第33話 黒いリボンと変態


 今日からふくすのだと侍女は言う。


「お葬式が終わるまでですか?」


 真っ黒な喪服に袖を通しながら、カレンは聞いた。しかし、侍女は首を振る。


「喪に服すのは一年間です」

「一年⁈ 一年、黒い服を着てるの⁈」

「いいえ。しかし、白雪姫は喪章をつけ続けていただきます」

「もしょう?」


 侍女は「はい」と返事をして、黒いリボンを差し出した。


「こちらを左腕に巻きつけてください。結び方はご自由に。遺族のあかしです」

「いぞく……」


 白雪はそのリボンを受け取り、そっと指で撫でながら微笑んだ。


「綺麗なリボン。ほら、触ってみて」


 カレンは、どこか寂しげな姫が差し出す、黒いリボンに手を伸ばした。


 それは、短い毛がツヤツヤと輝く、ビロードのリボンだった。


 これを毎日、白雪に巻くのは、まるで『家族に死なれた子』と、語り続ける気がして、カレンは白雪のように素直に綺麗と思えずにいた。


「ね? 綺麗なリボンよね?」

「う、うん、そうだけど……白雪は嫌じゃない? リボン巻くの」

「嫌じゃないよ。だって、ただのリボンだもん」


 カレンはハッと顔を上げる。


 喪章を付けようが付けまいが、母親を亡くした事実は変わらない。それを年下の子に教えられたようで、そして、その悲しみから目を逸らさせるように白雪の気分を変えようとだけしていた自分が恥ずかしくなった。


(今は一緒に悲しもう……)


「うん、ただのリボンだ。でも、王妃様が安らかにありますようにって祈るリボンだ」


 カレンは白雪の左腕にキュッとリボンを結んだ。


 少し幅のあるビロードの布は結びにくかったが、それでもカレンは形の整ったちょちょ結びにした。


「ねえ、カレンの分はないの?」


 侍女は喪章は亡くなった方の家族のみだと説明をする。


「カレンも家族だよ? あなたも」

「い、いえ、わたくしは……」


 侍女は白雪の言葉に目の奥が熱くなる。


 使用人以上に、不遇な王妃が嫁いできたその日から心をくだいてきたと自負していた。侍女の立場を超え、友人を目指して努力してきたが、結果を出すことは叶わなかったと自分を責めていた。


 しかし、家臣や貴族たちへの説明に葬儀の手はずと忙殺ぼうさつされ、自分の気持ちと向き合っていなかった。


(家族と思っていただけていた……)


 こんな幼な子にねぎらわれるとは思ってもいなかったが、感涙かんるいせずにはいられない。


 手で顔をおおい隠して肩を震わす侍女を見て、白雪は明るい声を出した。


「ねえ、みんなでリボンをつけない?」

「みんな? みんなって?」

「み〜んなよ。悲しいって思ってる、みんな」

「王妃様のために……?」

「そう。……イヤならいいけど?」


 大きな瞳を上目遣いでおねだりするように向ける白雪にカレンは微笑み返す。


「それ、すごく良いアイデアだよ!」


《王妃の死をいたむ者は黒いリボンを左腕に付けろ》


 死を知らせるおおやけの告知とは別に、侍女が巻く黒いリボンの意味を問うた侍女仲間から家臣へ瞬く間に広がり、出入りする業者は家族に伝え、買い求めに走った人々から、さらに国中に広がっていった。


 老いも若きもペットまでもが黒いリボンやハンカチを左腕に巻き、王妃の死をいたみ、悲しみを共有した。


 それが小さなお姫様のアイデアだと知ると、人々はさすが黄金の姫だと感心し、黄金の姫がいるかぎり、この国の安泰は続くと、王妃の突然死という不穏は薄まっていった。


 その頃、王も少なからずショックを受けていた。


 まがりなりにも妻である。とこに伏せがちだと聞いてはいたが、まさか死んでしまうとは。


 しかし、自分の所業しょぎょうのせいとはつゆほどにも思わない王は、いつもの習慣で今日もまたハーレムに足を向けた。


 しかし、ハーレムに少女たちの姿はなく、明かりも灯られていなかった。


 なぜだろうと王がいぶがしがっていると、家臣が息を切らして追い駆けてきた。


 左腕に黒いリボンが巻いてある。


「お、王様……今日はいけません。明日は王妃の葬儀です。今日、乙女を城によこす親はいません。皆、喪に服しております」


 家臣は、まさかこんな日にもハーレムでシコシコにいそしむ気になるとは思いもしていなかった。


 王は「うむ、そうだな」と、顎に手を当てる。


 わかってくれたかと胸を撫で下ろした瞬間、王はガチ変態であると家臣は思い出さざるえなかった。


「では、姫をよこせ。話をしよう」

「な!」


 少年のようなどこか浮世離れした心優しい王だが、それゆえに妻の死を我が身のことと捉えられていない。


 家臣は、左腕のリボンをギュッと掴んだ。


 王が望めば、なんでも言うことを聞いてきた。ズボンを下ろして子供サイズの純白のパンティを履いたことも、ハーレムで王が特に気に入った子供をなだめてベッドに誘導したこともあった。


 すべて王のため、国のためと、皆が眉をひそめる仕事もこなしてきた。


 しかし、今はひとこと言わせてもらわなくては、王のためにならないと唇を引きしめる。


 家臣は大きく息を吸い込んで、王に語りかけた。


「王様、妻に死なれた夫が性欲を優先させてはいけません。今は悲しむ時です。気持ちいいことを望めば、死をいたむ気持ちがないと国民は思います。国中が王妃様の死に沈んでいるのに王様だけがいつも通りに過ごしてはドン引きされます」

「ドン引き?」

「はい、民の心が王から離れてしまう」


 家臣は、民がいるから国があり、民が求めるから王が存在することができていると熱弁を振る。


 生まれた時から引かれたレールに乗って王になった男には響かないかと、逆に言えば民が求めなければ王制は崩壊すると強く進言したかったが、家臣はじっと王の反応を待った。


「そうか……そうだな」


 今度こそ理解してくれたかと家臣の頬は上がる。


「では、匂いでガマンするとしよう」


(いったい何の、そして、誰の匂いでガマンを? いや、ヤることはヤるのね〜)


 全然わかってくれていないと、家臣は呆然として部屋に戻る王を見送った。

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