第十五話 物語の強制力……とか糞食らえだ、ゴラァァァアアア!!

「ダメ……ダメです! おやめなさい!!」


 天使か女神なロザリアたんと――。


「やめろ、パール! 何をする気だ!!」


「ナイフを放すんだ、パールさん!」


 ついでにクソ皇太子とクライヴくんが止めるのを無視して、私は自分の頬をナイフで切りつけた。


「……っ」


 ぎゅっと目をつむって、いきおいに任せて二回。昇降口に集まっていた野次馬たちから悲鳴が上がった。目の前にいるロザリアたん含め、皆々様には朝からお見苦しい物をお見せして大変もうしわけない!! こんだけ痛い思いして、こんだけの騒ぎを起こしておいて、物語の強制力を振り切れてなかったら本当にどーしましょーねー……。


 私的にはかなり大きなバッテン傷を――某漫画の主人公〝幕末最強とまで謳われた伝説の人斬り〟的バッテン傷をつけたつもりだ。ただ、まぁ……ビビり過ぎて実際はちみっこいバッテン傷になっている可能性も十分に――……。


「……って、イテテテテ!!!」


「静かになさい、パールさん! こちらを向いて! 傷を見せなさい!!」


 さわって傷の様子を確認しようとしていた私の手首をガシッ! と。それこそ手首に爪が食い込むほどのいきおいでつかんだロザリアたんは、ガシッ! と。今度は反対の手でと私のあごをつかんだ。

 かと思うと――。


「痛いのは当たり前でしょう! 彫刻用の小さなナイフとは言え刃物で切ったんですよ!?」


 グイッ! と天使か女神なご尊顔を近づけてきた。あ、やばい。はなぢ。たれそう。


「突拍子のないことを言ったり、したりする方だと思っていましたが、まさかこんなことを……自分の顔を傷つけるなんてバカなことをする方だなんて思いませんでした!」


「ふぉ、ふぉめんなさい! ふぉめんなさい、ふぉめんなさい!!」


「こんなに大きな傷……血だってこんなに……! 本当に何を考えてらっしゃいますの!?」


 ロザリアたんは眉も目もつりあげて怒った顔をしている。なのに目からはぽろぽろと涙がこぼれていた。私の行動にびっくりしたのか、傷の大きさにびっくりしたのか。

 ロザリアたんに怒られてびっくりしたけど、間近で見つめられて、こんなにも心配してもらえて幸せ――……。


「ケガをしたつるりん卵肌……? な、パールに向ってなんてことを言うのだ、ロザリア!」


 ……なんて思っている私の思考を遮ってクソ皇太子が怒鳴った。しかも、お門違いなことに私のケガの心配をしてくれているロザリアたんを、だ。

 なんて言うか、あれだ。


「うるさい、クソ皇太子。邪魔をするな……っ」


 まさにそんな気持ちだ。前世で見た某日本ホラー界のアイドル・貞〇さん張りに怨念のこもった声と表情になっていたはずだ。


「ケガの心配をしてくれてるだけの天使か女神に向って暴言吐くな、ボケ! これは天使かつ女神な推しのロザリアたん自ら触れにいってあげようという私に対する恩寵! 神のお恵み!! こんなつるりんまな板ごときのケガを心配し、慈悲をお恵みくださるなんてロザリアたんってば、やっぱり天使か女神!!!」


「バッチコーイ……でしたかしら、パールさん」


「そうです! そのとおりです、ロザリアたん!! バッチコーイ!!!」


 シュバッ! と、両腕を広げて天井を仰ぎ見ようとしていた私は――。


「不敬ですよ、パールさん!」


 クソ皇太子親衛隊の一人であり、攻略対象キャラの一人でもあるクライヴくんが怒鳴るのを聞いて動きを止めた。


「不敬……?」


「不敬です! クソだのボケだの暴言吐くなだの……あなたの発言こそ暴言です!」


 だって、クライヴくんが私に向って険しい顔で怒鳴ったのだ。攻略対象キャラであるはずのクライヴくんが、つるタマ世界のメインヒロインなパール・ホワイトちゃんである私に向って!


「クライヴ、そう怒鳴るな。何があったのかはわからんが、自分で自分の頬を切り付けるなんて気が動転しているのだ。そうでなければ愛しいつるりん卵肌……? なパールが余のことをクソ皇太子だなどと言うわけがない! 多分!!」


 お、クソ皇太子も私を見つめる表情が引きつってる。つるりん卵肌……のあとにクエスチョンマークがついてる気もする!


「これは、もしかして……?」


 今までのクソ皇太子やクライヴくんは物語の強制力のせいか、メインヒロイン補正のせいか。私がどれだけ汚らしい言葉を並べ立てても、耳鼻科に行けよってレベルで聞き流されていた。

 ケツの穴に〇棒突っ込んでメ〇堕ちしたうえでやっぱり話しかけずにどっかに消えろ、くらいまで言っても詩を司る女神ウルミノが紡いだかのような美しい言葉! とか、言い出す始末だ。そんなんウルミノさんが聞いたら涙目になっちゃうことだろう。

 でも、今はちゃんと私の暴言が暴言として届いている。これはつまり! 物語の強制力を振り切ったってことじゃない!?


