第五話 聖なる石っていうか、ただの手作り石鹸!
「ローザリーアたーん」
朝六時――。
ロザリアたんの部屋にヘアピンと言う名の合鍵を使ってお邪魔した私は、ロザリアたんの耳元でそーっと囁いた。
ちなみにヘアピン技は佐藤 美咲だった頃のオタクな祖母から教わった。祖母が何のオタクだったかについては言及しない。いろいろと問題があるからね☆
話を戻して、ロザリアたん。
天蓋付きベッドでお人形のようにお行儀よく眠るロザリアたんはやっぱり天使か女神だ。この天使か女神みたいに気高く美しい眠り姫を起こすなんて気が引けるけど、ロザリアたんを泣かせる思春期ニキビを抹殺し、笑顔になってもらうためには仕方ない。
あー、それにしても……マシュマロおっぱいの持ち主はマシュマロ耳たぶの持ち主でもあるのか。つんつう、ふにふにしたい気持ちを理性と、ここでロザリアたんに嫌われるわけにはいかないという打算と、天使かつ女神な推しを崇め奉る心でどうにかこうにか堪え――。
「ローザリーアたーん、お顔をあーらいましょー」
私は再び囁くと、ロザリアたんの耳にふーっと息を吹きかけた。
瞬間――。
「……! あなた……パールさん!?」
今までお人形のように眠っていたとは思えない機敏な動きでロザリアたんが飛び起きた。月の光を集めたのかと思うほどに美しい紫がかった髪といい、月の女神かと思っていたけど。その身のこなし――。
「戦の女神だったか……!」
「何をぶつぶつと呟いてらっしゃいますの?」
ロザリアたんはベッドの上で低く構え、冷ややかな声で言った。私を見つめる鋭い眼光といい、まるで狼。やっぱり美しくて気高くて――。
「つるりんまな板胸をぶち抜いてくるなぁ、おいっっっ!!!」
「だから、何をぶつぶつとわけのわからないことを呟いてらっしゃいますの!?」
ベッドの端に顔面を押し付けて絶叫する私をピシャリ! と怒ったあと。ロザリアたんはふかふかのベッドから下りた。枕元に座り込んでいた私も立ち上がってロザリアたんに向き直った。
私への警戒は続行中らしい。ロザリアたんはピリピリオーラを放っている。
「どのような手段で、どのような目的で、わたくしの――この国の皇太子であらせられる殿下の婚約者の部屋に侵入したのか。返答次第ではそれ相応の覚悟をしていただくことになりますわよ、パールさん」
正直、アメジストみたいにきれいな瞳で睨みつけられるとか、ただのご褒美です! ありがとうございます!! って、気持ちだけど。いつまでもロザリアたんに険しい表情をさせているわけにはいかない。
私は寝間着として使っているワンピースをさっと払って形を整えると、
「目的はもちろん、昨夜した約束を果たすためです」
「昨夜した約束って……」
「その思春期ニキビを私がキレイに治してみせます、と。そのためにも私に洗顔指南をさせてください!」
「その件でしたらはっきりとお断りをしたはずです。結構です、と」
月の女神ではなく、戦の女神でもなく、氷の女神だったのか! って、くらい冷ややかな表情と声だけど、ロザリアたんの気持ちはよくわかってる。つまりはこういうことだ。
「別にあなたの洗顔指南なんて必要ないんだから! で、でも……あなたがどうしても指南したいって言うんなら受けてあげなくもないんだからね! ……って、ことですね! どうしても、です!!」
「勝手にわたくしの発言を捏造しないでくださるかしら?」
「ちなみにこの部屋に侵入した手段については愛の力です!」
「と、言いながら手にしているそれはヘアピンですわよね。あなたの愛はヘアピンの形をしているのかしら?」
「私のロザリアたんへの愛は万物あらゆる物に宿っているということです! そう、このヘアピンにも!」
「……気力を削いで話をうやむやにしようという作戦ですか。だとしたら成功ですわ。大成功ですわよ、パールさん」
額を押さえてため息をつくロザリアたんも天使! あるいは女神!! いくらでも見てられる!!! ……のだけど。
「洗顔指南って……水で顔を洗う以外に何ができると言うのですか。ニキビの治療なら主治医の先生にお願いしています。医師でもなんでもないパールさんにできることなんて……」
それについてははっきりと、例えロザリアたんの言葉だとしても否定しておかないといけない。
だって――。
「間違いだらけなんですよ、この世界のニキビ対策は!!」
私はガシーッ! と、拳を握りしめて叫んだ。
ロザリアたんの思春期ニキビを治すと誓った昨夜。寮に戻った私はベッドに潜り込んで暴力皇太子にやられた心と体の傷を睡眠で癒すことも忘れ、机に向かって一心不乱に前世の記憶をノートに書き出した。
佐藤 美咲が生きていた世界とこのつるタマ世界はずいぶん違うとは思っていたけど、改めて書き出してみると違うことだらけだ。ニキビ対策に関してだけ言えば、違うどころか間違いだらけだ!
