第十三話 物語の強制力……とか。

 いつ、いかなるときも天使か女神なロザリアたんを見つめていたいし、実際、見つめている私だけれども。ロザリアたんに一人になりたいと言われてしまったらどうしようもない。罪悪感に顔を歪めて、ぽろぽろと泣きながら言われてしまったら……どうしようもない。


 天使か女神なロザリアたんを見つめていられない時間はあまりにも虚しい。例えるのもはばかられるが、麺なしのラーメン、生地なしの明石焼き、衣のついてない天ぷらくらい虚しい。虚しいって言うか完全に別物だ。

 ロザリアたんを見つめていられない時間なんて、私の生活圏じゃない。大気圏外だ! 宇宙空間だ!! ロザリアたん成分がなくて死ぬ!!!


 そんなわけで、ロザリアたんの部屋から追い出されて翌朝――。


「パールさん、ど、どうなさったんです? 今にも死にそうな顔をなさってますわよ?」


 昇降口で私の顔を見るなりクラスメイトなご令嬢たちが慌てて声をかけてきた。ロザリアたんのルームメイトになり、暴力皇太子にめっちゃ絡まれるようになって以来、遠巻きに私のことを見ていたクラスメイトなご令嬢たちが、だ。

 まぁ、佐藤 美咲時代からのオタク気質と。本当にこの世界がつるタマ世界なのか確認するため、高等部二年生になる直前まで文字通り地べたを這いずり回り、草の根を分けて攻略対象キャラの情報収集をしていたせいで奇行種扱いされてそもそも友達いなかったんだけど。


 朝起きたら小鳥さんにおはようと言う。

 ※ただし、小鳥さんと攻略男性キャラ以外に話す相手なんていない☆


 って、メインヒロインなパールちゃんと同じ設定にいつの間にやらなっちゃってましたよ! 別に泣いてなんてないんだから!!

 だって――。


「実際に死にかかってるんです、生命維持に必須の大切な成分を摂取することができなくて……!!」


 今はそんなことよりも重大な問題に直面しているのだから!


 湖のほとりで初めてロザリアたんに出会って。その翌朝にはロザリアたんとルームメイトになって。それからは毎朝毎晩、ロザリアたんを独り占めしてきたのだ。ロザリアたん成分を思う存分、摂取できていたのだ。

 でも、昨日は授業が終わって、女子寮に戻って、ロザリアたんの部屋を追い出されてから今朝まで、ずっと! ずーーーっと!! ロザリアたん成分を摂取できていないのだ!!!

 徹夜でソープカービングとかやってどうにかこうにか気をまぎらしてたけど! やっぱり、どうあっても足りないのだ!!


「マジで死ぬ……ロザリアたん成分足りなくて死ぬ……」


「パ、パールさん! 頭……ではなく! 体調の方、本気で大丈夫ですか!?」


 昇降口の壁にゴリゴリゴリゴリ……と頭を押し付けて唸り声をあげ、クラスメイトなご令嬢にいろんな意味で心配されていた私は――。


「まぁ、ロザリアさま。おはようございます」


「皆さま、おはようございます」


「……ロザリアたぁぁぁん!」


 天上から降ってきたかのような天使か女神なロザリアたんの声に、半泣きになりながら顔をあげた。


「パール、さん……!」


 昇降口に入ってきたところらしいロザリアたんが壁に張り付く私に気が付いて目を丸くした。

 でも――。


「……」


 ロザリアたんはふいと目をそらした。


「ロザリアたん……」


 眉を八の字に下げて、唇をきゅっと噛みしめるロザリアたんをを見つめて、私はぎゅっと両手を握りしめた。目をそらされた私も泣きそうになったけど、目をそらしたロザリアたんも泣きそうな顔をしている。

 昨日、あんなことがあったのだ。悲しいけど……ロザリアたんの態度を責める気になんて少しもなれない。むしろ、ロザリアたんにこんな表情をさせてしまったことに胸がズキンと痛んだ。こんな表情をさせる前に皇太子ルートから離脱しなかった自分に腹が立っていた。

 だから――。


「どうしたのだ、パール。そんなにも悲し気な表情をして。……ロザリア、貴様! 余のつるりん卵肌な最愛のパールに何をした!」


 たった今、クライヴくんたち親衛隊を引き連れて昇降口にやってきたクソ皇太子の発言は的外れもいいところだ。美しく気高い天使か女神か国母なロザリアたんに酷いことを言うやつとか泣かせるやつなんて悪魔か魔王か全人類の敵・某黒光りする虫! 滅殺対象だ!!

 ……と、叫びたいところだけど。


「これも、物語の強制力……か」


 呟いて、私は頭を掻きむしりたくなった。


 ゲーム版つるタマでゲーム開始から一か月後に発生する重要イベント〝どこかの教室で二人きりイベント〟。皇太子ルートの〝どこかの教室で二人きりイベント〟が発生したのが昨日のこと。

 そして今、目の前で繰り広げられようとしているのは重要イベントのあとに発生するサブイベントだ。〝どこかの教室で二人きりイベント〟を目撃した悪役令嬢がメインヒロインなパールちゃんに意地悪をする。偶然、その場にやってきた攻略対象キャラが悪役令嬢を責め、メインヒロインなパールちゃんをかばうというもの。


 皇太子ルートのサブイベントは重要イベントの翌日、昇降口で発生する。


「つるりん卵肌なパールの美しさに……余がパールを正妃にすると言ったことに嫉妬したか、ロザリア!」


「違います、殿下……誤解です!」


 まさに、これ。小説版つるタマとほぼ同じクソ皇太子とロザリアたんのセリフに私は舌打ちしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る