閑話③ 禁忌事項
これはロザリアたんと私――。
前世ではごく普通の女子高校生な佐藤 美咲で、今世では乙女ゲー『つるりん卵肌なキミに恋したい☆』のメインヒロインなパール・ホワイト――な私がルームメイトになってから数日が経った、ある日のお話。
***
ロザリアたんと二人並んで洗面台の前に立ち、朝の洗顔指南をほぼ終えた私は――。
「ふ……ぐぐぐぐ……っ!」
ロザリアたんの顔を見つめて、クソッ、静まれ俺の腕よ……!! 状態になっていた。この痛みと苦しみは天使か女神なロザリアたんを崇め奉る者にしか理解できないものだ。……それならば、全人類、理解しろ! 天使か女神なロザリアたんを崇め奉れ!! マシュマロおっぱいを崇め奉れ!!!
なんて考えながら自分の手首をつかんで唸り声をあげていると――。
「どうしたのですか、パールさん。もしかして、手首を痛めたとか……?」
ロザリアたんの顔がみるみるうちに青ざめた。そんなに真剣な表情で私の手首ごときを心配してくれるとか本当に天使か女神……と、歓喜の涙を流しながら私は事情を説明し始めた。
「ロザリアたんのほっぺたに石鹸の泡が付いてるんです」
「大変、急いで手当をしないと! ……て、え、石鹸の泡? わたくし???」
「水できれいに顔の泡を洗い落としたあと、まだ手の甲に残っていた泡に気付かずにさわって付いちゃったんです」
「そ、そういうことでしたら唸っていないでさっさと教えてください!」
「でも、美しく気高いしっかり者のロザリアたんがうっかり泡を付けている姿なんて、もう二度と、生きているうちに拝めないかもと思うと……教えるのが惜しくて!」
「また、わけのわからないことをおっしゃって……」
「ちなみにほっぺたにさわったのって、つるりん卵肌になってるか確認するため……」
「そうです、その通りです! ですから、それ以上、解説するのはやめてくださいませ!」
頬を赤らめて怒るロザリアたんのかわいさに、私はだらしなく頬を緩めた。
「うっかり泡を付けて、照れて、怒ってる姿……尊い。見ているだけで癒される、浄化される……!」
「そう言いながら鼻血で白い寝着が汚れそうになってますわよ、パールさん!」
学園内や寮の公共スペースで見るロザリアたんはいつだって凛としていて、気高く美しい。でも、私と二人きりになるこの部屋ではちょっとだけ表情を崩してくれる。頬を赤らめて怒るロザリアたんなんて、ここでしか見られない。
全人類、天使か女神なロザリアたんを崇め奉れ! と、思うけど。ロザリアたんのこんな表情は私以外、知らなくてもいいかな……とも、ちょっと思っている。
「そんな天使かつ女神な推しのロザリアたんへの私からの接触は禁忌事項。どうやって禁忌を破らずに泡がついている場所を教えれば……!」
「触れなくとも言葉なり、指をさすなりして教えてくだされば良いのでは?」
きょとんと首をかしげるロザリアたんを見た瞬間、私は雷に撃たれたような衝撃を受けた。
「天、才……! そして、かわいい……!! 語彙、力……!!!」
「パールさんの突拍子もない発言にはずいぶんと慣れましたが、お願いですから人前では控えてくださいね」
「私としてはロザリアたんが天使か女神なことを全人類に向って全力で叫びたいのですが……ロザリアたんがそう言うのなら二割減くらいで叫ぶようにします!」
「パールさん、十割減で」
「十割減!?」
オウム返しにする私に、ロザリアたんはため息交じりにうなずいた。かと思うと顔をグイッ! と、近付けてきた。
「それでパールさん、泡はどこについてますの? 指をさして教えてくださる?」
額や頬に思春期ニキビこそあるけど、やっぱりロザリアたんはきれいな顔をしている。特にアメジストみたいな目。そんな宝石みたいな目で見つめられたら緊張してしまう。ついでに鼻血も垂れそうになっちゃう。
「ここですよ、こ……こ……」
上擦った声で言ってロザリアたんの頬についている泡を指さすと――。
「……っ」
飼い主の手にすりすりする猫みたいに、ロザリアたんが私の指に頬を擦り付けた。
「ろ、ろろろろロザリアたん!?」
「ありがとう、パールさん」
慌てふためく私を見て、ロザリアたんが意地の悪い微笑みを浮かべた。
でも――。
「まったく……。接触が禁忌事項だなんて、パールさんはわたくしのことをなんだと思ってますの?」
意地悪な微笑みはすぐに困ったような微笑みに変わった。
「前に仰ってたましたわよね。パールさんからの接触は禁忌事項としているけれど、わたくしからの接触はいつ
「それは、つまり……」
私から触るのが禁忌なら、ロザリアたん自ら触れにいってあげようという……恩寵! 神のお恵み!! こんなつるりんまな板ごときに慈悲をお恵みくださるなんてロザリアたんってば、やっぱり天使か女神!!!
私はシュバッ! と、両腕を広げて天井を仰ぎ見ると――。
「バ……バ……なんでしたでしょうか、パールさん?」
「バッチコーイ……!!!」
高らかに叫んで、またロザリアたんを困り顔にさせたのだった。
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