第十四話 物語の強制力……とか!

 ゲーム開始から一か月後に発生する重要イベント〝どこかの教室で二人きりイベント〟。皇太子ルートの重要イベント発生翌日に、強制的に昇降口で発生するサブイベントの展開はこうだ。


 メインヒロインなパールちゃんが悪役令嬢なロザリアたんに意地悪されていると皇太子がやってくる。愛するつるりん卵肌なパールちゃんをいじめられ、頭に血が上った単細胞暴力皇太子は護身用の短剣を抜くと悪役令嬢なロザリアたんに切りかかる。

 メインヒロインなパールちゃんはそんな二人のあいだに割って入り、聖なる石で皇太子の短剣を受け止める。パールちゃんにいさめられてクソ暴力皇太子は冷静さを取り戻し、悪役令嬢なロザリアたんは間一髪、大怪我を免れる。


 意地悪されたにも関わらず悪役令嬢なロザリアたんをかばったことでクソ皇太子からのパールちゃんへの好感度はうなぎ上り! 皇太子のご執心っぷりを見せつけられた悪役令嬢なロザリアたんからの殺意もうなぎ上り!!


 ……ってのが、前世で私が読んだ小説版つるタマの展開だ。ゲーム版もほぼ同じ展開なはずだ。いや、もう……なんて言うかさ。

 頭に血が上ったからって短剣なんて物騒なもん持ち出すなよ、皇太子! 悪役令嬢とは言え、うら若き乙女の顔を切りつけようなんてすんなよ!! てか、聖なる石と言う名のただの固形石鹸で短剣受け止めるってなんだよ!!! ただの固形石鹸を学校カバンに入れてるメインヒロインってなんなんだよ!!!! 固形石鹸なんて持ち歩いてるわけ――!


「ないと見せかけて、今日に限って持ってるの……本っっっ当、腹立つ!!!!」


 昨夜のうちにサブイベントのことを思い出せなかった自分自身と物語の強制力に本っっっ当、腹立つ!!

 持ってますよ! 今日に限って学校カバンの中に入ってますよ、聖なる石が!! ただの固形石鹸が!!!


 一個はロザリアたんに渡そうと思っていた石鹸。もう一個はソープカービングの練習用に持ってきた石鹸だ。

 昨日、ロザリアたんが私のつるりんまな板胸に押し付けた荷物の中に私とロザリアたん二人で使っていた石鹸があった。昨夜も今朝も、ロザリアたんは石鹸を使わずに顔を洗ったはずだ。今日も明日も……と、なるとせっかく治り始めた思春期ニキビが悪化してしまうかもしれない。だから、せめて、ロザリアたんに石鹸を渡そうと思ったのだ。


 ソープカービングの練習用に石鹸と彫刻用ナイフを持ってきたのは、少しでもいいからロザリアたん成分を摂取するため。

 練習し始めの頃は名状しがたい何かを生成していた私だけど、ロザリアたんへの愛で爆発的に腕前は上達。粘土よりも石鹸を彫った方がロザリアたん成分を摂取できそうだからと今日に限って! 今日に限って練習用に石鹸を持ってきていたのだ!!


 この国や国民のことを考えて、石鹸に彫刻を施して貴族たちに高く売ったらどうだろうと言っていたロザリアたん。私がソープカービングを練習するのを優しく見守ってくれていたロザリアたん。

 脳内記憶装置に溜め込んだ膨大なロザリアたんデータを再生しまくることで、生命維持に必要な最低限ギリッッッギリのロザリアたん成分を摂取していたのだ!


 正直、これ以上、物語の強制力に従わされるのは気に食わない。ものすごく気に食わない! 本当は悪役令嬢なんかじゃなくて、天使か女神か国母なロザリアたんを泣かせて、傷つける展開を強制してくる何だかよくわからない力にむかっ腹が立ってる!! 糞くらえな気持ちだ!!!


 でも――。


「言い訳をするとは見苦しい! その肌だけでなく心までも醜いのだな、貴様は!」


「殿下……っ」


 暴力皇太子が短剣を抜くのを見て。愛する人に疑われて、ひどいことを言われて、涙をにじませてぎゅっと目をつむるロザリアたんを見て。私は学校カバンから聖なる石という名のただの固形石鹸を取り出した。

 クソ皇太子の顔をにらみ上げるように。ロザリアたんを背中にかばうように。二人のあいだに立った。


 物語の強制力に従うなんて嫌で! 嫌で!! 嫌で仕方がないけど――!!!


「天使か女神なロザリアたんが傷つくのはもっと嫌だぁぁぁ!!!」


 てなわけだ!!!

 短剣って小説版つるタマには書いてあったけど、そこそこな刃渡りの武器を小さなただの固形石鹸なんぞで受け止められるのかって心配になっちゃったけど、そこはきっちり物語の強制力が効いてくれたようだ。短剣の刃はつるりんと石鹸の表面をすべってくれた。


「なんだ、その薄汚い石は!?」


 聖なる石ことただの固形石鹸とクソ皇太子は初対面だ。灰色の薄汚い謎物体に短剣での攻撃を防がれて目を白黒させている。でも、クソ皇太子の表情はすぐに変わった。


「いや、そんなことよりも……パール! ひどい目に遭わされたというのにロザリアをかばうのか!」


 目をキラッキラさせ始めたのだ。メインヒロインなパールちゃんの好感度、うなぎ上り中だ。でも、物語どおりならクソ皇太子の好感度とワンセットでロザリアたんの殺意もうなぎ上りすることになる。そんなの……辛すぎる! ロザリアたんに嫌われて、ロザリアたん成分を摂取できなくなったりしたら私は死んでしまう!!

