第三話 安全策を選ぶのが一番だよね☆

 わずか一週間で出揃ったつるタマキャラクターたちの顔を思い浮かべ、私は腕組みしてうなり声をあげた。

 手の甲で自分の頬や額を撫でてみる。前世の記憶を存分に生かしたお肌ケアでまさにつるりん卵肌だ。十三才のときに一瞬だけできた思春期ニキビは、今やその面影すらない。


 このままいくと今日にも皇太子と悪役令嬢ロザリアちゃんが転校してきて、つるタマの物語がスタートしてしまうはずだ。

 小説版は悪役令嬢ロザリアちゃんがパールちゃんの暗殺を命じるが、皇太子に間一髪のところで救出される。ロザリアちゃんは処刑、パールは皇太子と結ばれるという展開だ。

 これはゲーム版の皇太子ハッピーエンドに相当する。


 皇太子バッドエンドは、ロザリアちゃんの暗殺命令に気が付いた皇太子が助けに向かうも間に合わず。パールちゃんはサックリ殺され、怒りに我を忘れた皇太子がロザリアちゃんを惨殺。それでも皇太子の心の傷は癒えずに暴君と化し、十数年後、槍に人間ぶっ刺して狂った笑い声をあげる皇太子の姿が……って、パールちゃんが死んだあとの話が長いし、怖いわ!

 どこに力入れてんだよ、製作会社! 槍に人間ぶっ刺して……のところで一枚絵挟んでくるなよ! スプラッター物じゃないんだから! 乙女ゲーの誇りを持て!


 って、完全に話が逸れた……。


 皇太子トゥルーエンドはロザリアちゃんは処刑されず、改心してパールちゃんと友達になる。もちろんパールちゃんは皇太子と結ばれる。

 ちなみにロザリアちゃん、顔中に残ってしまったニキビ痕を気にして郊外での隠居生活に突入しちゃいます。うーん、まぁ、処刑されるよりはマシか。小説版もトゥルーエンドを選択すればいいものを、なぜ、あえてハッピーエンドを選んだのか……。


 とにかく――!

 私は今、選択を迫られていた。


 皇太子が転校してきてつるタマストーリーが始まったとして、適当に動いて各種バッドエンドにたどり着いてしまうのは怖すぎる。

 あ、言い忘れたけど全攻略男性キャラ分バッドエンドがあって、もれなくパールちゃん、死ぬから。皇太子バッドエンドのときもそうだけどパールちゃんの死に方の凄惨さとか、嘆き悲しみ狂っていくヒーローの姿を描いた一枚絵のクオリティとかとか。

 シナリオもイラストも、どうしてそんなにバッドエンドに力入れてるの! 攻略サイトでゲーム版シナリオのネタバレ読んだだけでトラウマになるレベルとか乙女ゲーじゃないから! バッドエンドは全力回避だから!


 狙うなら小説版を読んで展開がわかっている皇太子ハッピーエンド。安全策一択!

 ……と、言いたいところだけど。悪役令嬢とは言え女の子が一人死ぬとわかっていて、ハッピーエンドルートを選択するのも気が引ける。


「なら、皇太子トゥルーエンド……か」


 私はあごに指をあてて、ぼそりと呟いた。

 選択肢はほぼ皇太子ハッピーエンドと同じ。唯一、違うのは皇太子と出会った直後、その日の夜に学園の敷地内にある湖のほとりでロザリアちゃんと会話しておくこと。

 あ、この学園、全寮制です☆


 廊下を歩きながら私はぐっと拳を握りしめた。

 心は決まった。心が決まったなら、あとはただひたすらに! トゥルーエンドを目指して! 例え、第三者なら腹筋崩壊程度で済むだろうけど当事者は恥ずか死一歩手前だよ、クソが! 的展開も享受して! 行動するのみ!


 私は! つるタマのメインヒロイン・パールちゃんは! ロールパンをくわえると、くわっと目を見開いた。

 そして――。


「いっけな~い! ちこく、ちこく☆」


 学園の外廊下の角を女の子走りで、走ってんのかってツッコミが入りそうなほどゆっくりと曲がった。このあと、皇太子にぶつかるとわかっているのだ。バカみたいな勢いで突っ込んでいくバカが――……。


「遅刻だ、遅刻っ! 皇太子が転校初日に寝坊して遅刻なんぞ許されないぞっっっ!!」


「ぶりゃあああぁぁぁぁぁぁ!!」


 そっちがバカみたいな勢いで突っ込んでくるのかよ、バカが!

 皇太子の胸筋に吹っ飛ばされ、柱に背中から叩きつけられた私、メインヒロインなパール・ホワイト 十六才☆ はどさりと落ちて地面に突っ伏した。

 モブキャラ並みに潔い吹っ飛ばされ方! ……って、これ、乙女ゲーだろ!? 小説版を読んだ感じじゃあ、〝誰かとぶつかって尻もちついちゃった☆〟くらいな軽いノリだったぞ、おい!

 確かこのあとの展開はパールにぶつかったことに気が付いた皇太子はあわてて振り返り、そのときに偶然、手の甲がパールのつるりん卵肌な頬にふれて一目ぼれとなるはずなのだけど……。


 嫌な予感に反射的に逃げの構えを取った私だったけど、一足遅かった。


「むっ!? 今、誰かとぶつかったような!?」


「すっぱーーーーんと来やがったな! 予想どおおおぉぉぉりぃっっっ!!」 


 クソ皇太子から裏拳を食らったうら若き十六才のつるりん卵肌なメインヒロインは、さっきとは別の柱に、再び背中から叩きつけられた。

 よかった、別の柱で。同じ柱にぶつかってたら、たぶんその柱、崩れ落ちてた☆


 人の横っ面をぶん殴っておきながら、イケメンオーラ(※つるタマ世界基準)全開で皇太子は振り返ると、真剣な表情で小説版つるタマ通りの台詞を発した。


「なんて……つるりん卵肌なんだ! 余はお前に惚れたぞ!」


「こんだけの勢いで横っ面引っ叩いといて、どの口が言ってんじゃ! ボケがぁぁぁぁ!!」


 小説版つるタマ通りじゃないパールちゃんの暴言はあっさりと聞き流されて、無事に皇太子ルートが開幕した。


 ……いや、待って。

 身体がもたないぞ、これっっっ!!

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