第十一話 物語の強制力。

 ゲーム版つるタマの重要イベントは、ゲーム開始から一か月後にどこかの教室で二人きりイベントが。三か月後にテスト前お勉強イベントが。そして半年後にダンスパーティのパートナーイベントが発生する。

 半年後のパートナーイベントでどの攻略対象キャラルートに入るかが確定し、そこからは固有シナリオに突入する。


 そろそろゲーム開始から一か月。どこかの教室で二人きりイベントが発生する時期のはずだ。暴力皇太子のイベント発生場所は音楽室、発生タイミングは放課後。ピアノ的な楽器の美しい音色に魅かれて音楽室をのぞくと暴力皇太子が一人、ピアノ的な楽器を弾いているという展開だ。

 ちょっとピアノ的楽器が弾けて切なげなメロディー奏でてたからって、暴力皇太子のちょっと強引で乱暴という評価が覆るわけがない。覆ってたまるか! と、思うんだけど……小説版つるタマのパールちゃんは音楽室イベント発生直後にこうおっしゃっている。


「ちょっと強引で、乱暴なところもあるけど……不器用なだけで、本当は優しい人なんだよね☆」


 ……ちょっとピアノ的楽器が弾けて切なげなメロディー奏でてただけなのに! て、いうか、ちょっと強引で乱暴? ちょっと!? ちょっと!!?

 とかって色々と言いたくなるけど、とりあえず! ピアノ的な楽器の音色に魅かれて音楽室にさえ行かなければ皇太子イベントは回避できる。どこかの教室で二人きりイベントを回避しただけで皇太子ルートから離脱できるわけじゃないけど、どこかの教室で二人きりイベントを回避しなければ皇太子ルートから離脱することはできない。


 そんなわけで、放課後――。

 今日も今日とて私はひたすらに音楽室を避け続けていた。毎日毎日、放課後になると爆音で聞こえてくるピアノ的な楽器の音色なんて無視! 無視!! 無視!!! 毎日毎日、さっさか女子寮五階のロザリアたんとの愛の巣に帰っていたというのに――。


「…………」


「パ、パール……! 参ったな。皆に見つからないように隠れてこっそり弾いていたのだが。……だが、見られたのがつるりん卵肌なお前でよかった」


 忘れ物を取りに教室に戻ってきた今日に限ってこれだ。

 暴力皇太子がたった一人、突っ立っていて。照れたようにぽりぽりと頬を掻いて。前世で読んだ小説版つるタマどおりのどこかの教室で二人きりイベント用セリフを言い放った。

 いや、 隠れてこっそり弾きたいなら、いつ何時なんどき、クラスメイトがやってくるかわからない教室なんかで弾いてんなよ! 今の流れで〝つるりん卵肌な〟って修飾語はいらんだろ!! て、いうかクライヴくん筆頭に親衛隊連中、どこ行った!!!

 大体、ピアノ的楽器の音色なんてしなかった、は……ず……。


「まさか……」


 私は暴力皇太子が手に持っているものを凝視して凍り付いた。暴力皇太子が手に持っているもの。それは――。


「ヴァイオリン的楽器ーーー!!!!!」


 高級品過ぎて縁がないからつるタマ世界だとなんて名前なのか知らないけど!! ヴァイオリン的な弦楽器!!

 そういえば、廊下歩いてるときにヴァイオリン的な楽器の音色がしていた気がしなくもなくもない。そうだね、ピアノ的楽器は音楽室くらいにしか置いておけないけど、ヴァイオリン的楽器ならどこでも、教室でだって弾けちゃうもんね……って。


「罠過ぎんだろ、これ……!」


 これも物語の強制力だろうか。だとしたら最悪だ。舌打ちしたくなる。て、いうかしちゃったよ、全力の舌打ち!

 私は頭を掻きむしりたくなるのを必死に我慢して、じりじりと後ずさった。イベントはまだ終わってない。今の時点で逃げればイベント中断、失敗になるかもしれない。

 だから――。


「それじゃあ、私の用事は済んだんで。引き続き、隠れてこっそり弾いて行ってください!」


 そう叫んで教室を飛び出そうとしたのに――。


「余に気を使って帰ろうとするなんて、パール……お前はつるりん卵肌なだけでなく優しいのだな! 余は今日、この瞬間からそんなつるりん卵肌なお前のためだけに弾こう!」


 気持ち悪いくらいに俊敏な動きで暴力皇太子が私の行く手を阻んだ。教室のど真ん中にいたくせに、ドアのすぐそばにいる私の前に秒でまわりこんでくんなよ!

 て、いうか、〝優しいお前のために〟じゃねえのかよ! やっぱり〝つるりん卵肌なお前のために〟なのかよ!!


「余は本気でお前のことを愛している。その証明としていつか必ず、お前を正妃として迎える! 側室も持たぬ!! お前のつるりん卵肌に誓って、生涯、お前だけを愛するぞ!!!」


 〝つるりん卵肌に誓って〟って……何に誓ってるんだよ、この暴力皇太子ーーー!!!! 結構です、本当に結構でーす☆ と、暴力皇太子が暴力皇太子たるゆえんのうっかりな拳を警戒しつつ、脇をすり抜けようとした私は――。


「パールさんを……」


 か細く頼りなげな声に凍り付いた。


 この〝どこかの教室で二人きりイベント〟は攻略対象キャラがメインヒロインなパールちゃんに好意を持ち始めている、仲を深めたい的なことを伝えてくるイベントだ。例えば、クライヴくんならパール嬢、パールさんと呼び方が変化して――。


「パールと呼んでも……いいだろうか」


 なんて照れながら言ってくる。それをうっかり聞いちゃった悪役令嬢が本格的にメインヒロインなパールちゃんを敵視し始めるというイベントでもある。


 で、暴力皇太子――。

 ゲーム版つるタマはノーマルエンドがない代わりに、どの攻略対象キャラとも恋愛フラグが立たなかった場合は暴力皇太子との恋愛フラグが立つシステムになっている。

 ヒロインで言うところのちょろインにこういうのも分類されるのだろうか。ヒーローならちょろー? 野郎とかけて〝ちょ郎〟と早漏とかけて〝ちょ漏〟、どっちで呼んでほしい? 好きな方を選ばせてやろう、グハハハハッ! ……って、某ベテラン声優ばりの低音で笑ってやりたいところだけど、今はそれどころじゃない。


 この暴力皇太子、ちょろーなもんだから初っ端の重要イベントでもかっ飛ばしてくる。それが〝お前を正妃として迎える〟発言。正直、初っ端からかっ飛ばしてるこのちょろー発言を聞かずに逃げたかった。

 それができないなら、せめて……そう思っていたのに――。


「パールさんを……正妃に……?」


 もう一度、聞こえてきたか細く頼りなげな声に、私は反対側のドアからついさっき入ってきたばかりのロザリアたんに顔を向けた。

 せめて――皇太子ルートの悪役令嬢ポジションだけど、本当は天使で女神で国母なロザリアたんには聞かれないようにしたかったのに。


 いつもは気高く美しいロザリアたんが今にも泣き出しそうな顔になっているのを見て、私も泣き出しそうになったのだった。

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