閑話④ ……誰のための。

 これはパールさんとわたくし――ロザリア・レディー・ブラックがルームメイトになってから一週間ほどが経った、ある日のお話。


 ***


「今日は素敵なお茶会にお招きくださり、ありがとうございます」


「こちらこそ、いらしてくださりありがとうございます、ロザリアさま」


「本当は転校してらしてすぐにでもお誘いしたかったのですが……」


 わたくしと同じ制服に身を包んだ令嬢たちが、学園の裏庭に用意された広いテーブルとわたくしを取り囲んでにこりと微笑みました。


 権力を持つ人すべてが国のため、国民のために仲良く手を取り合うなんて……この国の歴史書を紐解いても、この世界の歴史書を紐解いたって、きっとそんな記述は見つからないでしょう。今、まつりごとを担っている者たち――彼女たちの祖父や父や兄弟も一枚岩では決してない。そして、〝皇太子殿下の婚約者〟であるわたくしの前に立つ彼女たち自身も。

 このお茶会を開くにあたって水面下でどのような睨み合いが行われていたのか。彼女たちはおくびにも出しませんし、わたくしも気づかぬフリをして微笑みます。


 わたくしがイスに腰掛け、彼女たちも続いて腰掛け、お茶会が始まりました。お茶会を彩る美しいお菓子や食器、花――夢か幻かのように優雅な光景ですが、実際のところ夢か幻の類なのでしょう。

 

「ロザリアさまとご一緒できて光栄ですわ」


「もっと盛大なパーティも計画してますのよ。そのときはもちろん、皇太子殿下もご一緒に」


「ロザリアさまのエスコートは殿下以外にはいらっしゃいませんものね」


 にこりと微笑む令嬢たちに、わたくしもにこりと微笑み返しました。そう、わたくしのエスコートのお相手は殿下しかいない。ですが、殿下がエスコートするお相手はわたくししかいない……わけではないのです。


 この国は一夫一婦制を取っていますが、王族は例外。王の血を絶やさぬように、お世継ぎを産むために、正妃一人と側室を六人、全部で七人までの妻を持つことが許されています。むしろ、王族の義務と言っていいでしょう。

 そして、側室たちを束ね、いずれは王となる殿下をお支えするのはいずれは正妃となる者の義務。


「……」


 目の前の令嬢たちが夢か幻かのような優雅な微笑みをわたくしに向けるのは、わたくしが〝皇太子殿下の婚約者〟でいずれは正妃になる立場だから。彼女たちは側室の座を、あるいは側室の友人の座を望んでいるから。

 彼女たちは殿下と王家の権力に微笑みかけているだけのこと。わたくし自身ではなく、わたくしの肩越しに夢か幻を見ているだけのこと。


「ところで、ロザリアさま。パールさんとルームメイトになられたんですってね?」


 紅茶を飲むふりをしてうつむいていたわたくしは、パールさんの名前に顔をあげました。いつもどおりの微笑みを浮かべているように見えますが、ご令嬢方の視線はあきらかに鋭い。パールさんが六席しかない側室の座を狙っているのではないかと警戒しているのでしょう。


「……そんなこと、ございませんのに」


 わたくしのことを聞いたこともない敬称を付けて呼んでは、突拍子もない言動をなさる亜麻色の髪の少女の姿を思い浮かべて、わたくしはこっそりと笑ったあと――。


「ニキビを治すためにパールさんの洗顔指南を受けているだけですわ」


 ぐるりと令嬢たちの顔を見回しました。


「せ、洗顔指南……?」


「一日二回、朝晩と教えていただく必要がありましたから、ルームメイトになっていただいたんです。二階にあるパールさんのお部屋から五階にあるわたくしのお部屋に毎朝毎晩、いらしていただくのももうしわけないでしょう?」


「……そういうことでしたのね」


「ロザリアさまはお優しいのですね」


 含みのあるには気付いております。本当にそれだけなのか? パールさんを側室に……それも、わたくしや我が家の手駒として迎え入れようとしているのではないか? そのような懸念をされているのでしょう。

 わたくしは紅茶を飲むふりをして再び、うつむきました。


 と、――。


「ニキビなんて気にすることありませんわ」


 今日のお茶会にいらしている方々の中心人物であろう令嬢がにっこりと微笑みました。パールさんのことで視線を鋭くされているご令嬢方とは違い、一人だけ、とてもとても穏やかな微笑みを浮かべて――。


「ニキビがあってもなくて、ロザリアさまは殿下の婚約者さま。未来の正妃さまじゃありませんか」


 そう言ったのです。


 ***


「さ、ロザリアたん! 今日も寝る前に顔を洗ってニキビを滅殺! つるりん卵肌を手に入れましょう!!」


 授業にお夕飯、お風呂も終えて、部屋に戻ってきたわたくしとパールさんは並んで洗面台の前に立ちました。いつものように夜の洗顔指南をしていただくためです。


「ずいぶんときれいになってきましたね」


「えぇ、石鹸が持つ癒しの力のおかげかしら」


「ん~、本当はいつも前髪をあげておいた方が思春期ニキビの治りも早いんですけど……」


 わたくしが顔を洗うためにヘアバンドで前髪をあげるのを見て、パールさんが眉間にしわを寄せました。真剣な表情でわたくしの額を見つめるパールさんから、わたくしはふと顔を背けました。


「疫病が広がるのを防げると聞いて、石鹸の安全性を確かめるために使っているだけですわ」


 そう――。

 わたくしのニキビが治っても、治らなくても。わたくしにニキビがあっても、なくても。

 わたくしが〝皇太子殿下の婚約者〟であることに変わりはない。あの令嬢たちにとっても、殿下にとっても――なんの関わりもないことなのです。

 ですから――。


「わたくしのニキビなんて治っても治らなくても……」


「ロザリアたんの思春期ニキビが治ったら、ロザリアたんは嬉しくて笑顔になるでしょ?」


「え……わたくし……?」


 あっけらかんとした調子で尋ねるパールさんに思わず顔をあげると、パールさんはわたくしを見つめて微笑んでいました。


「ロザリアたんの笑顔を見たら私は間違いなく笑顔になります。私はロザリアたんの笑顔が見たくて洗顔指南をしているんです。だから、治っても治らなくてもじゃなくて……絶対に治してみせます!!」


 あの令嬢たちとは違って目も口元もきちんと笑っている、本当の微笑み。


「……そうですわね」


 わたくしの胸の内や状況なんてお構いなしに向けられる何の含みもない微笑みに、目を細めてわたくしはにこりと微笑み返しました。


「それじゃあ、今夜も洗顔指南をお願いいたしますわね、パールさん」

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