソ皇太子……」


「殿下、です!」


「……殿下も私を正妃になんて二度と言わないし、思わないだろうから。だから安心してください、ロザリアたん!」


 グッ! と拳を握りしめて、つるりんまな板胸を張ると、ロザリアたんは目を丸くした。


「そのために……顔にこんなに大きな傷を作ったり、もしかしたら死刑になるかもしれないようなことをなさったんですか?」


 かと思うと、アメジストみたいにきれいな目にみるみるうちに涙が浮かんだ。


「ろ、ロザリアたん……!?」


「バカです、パールさん……あなたは大バカ! 昨日、わたくしはあなたにひどいことをしたのに。感情的になって、パールさんの話も聞かず、ろくに説明もしないで部屋を追い出すなんてひどいことをしたのに……!」


 大粒の涙がロザリアたんの目からこぼれ落ちる前に、ロザリアたんは両手で顔を覆ってうつむいてしまった。天使か女神なロザリアたんをまたもや泣かしてしまうなんて……クソ皇太子をトルネードパンチで吹っ飛ばすよりも遥かに大罪! 大逆罪で、私、死刑……!!


「確かに、わたくしは殿下のことを愛しています」


 死を覚悟してガクガクブルブル震えている私の手を取って、ロザリアたんは静かに話し始めた。


「でも、同時に……いずれは王となる殿下をお支えするのが、いずれは正妃となるわたくしの義務であることも。殿下が深く慕い、わたくしよりも正妃にふさわしい相手が現れれば〝皇太子殿下の婚約者〟という肩書きはお返ししなければならないことも心得てお仕えしてきました」


 ロザリアたんは私の手をぎゅっと握りしめて顔の高さまで持ち上げた。つられて顔をあげた私をロザリアたんのアメジストみたいな目がじっと見つめていた。


「わたくしの代わりにどなたかが〝皇太子殿下の婚約者〟となるときには、必ず権力争いや派閥争いが起こることでしょう。わたくしも争いに巻き込まれるでしょうが、貴族の娘として生まれた以上、仕方がないとも思っておりました。でも……」


 すっと目を細めたかと思うと、ロザリアたんは困り顔で微笑んだ。


「昨日、殿下がパールさんを正妃にと仰ったのを聞いたとき、嫌だと……あなたと対立するのは嫌だと、そう思ったんです」


 権力争いに派閥争い、挙句にロザリアたんと対立……。正直、クソ皇太子の正妃になるということがそんな世にも怖ろしい状況を招くだなんて思ってもみなかった。


「わ、私だって……私だってロザリアたんと対立なんてしたくないです! ロザリアたんと今までみたいにいっしょにいられなくなるなんて……そんな死にたくなる状況になるくらいなら、クソ皇太子をトルネードパンチで吹っ飛ばすして大逆罪の方がまだマシです!!」


 だからって、大逆罪で死刑も勘弁だけれども――。

 でも! でも!! ロザリアたんと対立するようなことになったら、同じ学園内にいたとしても滅多にロザリアたんに会えなくなるかもしれない。ルームメイトとして同じ部屋で過ごすなんてもっての外。そんなことになったら間違いなくロザリアたん成分が摂取できなくて死んでしまう!!!


「だからって本当に殿下を殴る人がありますか。死刑が確定して、本当に死ぬことになったら本末転倒でしょう!」


 本気でまずいことをやってしまったらしい。ロザリアたんは青ざめる私の手の甲をなでて、じろりと睨みつけてきた。やっぱり怒ってる。

 でも――。


「わたくしも、パールさんといっしょにいたいです」


 そう言って、ロザリアたんは困り顔で微笑んだあと。


「これからも、ずっといっしょにいたい!」


 バラが花開くかのように。満月にかかっていた雲が晴れるかのように。あふれんばかりの笑顔を見せた。


「〝皇太子殿下の婚約者〟ではなく、わたくし自身を見て、なんの打算もてらいもなく笑いかけてくれることが嬉しくて。突飛な行動や発言に驚かされてばかりだけど、でもとても楽しくて。わたくしはパールさんを……パールを失いたくないと、そう思ったのです」


「い、いいい……」


 ロザリアたんの笑顔の破壊力も半端ないけど――。


「い、今……パールって! パールって呼んで……!」


 こっちも! 呼び捨ての破壊力も半端ない!!

 慌てふためいて鼻血を垂らす私を見て、ロザリアたんは困り顔で首をすくめた。切なげにため息をつくロザリアたん、色っぽい!! よだれ一丁追加ーーー!!!


「親しい相手を呼ぶときにはそうするものだと思ったのですが……馴れ馴れしかったですか?」


「いいえ! いいえ、いいえ!!」


 困り顔で小首をかしげるロザリアたんの破壊力に鼻血とよだれを追加注文しまくりながら、私はいきおいよく首を横に振った。

 こんなつるりんまな板胸ごとき、たった一文字〝パ!〟って呼び捨てるんで十分過ぎるくらいなのに! 〝親しい相手を呼ぶとき〟って!! ロザリアたん、私をどうしたいの!? 鼻血の垂れ流し過ぎで失血死させたいの!!? だとしたら、こうかはばつぐんだ!! 萌え死だか尊死とうとしだか失血死だか知らないけど、目がかすむし、ふわっと意識が遠のく感覚までするぞ!!!


「この先、ずっと……というのは無理でしょうが、せめてこの学園を卒業するその日まで。わたくしといっしょにいてください。わたくしのルームメイトでいてくださいね、パールさん」


「それはつまり……つまるところ……同、棲!?」


「いいえ、ただのルームメイトです」


「つまり、あの部屋は……私とロザリアたんの愛の巣!!」


「またそうやって突拍子もないことを言って。……さぁ、部屋に戻って顔の傷の手当てをしましょう」


 ロザリアたんは私の手を引いて歩き出した。天使かつ女神な推しのロザリアたんへの私からの接触は禁忌事項だけど、ロザリアたんからの接触はいつ何時なんどきでもバッチコーイ! で、セーーーフ!! だ。

 だから、これもギリギリセーフだと信じて、私はロザリアたんの手をぎゅっと握り返した。驚いた様子で振り返ったロザリアたんだったけど、その表情はすぐに優しい微笑みに変わった。

 月の光を受けて輝く紫がかった銀髪と真っ白なワンピースが揺れる。頬を微かに赤らめて微笑むロザリアたんはやっぱり天使か女神で――今まで以上にきれいに見えた。


「ロザリアたん、改めて誓いますね」


 この先、ずっと……というのは無理でしょうが――。

 そう言ったとき、ロザリアたんの表情は月に雲がかかるかのようにかげった。そんなロザリアたんの表情を見て思ったのだ。


「ロザリアたんの思春期ニキビをきれいに治して、つるりん卵肌にしてみせます。それからロザリアたんを笑顔にします。……この先、ずっとロザリアたんの笑顔を守ってみせます!」


 ロザリアたんを笑顔にしたら、それで終わりなんかじゃない。


「どの誓いも絶対! 絶対に守ってみせます!」


 私はこの先もずっと、ずっと、ロザリアたんの笑顔を守りたいんだ。

 唇を引き結ぶ私を目を丸くして見つめていたロザリアたんだったけど、そのうちに目を細めた。


「絶対ですよ。絶対に守ってくださいね、パール」


 そう言って、くしゃりと笑うロザリアたんはやっぱり天使か女神で――誰にも見せたくないくらいきれいだった。




***


短いお話(閑話)を二話、はさみまして最終話です。

最後までお付き合いいただけましたら幸いです(/・ω・)/

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