第四話 推しを〝たん〟呼びして何が悪い!
朝、昼休み、放課後ときっちり発生した恋愛イベントで、ことごとく皇太子から攻撃……もとい、猛アタックを食らった私は満身創痍で前へと足を進めていた。
パールちゃんの――。
「ちょっと強引で、乱暴なところもあるけど……不器用なだけで、本当は優しい人なんだよね☆」
って、セリフがDⅤ被害者の精神状態に思えてきた。メルヘンとメンヘラ……あぁ、もう、完っっっ全にメンヘラだわ。パールちゃん、絶対にメンヘラだわ!
そんなことをぐちぐちぐちぐち愚痴りながら向かう先は湖のほとりだ。
皇太子トゥルーエンドにたどり着くための重要なイベント。皇太子の婚約者であり、最終的にはパールを暗殺しようと計画しちゃう悪役令嬢ロザリアちゃんと心を通わせておこうイベントを発生させるためだ。
「確か、いっしょに歌を歌って心を通わせるんだっけ?」
ずいぶんと雑な心の通わせ方もあったもんだなと思うけど、この際、もうどうでもいい。今日一日、暴力皇太子の相手をして心も体もへとへと……と、いうかボロボロなのだ。すっかり使い古されて、最後にトイレの床掃除にでも使って捨てましょうかーって、言われた雑巾並みにボロボロなのだ!
このままではパールちゃんの代名詞、つるりん卵肌がくまと内出血だらけになってしまう。ストレスで再び、思春期ニキビができちゃうかもしれない!
この疲れ切った心と体を優しく包み込んで、癒してくれるのはふかふかのベッドぐらいしかない――……。
「わたくしという婚約者がありながら、あの子のことばかり気にかけて……もしかして、殿下は……」
……――なんてことはなかったあああぁぁぁ!
ロザリアちゃんを見つけた瞬間、私はシャッキーーーン! と、背筋を伸ばした。満身創痍でボロ雑巾なパールちゃんとはおさらばだ!
湖のほとりに立って真っ白なワンピースと紫がかった美しい銀髪を風に揺らすロザリアちゃんは――。
憂い顔でため息をつくロザリアちゃんは――。
見惚れるほど……――。
「マシュマロおっぱい! マシュマロおっぱい!!」
――きれいな人……あんなところで、どうして一人で泣いてるのかしら?
……って、動揺しすぎて口に出して言うべきパールちゃん的台詞と心の中にしまっておくべき佐藤 美咲的本音が逆転しちゃってるぞ、私!
いや、でも、これは仕方ない。
女同士、同性なのに何言ってんのとか思わないでもらいたい。
人間という生き物は自分が持ってないものを持っている人に憧れ、時には恋に落ちるもの。ロザリアちゃんのマシュマロおっ……気高い美しさはごく普通の女子高生だった佐藤 美咲も、ごく普通の女の子とは言い難いつるタマメインヒロインなパールちゃんも持っていないものだ。
だからこそ――。
「マシュマロおっぱい! マシュマロおっぱい!!」
――一目見ただけでロザリアちゃんに憧れ、恋に落ちるのも当然というもの!
はい、動揺しすぎて口に出して言うべきパールちゃん的建前と心の中にしまっておくべき佐藤 美咲的本音がまたもや逆転しちゃってるね、私!
だって仕方ないじゃん! 見てよ、あの遠目から見てもわかるくらいの白くてふわふわで柔らかそうなマシュマロおっぱい!
この際だから胸張って言っちゃうけど、佐藤 美咲もパール・ホワイトちゃんも極☆貧乳だから! つるりんまな板胸なキミに
私が持ってないふわっふわなマシュマロおっぱいと天使か女神かよってレベルの神々しい美しさを前にしたら、キラッキラな憧れの眼差しを向けるし、嫉妬なんてする気にもならないし、恋に落ちもするし……!
「マシュマロおっぱい! マシュマロおっぱい!!」
――語彙力も崩壊しますともっっっ!!!
