第九話 問題確認も重要だよね☆(問題1)
私、佐藤 美咲!
思春期ニキビに悩むごく普通の女子高校生☆
ううん、ごく普通の女子高校生だった……って、言うべきかな。だって、寝不足と思い出し大笑いによる酸欠でよろめいて、いい感じに突っ込んできた居眠りトラックに跳ね飛ばされ。気が付いたら乙女ゲー『つるりん卵肌なキミに恋したい☆』のメインヒロイン、パール・ホワイトちゃんに転生しちゃってたんだもん!
『つるりん卵肌なキミに恋したい☆』――略してつるタマの攻略対象キャラでメインヒーローでもある皇太子と、その婚約者である悪役令嬢ロザリアたんが転校してきて、つるタマの物語がスタート!
小説版つるタマやゲーム版つるタマどおり、皇太子や攻略対象キャラたちとの恋愛イベントが次々、発生しちゃってる。……ほ、本当につるタマ世界に転生しちゃったんだぁ☆
でも、でも! 悪役令嬢ポジションだけど本当は天使か女神なロザリアたんに洗顔指南をしたり、ルームメイトになっちゃったり……こんな展開、小説版つるタマにもゲーム版つるタマにもなかったよ!?
私……この先、どうなっちゃうの? どうしたらいいの!?
***
「……いや、まぁ、本当にどうしよっかなぁ」
教室のど真ん中にある自分の席で頬杖をついて、私は盛大にため息をついた。
ロザリアたんとルームメイトになって、洗顔指南を始めて一ヶ月ほどが経った。ロザリアたんの思春期ニキビは少しずつだけど順調に減ってきている。
ここがつるタマの世界なのだとわかってすぐは、小説版つるタマを読んで展開を知っている皇太子ハッピーエンドを無難に選ぼうかと思っていた。
でも、悪役令嬢とはいえ女の子が一人、死んでしまうのは後味が悪い。だから皇太子トゥルーエンドに進むことにした。
皇太子トゥルーエンドにたどり着くためのイベントを発生させるべく、皇太子ルートの悪役令嬢ロザリアたんに会いに行って。皇太子のことを愛していて、この国と国民のことだって愛している天使で女神で国母でマシュマロおっぱいなロザリアたんにつるりんまな板胸をぶち抜かれて、私は皇太子ルート自体の回避を決めたわけなのだけど――。
「どうしよっかなぁ……!」
皇太子ルートを回避しようにも大きく二つ、困った問題があるのだ。
「どうした、パール! なにか困っているのなら余が力を貸すぞ!」
私の前の席に座っている暴力皇太子――の、後ろに立っている寡黙で無表情で、むっつりスケベだと私は予想している黒髪の少年を見上げた。暴力皇太子の護衛を務める親衛隊の一人。名前は、えっと……クライヴくん。彼も攻略対象キャラだったりする。
そして、ロザリアたんの取り巻きの座にちゃっかりおさまっている赤髪縦巻きロール。彼女がクライヴくんルートの悪役令嬢ポジションだったりする。小さい頃からずーっとクライヴくんに片想いしている幼なじみだ。
魔法騎士として代々、王家に仕えてきたクライヴくん一族。婚約者に求めるのも剣と魔法の才能だ。
……あ、ちなみにつるタマ世界、魔法も使えちゃうファンタジーな世界だから! メインヒロインなパールちゃんは全然、魔法適正ないみたいだけど……聖なる石と言う名のただの手作り固形石鹸が作れるだけで、全っっっ然、魔法適正ないみたいだけど!! 私も使ってみたかった魔法!!!
ちなみにロザリアたんは魔法を使えるみたいなんだけど――。
「見せびらかすようなものではありませんから……」
と、控えめに微笑むだけで見せてはくれなかった。能ある鷹は爪を隠すパターンか! ロザリアたん、気高い!! 大空をはばたく鷹のように気高い!!!
……って、流れるようにロザリアたん語りに突入しそうになってるけど我慢して! 本題に戻りまして!! えーっと……そう、クライヴくんルートの赤髪縦巻きロールの話!!!
魔法騎士として代々、王家に仕えてきたクライヴくん一族が婚約者に求めるのは剣と魔法の才能。大好きなクライヴくんの婚約者になるため、赤髪縦巻きロールちゃんは必死に剣や魔法を練習したらしい。
魔法適正が低くて、ただ単体魔法を使っても大した威力にならないからと、複合魔法を編み出した秀才でもある。ロザリアたんの取り巻きの座にちゃっかりおさまっているのだってクライヴくんが皇太子を守るのなら、皇太子の婚約者であるロザリアたんは私が守りましょう……っていう考えらしい。
赤髪縦巻きロールちゃんも愛しい人を恋い慕う、ただのかわいい女の子だ。やっぱり悪役令嬢なんかじゃない。
だというのに――。
ゲーム版つるタマのクライヴくんルートでは剣も魔法も使えない、聖なる石という名のただの手作り石鹸とつるりん卵肌だけが武器のぱっと出メインヒロインなパールちゃんがクライヴくんとあっさり結ばれてしまう。そりゃあ、赤髪縦巻きロールちゃんも悪役令嬢になっちゃうわ! 闇落ちするわ!!