 そんなわけでロザリアたんをクソ皇太子の刃から守るために一旦は物語の強制力に従った私だけど、ここからはくるり~ん☆と手のひら返して物語の強制力にあらがわせてもらう!!!


「私は、ロザリアたんにひどいことなんてされてない。ロザリアたんは、私にひどいことなんてしない……!」


「そんな風に必死になってロザリアをかばうなんて……お前はつるりん卵肌なだけでなく、心も美しいのだな!」


「ぐふ……っ」


 クソ皇太子はガバッ! と、両腕を広げて感動の涙を流しながら近づいてくる。来るな、近寄るな、暑苦しい!!

 ちなみにくぐもった悲鳴はクライヴくんだ。クソ皇太子が勢いよく両腕を広げた拍子にクライヴくんの前方の急所を粉砕したのだ。前にもこんなことあったな。迷惑だからミリも動くなよ、クソ皇太子って思うけど! クライヴくんも学習しろよ!! クソ皇太子のそばにいるときは急所ガード、常にガード!!!


「……っ、殿下の仰る通り……ですっ。パールさんはつるりん卵肌なだけでなく、う、うぐ……心までも美、し……い……」


 クライヴくん、そんな今にも死にそうな声でクソ皇太子への賛同とつるりん卵肌への称賛を述べなくても……とりあえず急所の治療に行ってこい。

 なんて思いながら――。


「つるりん卵肌、つるりん卵肌って……そんなにつるりん卵肌が重要か、クソが……!」


 私は学校カバンの中身をあさりつつ盛大に舌打ちした。舌打ちしておいてなんだけど、多分、重要なんだろうなと思う。

 このつるタマ世界は剣も魔法も使えない、聖なる石という名のただの手作り石鹸とつるりん卵肌だけが武器なパールちゃんがメインヒロインな乙女ゲー。つるりん卵肌なメインヒロイン・パールちゃんのための世界だ。

 だから――。


「……ロザリアたん」


 私は目的の物を学校カバンから取り出すと、ロザリアたんに向き直った。ロザリアたんはアメジストみたいにきれいな目に涙をいっぱい溜めて私の顔を見返した。

 きょとんと小首をかしげるロザリアたんはかわいい。さらりと揺れる紫がかった銀髪も長いまつげも、制服で隠れちゃってるマシュマロおっぱいも。皇太子のことを愛していて、この国と国民のことだって愛している気高く美しい心の持ち主のロザリアたんはやっぱり天使で女神で国母だ。

 そんなロザリアたんにつるりんまな板胸をぶち抜かれて、皇太子バッドエンドも、皇太子ハッピーエンドも、皇太子トゥルーエンドすらも回避して、皇太子ルート自体から離脱しようと決めた。うっかり各種バッドエンドに辿り着いて死んじゃうのは怖いから、皇太子以外の攻略対象キャラルートに進もうなんて昨日までの私は考えてたけど――。


「そんな風に思っているうちはきっと、物語の強制力を振り切ることなんてできないんだ」


 小説版つるタマやゲーム版つるタマで用意されているエンディングに辿り着こうとしたのが間違いだったのだ。

 私は手にしたものをぎゅっと握りしめた。


 用意されたルート以外を……道なき道を進むのは予測できない部分が多すぎて怖い。つるタマで用意されているルートやエンディングとは全く関係なくデッドエンドに辿り着いてしまう可能性だってある。

 そもそも、これ・・でうまくいくかもわからない。ただ、痛い思いをして終わるだけかもしれない。

 それでも――。


「パールさん……?」


 ロザリアたんが心配そうな声で尋ねるのを聞いて、私はにひっと歯を見せて笑った。


「それでも、私は……天使で女神なロザリアたんが笑ってくれる可能性があるなら、なんだってするんだよ」


 そして、握りしめた物を――ソープカービングの練習のために持ってきていた彫刻用ナイフを振り上げた。


「ただ、怖いから……ロザリアたんに嫌なものを見せちゃうのは不本意だけど、やっぱり怖いから。……だから、天使で女神なロザリアたんを見つめててもいい?」


「パールさん……何を……?」


 私が何を言っているのか、どうしてそんなことをしようとしているのか、わけがわからないはずだ。それでも私が何をしようとしているかを察して、ロザリアたんは真っ青な顔で私へと腕を伸ばした。

 そんな天使か女神なロザリアたんに思わず笑みを漏らして、私はナイフを振り下ろした。


「ダメ……ダメです! おやめなさい!!」


 乙女ゲー『つるりん卵肌なキミに恋したい☆』のメインヒロインなパール・ホワイトちゃん。その代名詞ともいえるつるりん卵肌な頬へと――ナイフで振り下ろした。

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