 ただ、まぁ……。


「きっとロザリアに意地悪を言われたせいだ! 安心しろ、つるりん卵肌……? なパールのことは余が全力で守ってみせるぞ!」


 物語の強制力のせいでこれまでに生まれた聞き間違いというか、勘違いというか。そういうのは矯正されていないらしい。

 それならば、物語の強制力のせいで歪んでしまった認識をちょーっと強引にでも矯正するためにも! 耳鼻科行ってこい状態でどうせ言っても無駄だからと腹の底からき出ても今まで言わずに……ほーーーんのちょっとは漏れちゃってたかもしれないけど、ほとんど言わずに溜め込んできた罵詈雑言を!!


「殿下、誤解です! わたくしはパールさんに意地悪なんて……!」


「黙れ、ロザリア!」


 そして、今まさに私の腹の底から湧き出ようとしている罵詈雑言を――。


「叩き込んでやるから覚悟しやがれ、クソ皇太子ぃぃぃいいい!!!」


 クソ皇太子の言葉に涙をにじませて悲し気な表情をしているロザリアたんのマシュマロおっぱいにハンカチを押し付けて、私はクソ皇太子に向き直った。泣き顔には胸がぎゅーっと締め付けられるけど……うん、やっぱり美しく気高い! そしてかわいい!! そんなロザリアたんが意地悪? 私に意地悪?? 悪役令嬢???


「はぁぁぁあああ!!!? ここにいるのはただの天使だ、ゴラァァァアアア!! 何、言い腐ってんじゃ、ワレェェェエエエ!!!」


「ぶりゃぁぁぁああああああ!!!!」


「殿下の身体が浮き上がったかと思ったら、天井に叩きつけられて、めり込んで、落ちて来ないぞ!」


「魔法か! 風の攻撃魔法か!」


 クライヴくんたち親衛隊の怒声に、私は某日本ホラー界のアイドル・貞〇さんのようにゆらりと揺れて振り返った。クライヴくんたち親衛隊が隠し持っていたらしい剣を抜くのを見て、私はニタァ……と笑った。


「魔法が使えるファンタジー世界だってのをすっかり忘れてたぜぇ! 物理だ! トルネードパンチだ、クソ皇太子がぁぁぁ! てめえ、乙女ゲーのキャラだろ! 息吐くように砂吐くセリフ吐くのが仕事だろ! 吐け、天使で女神で国母なロザリアたんに暴言なんぞじゃなく甘いセリフを吐けえぇぇぇ! 吐けないならお前に存在価値はないぃぃぃ呼吸をするなぁぁぁ!」


「こいつ! ふしゅーふしゅー、謎の呼吸音を発してるぞ!」


「垂れたよだれで床が……床が溶けた!?」


「どこぞの攻撃的地球外生命体か!!?」


「パールさん、やめてください! 普通の女の子に戻って!」


 騒然とする昇降口。ロザリアたんの悲鳴が響き渡る! だが、私はもう止まらない!


「好きな人のために努力している女の子はかわいい! 好きな人とそいつが守るべき国や国民のことを常に考えている女性ひとは気高く美しい!! かわいいも気高いも美しいも正義!!! つまりロザリアたんは正義!!!! すなわちロザリアたんにひどいことを言うやつは悪……要するに……」


 天井からぼとりと落ちてきた虫けら……もとい、クソ皇太子を姿勢を低く構えてロックオン。


「滅ぼさねばならぬ悪が! 今!! そこに!!! いるぅぅぅううう!!!!」


「バ、バケ……!」


さつ! さつ!! さあああぁぁぁあああつっっっ!!!」


 気合いの絶叫とともに私はロケットスタートを切った!


「バケ、バケモノーーーーー!!!!!」


「てめえ、クソ皇太子! 十六才のうら若きメインヒロイン様に追いかけてもらってバケモノとか言った挙句!! 背中向けて逃げ出すとか、乙女ゲー攻略対象キャラの風上にも置けねえな、おい!!!」


 佐藤 美咲時代の映画オタクな祖父直伝のエクソシスト走りを披露してやってるだけだろうが! 眼球、えぐり出してよく見ろや、ボケがぁぁぁあああ!!!!


「パールさん、落ち着いて! 戻ってきてください!! 校舎内でその走り方はしてはいけない気がしますわ!!!」


「ロザリアさまこそ、落ち着いてくださいませ! あの走り方は校舎内だろうと、校庭だろうと、大通りのど真ん中だろうと!! 人間として、してはいけない走りです!!! そう、わたくしの本能が言っております!!!!」


 とか、なんとか。

 ロザリアたんと取り巻きの赤髪縦巻きロールちゃんが騒いでいるのを遠くに聞きながら。私は全力のエクソシスト走りでクソ皇太子と、クソ皇太子を守ろうとするクライヴくんたち親衛隊を追いかけた。


 クソ皇太子を追いかけてたどり着いたのは中庭。

 そこで繰り広げられたクライヴくんたち親衛隊との戦いは壮絶なものだったが、ここでは深くは語らない。

 ただ一つ言えることは……ロザリアたんへの愛は万物あらゆる物に宿るということ。佐藤 美咲だった頃も、パール・ホワイトちゃんになってからも、壊滅的に運動音痴な私の拳にも、ね☆

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