ちなみにクライヴくん各種エンディングはというと……某国民的ばい菌に激似の敵に囲まれたメインヒロインなパールちゃんと悪役令嬢赤髪縦巻きロールちゃん! クライヴくんたち皇太子親衛隊が助けに向かってるけど間に合うのか!? ……と、いう展開。
バッドエンドの場合は悪役令嬢赤髪縦巻きロールちゃんに見捨てられ、あえなくパールちゃん、某国民的ばい菌に激似の敵の餌食に。……だから、カビの生えたパールちゃんの死体を一枚絵にするな、製作会社!!
ハッピーエンドはパールちゃんを見捨てようとした悪役令嬢赤髪縦巻きロールちゃんの方が某国民的ばい菌に激似の敵に襲われて餌食に。……ここでまさかのカビの生えた悪役令嬢赤髪縦巻きロールちゃんの死体が一枚絵に! だから、製作会社!! どこに力入れてんだよ、製作会社!!!
そしてトゥルーエンドはパールちゃんを一度は見捨てようとするも、踏みとどまる悪役令嬢赤髪縦巻きロールちゃん。協力して某国民的ばい菌に激似の敵に立ち向かっているとクライヴくんたち親衛隊がやってきてパールちゃんも悪役令嬢赤髪縦巻きロールちゃんも無事生還! ……と、いう展開。
いっしょに戦った仲間を某国民的ばい菌に激似の敵のせいで失って傷心の悪役令嬢赤髪縦巻きロールちゃんに――。
――泣かないで! 死んだみんなもあなたが笑ってくれることを望んでる!
――だから、私とクライヴくんの婚約発表パーティに笑顔で来てね☆
って、言っちゃうメインヒロインなパールちゃんのメンタルにはやっぱり驚いちゃうけどねー!!!
赤髪縦巻きロールちゃん、ずっとクライヴくんのこと好きだったのよ!? クライヴくんと結婚したくて剣も魔法も血がにじむような思いで練習したのよ!!? 大切な仲間を失って傷心の悪役令嬢赤髪縦巻きロールちゃんに完全にトドメを刺しにいってるよね、パールちゃん!!! て、いうか、製作会社!!!!
いや、まぁ、それでも死んじゃうよりはマシかなぁ……マシなのかなぁ……本当にマシなのか? くらいな気持ちでクライヴくんトゥルーエンドを選びたいところなのだけど――。
「……選べないんだよなぁ、これが」
「何の話ですか、パールさん」
クライヴくんがムッツリ顔で尋ねるのを無視して、私はうつむいた。
そう――クライヴくんトゥルーエンドは、もう選べないのだ。
皇太子とロザリアたんが転校してきた日の夜。私は皇太子トゥルーエンドにたどり着くために湖のほとりに向った。〝悪役令嬢ロザリアたんと心を通わせておこうイベント〟を発生させるためだ。
あの夜は湖のほとり以外にも女子寮や女子寮周辺の特定の場所に行くことでイベントを発生させることができた。各ルートに出てくる悪役令嬢との〝心を通わせておこうイベント〟を発生させることが――。
でも、私はロザリアたんとのイベントを発生させるために湖のほとりに行った。
あの夜、皇太子ルートの悪役令嬢であるロザリアたん以外の悪役令嬢と〝心を通わせておこうイベント〟を発生させなかった時点で、皇太子ルート以外のトゥルーエンドにたどり着ける可能性はなくなってしまったのだ。
どの攻略対象キャラルートに進んだとしても、バッドエンドではメインヒロインなパールちゃんが死ぬ。ハッピーエンドでは各悪役令嬢が死ぬ。
誰も死なずに済むルートは皇太子トゥルーエンドしかないわけだけど、そうなるとあんなにも皇太子のことを愛し、この国と国民のことだって愛している天使で女神で国母なロザリアたんから愛する人も、皇太子の婚約者――のちの国母という立場までもを奪うことになってしまう。
そんなこと……天使で女神で国母なロザリアたんを泣かせるようなこと――。
「できるわけあるか、くそったれがぁぁぁ!!!!」
私は頭を抱えて勢いよく机に突っ伏した。これが困った問題の一つ。
そして――。
「どうした、パール。そのように悩まし気なため息をついて。話してみよ。つるりん卵肌なお前を悩ませるものなど余がすべて粉砕してみせよう!」
暴力皇太子のこの平然とした態度こそがもう一つの問題だった。
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