例えば――。
「この国の人たちは思春期ニキビができると顔を洗いまくる! 容赦なくさわる!! あまつさえ、自らニキビをつぶす!!! 民間療法どころか医学書にまで書いてあるし、医師もドヤ顔でつぶそうとしてくる!!!!」
「パ、パールさん……?」
「ノーだ! 全部、不正解だ! 洗顔は一日二回にとどめろ! 洗いすぎるな!! さわるな!! つぶすな!!! 刺激を与えるなぁぁぁあああ!!!!」
「パ、パールさん!!?」
パールちゃんのオカンもオバーもオババもオバオバも。て、いうか、つるタマ世界の大人女性全員ニキビ跡だらけの顔してんな、おい! って、思ってたよ! シミだけじゃなく、クレーター状の凹みが出来てボッコボコな顔だな、おい! って思ってたよ! どおりでだよ!!
たかだかつるりん卵肌に興奮してんじゃねえよ、攻略対象イケメンどもって思ってたよ! ちょっとだけ納得したよ!
でもな――。
「それはさておき、マシュマロおっぱいを崇め奉れ!!」
――思春期ニキビはつるっとキレイに治せるんです!
……って、興奮し過ぎて口に出して言うべきパールちゃん的台詞と心の中にしまっておくべき佐藤 美咲的本音が逆転しちゃってるぞ、また!
「マシュマ……え? え???」
あ、でも戸惑うロザリアたんが見れたから、いっか。めっちゃかわいい。気高く美しい天使か女神の困り顔、めっちゃかわいい。
鼻の下を伸ばしかけていた私だったけど、ロザリアたんの紫がかった銀髪がさらりと揺れるのを見て、表情を引き締めた。
「せっかくのかわいい顔が前髪で隠れちゃってます。この前髪も思春期ニキビには良くないですよ」
ロザリアたんの前髪を掻き上げようと腕を伸ばした、瞬間――。
「な、何をするんですか、パールさん!」
ロザリアたんはキッ! と、目をつりあげて後ずさった。。顔が真っ赤になっているのは怒っているからか、照れているからか。そんなロザリアたんも天使で女神だから、どっちでも良し!
……って、話はさておいて。ロザリアたんが前髪をあげることをこんなにも嫌がっているのには理由がある。
つるタマ世界の女性たちは前髪をあげたり、後ろ髪を結うことがない。舞踏会なんかで髪飾りを付けることはあっても、結うためではなくあくまで飾り。添えるだけ。
顔中に出来たニキビや吹き出物、ニキビ跡を隠すために考え出されたヘアスタイル。臭い物に蓋をしよう作戦。ニキビや吹き出物、ニキビ跡を人目にさらすのははしたないことという感覚があるのだ。
だが、しかーーーし!
思春期ニキビにとって毛先の刺激も敵! 敵、敵、大敵!!
私が前世で得た思春期ニキビ対策術がこのつるタマ世界でも有効なことは、この! パールちゃんのつるりん卵肌が証明している!
「ニキビを治してつるりん卵肌になるためには必要なことなんです!」
「だからって髪を上げるだなんて……ニキビを人目にさらすだなんて、は、恥ずかしいでしょう!?」
「だからって、そのままじゃ思春期ニキビに良くないんです! ロザリアたんは思春期ニキビ、きれいに治したくないんですか!? それにロザリアたんの美しく気高い、天使か女神な顔を長い前髪で隠すことの方がよっぽど罪です!」
「パ、パールさん……途中から何を仰っているのか……」
「そんなの神への冒涜です! あと、そのマシュマロお……!」
――……っぱいを制服で隠すことも神への冒涜です!!
と、今更感満載だけど、やっぱり口にしたら大問題な叫びを私はどうにか飲み込んだ。全世界に向けて本音を駄々洩れさせたい気持ちを理性と、ここでロザリアたんに嫌われるわけにはいかないという打算と、天使かつ女神な推しを崇め奉る心でどうにかこうにか堪え――。
「……まぁ、あんまりロザリアたんを困らせるのもあれなんで、前髪の話は一旦、置いておくことにします」
「前髪の話の前からかなり困らせられていましたけど……?」
「ここからが思春期ニキビ対策の本番です!」
「わたくしの話を少しは……パールさん、どこに行く気ですの?」
ロザリアたんの手を取って、引っ張って――と、いきたいところだけど、私からの接触は天使かつ女神な推しを崇め奉る心で禁忌事項としている。私は先に立って走り出すと、一人部屋にしてはずいぶんと広い部屋の奥にある、やっぱりずいぶんと広い洗面所へとロザリアたんを手招いた。
ここまで話したことはこの世界にあるモノで出来てしまう思春期ニキビ対策だ。洗顔指南なんて大それたものじゃない。
「パールさん、あなた……わたくしが起きるどれだけ前からわたくしの部屋にいらしてたの?」
ヘアピンと言う名の合鍵を使ってロザリアたんの部屋に侵入してすぐ。洗面台を探し当てて置いておいた〝それ〟を見て、ロザリアたんは私をじろりと睨んだ。その件についてはにっこりと微笑み返すだけに留めて――。
「これこそがつるりん卵肌を手に入れるための必須アイテム! これこそが思春期ニキビ対策の特効薬!!」
私は〝それ〟を手に取るとロザリアたんに差し出した。
「私が作った、ただの手作り石鹸です!」
――私が生み出した癒しの力を持つ石……聖なる石です!
「……ただの、手作りセッケン?」
はい、口に出して言うべきパールちゃん的台詞と心の中にしまっておくべき佐藤 美咲的本音が逆転しちゃってるー……。
ドヤ顔で言い切った私はそのままの表情で凍り付いたのだった。
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