閑話② ……寝てください。
これはパールさんとわたくし――ロザリア・レディー・ブラックがルームメイトになってから数日が経った、ある日のお話。
***
朝――。
「……」
目を開けて、一番初めに目に入ったのはニヤニヤ……いえ、にこにこ顔のパールさん。床にぺたんと座り込んで、ベッドの端にほおづえを付き、わたくしの顔をのぞきこんでいたようです。
ここ数日、朝起きると毎日のように同じ光景を見ている気がします。一体、何時に起きて、いつからそうしているのか。……と、いうか昨夜、寝る前に見た光景ともまったく同じな気がするのですが……わたくしの気のせいでしょうか。
「おはようございます、ロザリアたん。よく眠れましたか?」
「おはようございます。……パールさんもよく眠れました?」
「はい! 睡眠以上の休息を得たので元気いっぱいです!」
睡眠以上の休息とは……?
大変幸せそうな表情で鼻血を垂らしてらっしゃいますが、何があってその表情と鼻血……?
まだ知り合って日が浅いせいでしょうか。パールさんについてわからないことばかりです。
でも、〝皇太子殿下の婚約者〟という肩書きしか持っていないわたくしなんかとルームメイトになってくださったんです。少しでも仲良くなれたらいい、なりたいと……思っているのですが。
***
授業中――。
「……」
ななめ後ろに座っているパールさんをちらっと見ると、わたくしの視線に気が付いて手を振ったり、一生懸命にノートを書き留めていらっしゃいました。
授業中に寝ているようすもありませんし、とても真剣な表情で授業を受けていらっしゃいますし。夜、眠れていないのでは……と、心配しておりましたが大丈夫そうですね。
***
夜――。
元々はわたくし一人で使っていた、今はパールさんと二人で使っている広い部屋。部屋に入って左手のスペースをわたくしが、右手のスペースをパールさんが使っています。
「……あら」
その右手のスペース――パールさんの書き物机に置きっ放しになっていたノートが窓からの風で開いていました。あんなにも真剣な表情でノートを取っていたのです。きっと、とてもきれいにまとめられているのでしょう。
「いえ、でも……」
パールさんは疫病が広がるのを防げる聖なる石――石鹸を作り出した方。突拍子もない発言の数々といい、もしかしたら天才肌なのかもしれません。そういう方の中には思い浮かぶまま自由に、凡人には読み解けないような文字や文章、記号で考えを書き記す方もいらっしゃいます。紙でも床でもお構いなしに――。
「パールさんのノートも、そちらのタイプかもしれませんわね」
想像してくすりと笑っていると、強い風が吹きました。次々とめくれるノートのページが千切れてしまいそうなほどに強い風。ノートを閉じてページが開かないように重しでもしておこうかと机に歩み寄ったところで、風がふと止みました。
そして、開きっ放しになってしまったノートの文字が目に飛び込んできて――。
『……目を閉じて十二分二十一秒、ロザリアたん入眠。胸の上で手を組んですやすや眠るようすはまさに眠り姫。天使か女神。まつげ長っ。てか、まゆげもまつげも鼻毛までもが紫がかった銀髪。美しい、美し過ぎる! 入眠から一時間七分三十六秒、ロザリアたんが身じろぐ。胸の上で手を組んですやすや眠るようすも天使か女神だったけど、身じろいでムニャムニャ言うってるロザリアたんもマジ天使か女神!! 子猫や子犬が眠ってる姿がかわいすぎて何時間でも見てられるとか言う子がいたけど、甘いね!!! ロザリアたんの眠っている姿なら何分でも何時間でも何日でも何週間でも何か月でも何年でも何度転生しても見てられる!! 入眠から一時間二十二分五秒。ロザリアたんが再び、胸の上で手を組んですやすや眠る体勢に。ムニャムニャ言いながら眠ってるロザリアたんはかわいいの極みだったけど、すやすや眠ってるロザリアたんは気高くて美しく……』
「…………」
わたくしは目頭を指で押さえて考え込みました。血らしきシミがついている気がしますが……きっと気のせいでしょう。えぇ、きっと気のせい。パールさんの鼻血なんてことはないでしょう。
パールさんが授業中に開いていたノートと同じものように見えるのですが……それも、きっと気のせいでしょう。えぇ、きっと気のせい。パールさんは真面目に授業を受けていました。そうに決まっています。
「…………」
ノートにはぎっしり文字が書かれていますが、右下に空白行があります。このページが一番新しいページ、ということなのでしょう。ヒトのノートを盗み見るなんて礼儀がなっていないとわかってはいつつも、恐る恐る最後の数行に目を落として――。
『……ノートを取りながら髪を耳にかけるロザリアたん、かわいい。ペンにインクをつけるロザリアたん、優雅。ペンの軸であごをつんつんしながら問題を解くロザリアたん。苦手な問題に眉間にしわを寄せるロザリアたん。無事に解けて微笑むロザリアたん、はい! 天使!! 女神!!! 語彙力崩壊ーーー!!!! ロザリアたんの一挙手一投足が見えるななめ後ろの席で本当によかった! 私にこの席を与えてくれた神に感謝……あ、ロザリアたんか! その神っていうか女神ってロザリアたんか!! つまりはロザリアたんに感謝すればいいのか!! いつも通りだ、日常だ!!! マジでロザリアたんは気高くて美しく……』
「……………………」
わたくしはそっとノートを閉じました。いろいろと気になる点はありますが、まずは何よりも言うべき点が……。
パールさんが寝仕度を整えて洗面所から戻ってきた気配を感じ、わたくしはキッ! と、目をつりあげて振りると――。
「パールさん、あなた……夜はきちんと寝なさい!」
何よりも言うべき点を言いました。
きっぱりと言ってやりました――!!
「ロ、ロザリアたん……?」
「寝不足で倒れたらどうなさるんです! それから、授業は真面目にお聞きなさい! 学生の本分でしてよ! 今日の授業でわからなかったところは!?」
「ロザリアたんがどの問題であんなに悩んで、眉間にしわを寄せていたのか……」
「授業の内容で! わからなかったところは!?」
思わずバシバシ! と、ノートを叩いてしまいました。真面目に授業を聞いて、ノートを取っていると信じておりましたのに……!
「このノートの内容はなんなんです!」
「天使か女神観察日記、または愛の賛歌――です!」
「愛のさ……え? え???」
額を押さえてため息をついていたわたくしは、パールさんの突拍子のない発言に顔をあげました。……この突拍子もない発言も天才肌だから? なんだか段々と違う気が……。
気になる点はいろいろとありますが、でも、まず何よりも優先するべきは――睡眠! 寝不足でめまいを起こし、何かに跳ね飛ばされて死んでしまうようなことがあったら大変です!!
「パールさん。いつもパールさんがしてくださるように、今夜はわたくしがパールさんの枕元で、パールさんがすっかり寝付くまで見守っています!」
「え、で、でも……!」
「子守唄を歌って差し上げますから。さ、ベッドに行きましょう」
そう言ってパールさんのベッドへと手招いたわたくしは、ちょっと……いえ、かなり自分自身の発言に後悔しました。
だって――。
「天使か女神の子守唄……!!!」
寝付く雰囲気なんて少しもないくらい、パールさんの目がギラッギラ……いえ、キラキラと輝き始めたから。
まだ知り合って日が浅いせいでしょうか。パールさんについてわからないことばかりです。
でも、これは……早くパールさんと仲良くなって、早くパールさんのことがわからないようにならないといけない気がします。そんな気がします……!
***
パールちゃん『このあと、めちゃくちゃ歌ってもらった!!!』
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