閑話⑤ ソープカービング
これはロザリアたんと私――。
前世ではごく普通の女子高校生な佐藤 美咲、今世では乙女ゲー『つるりん卵肌なキミに恋したい☆』のメインヒロインなパール・ホワイト――な私がルームメイトになってから数週間が経った、ある日のお話。
***
「パールさん、それはなんです?」
「ロザリアたん!」
書き物机に向かっているとロザリアたんの声がして、私は振り返った。
いつ、いかなるときも天使か女神なロザリアたんを見つめていたいし、実際、見つめている私だけれども! さすがにロザリアたんがお風呂に入っているあいだは見つめているわけにはいかない。……見つめていようと思ったけど、ロザリアたんに追い出されてしまった。
天使か女神なロザリアたんを見つめていられない時間はあまりにも虚しい。例えるのもはばかられるが、麺なしの焼きそば、生地なしのたこ焼き、衣のついてないアメリカンドッグくらい虚しい。虚しいって言うか完全に別物だ。
ロザリアたんを見つめていられない時間なんて、私の生活圏じゃない。大気圏外だ! 宇宙空間だ!! ロザリアたん成分がなくて死ぬ!!!
そんなわけで、せめて死なないように少しでもロザリアたん成分を摂取するべく、ロザリアたんがお風呂から出てくるまでの待ち時間にやり始めたのが――。
「ソープカービングの練習です」
「ソープカービング……?」
「ロザリアたん、石鹸に彫刻を施して高く売ったらどうだろうって前に言ってたじゃないですか。練習に使えるほど石鹸を持ってきていないので粘土で練習を始めてみたんです」
「まぁ……!」
ロザリアたんはふわっと天使か女神な微笑みを浮かべて、私の手元をのぞきこんだ。そして――。
「ヘアピン一本でわたくしの部屋に侵入してみせたほど手先の器用な方が、どうしてこんなことに……?」
困り顔でそう言った。私はそろそろと目を逸らした。
粘土の状況というか惨状についての詳細説明は割愛させていただく。名状しがたい生き物? 化け物? のような何かが生成された……とだけ言っておこう。彫刻をしていたはずなのに。粘土を彫刻用ナイフで削ってただけなのに。
「前にも言ったじゃないですか。ロザリアたんへの愛は万物あらゆる物に宿っている! そう、ヘアピンにも!! 私の手先にも!!! あれは愛の成せる技!!!!」
「つまり本当のパールさんは手先がとても不器用……と、いうことですわね」
「……はい、そういうことです」
がっくりと肩を落として彫刻用のナイフと粘土を引き出しに片付けようとすると――。
「あら、もう練習はおしまいですの?」
ロザリアたんが首をかしげた。
「次はどんな…………えっと……何か? ができあがるのかと楽しみにしてましたのに」
一生懸命に言葉を選んでいるようすのロザリアたんに、私は同意の意味をこめて深く深くうなずいた。わかる、わかる。どんな〝物〟ともなんとも言い表しがたい何かになってる。ただの粘土を彫刻用ナイフで削ってただけのはずなのに。
額を押さえていると、ロザリアたんが自分の書き物机からイスを持ってきた。
「ロザリアたん……?」
「パールさんが練習しているところを見ていようかと思いまして。パールさんがわたくしのことを観察してばかりじゃないですか。たまには、わたくしがパールさんを観察する側にならないと不公平です」
私の書き物机の横にイスを置いて座ったロザリアたんは、頬杖をついて私を上目遣いに見た。ほんの少しだけだけど唇がとがっている。これは拗ねているのだろか。まぁ、どっちにしろロザリアたん、天使! 女神!! なんていうか、もう……あれだ!!!
「そんな天使か女神なロザリアたんのためにすぐに上手くなって! すぐにロザリアたんがあっと驚くようなとんでもない物を彫ってみせます!!」
「今も十分にわたくしがあっと驚くとんでもない物を彫ってますわよ?」
「例えば、美しく気高いロザリアたん像とか……!」
「……パールさん、それはやめてください。絶対に」
「それは、つまり……ロザリアたんの天使か女神な美しさを表現するなんて不可能ってことですね! 確かに!!」
「いえ、そうではなく……」
困り顔のロザリアたんも、それから私の手元を優しいまなざしで見つめるロザリアたんも。やっぱり天使か女神だな、と思いながら彫刻用のナイフを握り直した。
カービングとは彫刻――特にタイの宮廷料理を彩る伝統工芸のことだ。
果物を彫るのがフルーツカービング、野菜を彫るのがベジタブルカービング。そして、石鹸を彫るのがソープカービング。
佐藤 美咲が生きていた時代より五百年以上前、タイの王室で美しい彫刻を施したのが始まりと言われている。妃が王を喜ばせたくて、ナイフでフルーツや野菜に美しい彫刻を施したのが始まりだと――。
きっと、私のソープカービングの腕はすぐに上達する。
だって、私はロザリアたんを喜ばせたくて、ナイフで石鹸に美しい彫刻を施すのだから。ロザリアたんへの愛は万物あらゆる物に――ナイフにも、私の腕にも、あらゆる物に宿るのだから。
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