大体、女子寮の敷地内だからってロザリアちゃんが油断して、ゆったり目の胸元大サービスなワンピースを着てるのが悪いのだ! 魅惑のマシュマロおっぱいがうっかりばっちり見えちゃったんだから仕方ない! 不可抗力!!
と、――。
「やはり、このニキビがいけないのかしら。あの子はとてもキレイな肌をしていたもの」
そう言ってロザリアちゃんは前髪を手で上げると、あらわになった額の思春期ニキビをつついた。
その姿はやっぱり天使か女神かってくらい気高く美しいんだけど、同時に見てるこっちが胸を締め付けられるくらい悲しげで――……。
「脇乳! 脇乳!」
――あの人、ニキビを気にしてるのかな? なんとかしてあげたいな。
……って、またもやパールちゃん的台詞と佐藤 美咲的本音が逆転しちゃってるぞ、私!
ロザリアちゃんの罪深すぎるワンピースやら表情やら、追いつかない脳内ツッコミやらに息も絶え絶えだというのに――。
「わたくしではダメなのでしょうか。こんなにも貴方のことを想っていますのに、……
はい、ずっきゅーーーん!
ロザリアちゃんてば容赦なく畳み掛けてくる!
風の音で聞こえなかったけれど、ロザリアちゃんが囁いたのは皇太子の名前だ。誰も聞いてないと思って名前を呼んだのだ。〝殿下〟ではなく、親しい者しか呼ぶことが許されていない本当の名前を。
確か、小説版つるタマで皇太子がパールちゃんに名前を明かすのも最終巻の最後の方、プロポーズのタイミングだった。そんな一回出てきただけの皇太子の本名なんて、私は興味ないし覚えてもいない。
でも、ロザリアちゃんは違う。
愛しい人の名前を、まるで宝石を扱うみたいに大切そうに呟いて。宝石のようにキレイな涙を落とす姿を見て心動かされないわけがない!
恋に落ちるに決まってる。そうだ、恋に落ちたのだ。つるりんまな板胸をぶち抜かれないわけがなぁぁぁぁぁいっっっ!!!
下級貴族の娘であるパールちゃんなんかに婚約者を奪われたからとか。皇太子妃という立場に固執してただけとか。ニキビ痕が残ったことの八つ当たりとか。そんな理由でパールちゃんの暗殺命令を出したのなら、皇太子トゥルーエンドに辿り着いて、ロザリアちゃんの処刑を回避できれば十分だと思ってた。
パールちゃんが――私が死ぬくらいなら、最悪は皇太子ハッピーエンドに辿り着いて、ロザリアちゃんが処刑されることになっても仕方がないと……心のどこかで思ってた。
でも、違う。違った。
ロザリアちゃんは――少なくともこの世界の、今、私の目の前にいるロザリアちゃんは心の底から皇太子を愛していて、一人隠れて悩んで、泣いてる。愛しい人を恋い慕う、天使か女神並みに美しいのただの女の子だ。
悪役令嬢なんかじゃない――!
だったら、処刑を回避できれば十分だなんて言ってられない! ロザリアちゃんが処刑されちゃう皇太子ハッピーエンドなんて糞くらえだ!!
「ロザリアたん!」
私は静かな湖畔の森の影から、すっくと立ち上がるとずかずかと大股でロザリアたんの元に歩み寄った。
「パ、パールさん!? あなた、いつから……いいえ、そんなことよりもあなた。今、わたくしのことをロザリア
愛しい推しを〝たん〟呼びして何が悪い!!
と、いう主張はややこしくなりそうなので省略だ。私はビシッ! とロザリアたんを――正確にはロザリアたんの前髪に隠れた額を指差して叫んだ。
「その思春期ニキビ、私がキレイに治してみせます! だから、私に……洗顔指南をさせてください!」
「はぁ……!?」
珍獣でも見るようなロザリアたんの視線を鮮やかに受け流し、私はぐっと拳を握り締めた。
「その肌をつるっとキレイにして……必ずや、ロザリアたんを笑顔にしてみせます!」
満月と数多の星と何よりロザリアたんに、私は拳を高く突き上げて誓いを立てたのだった。
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