第31話 人生まるもうけ


 カレンの悲鳴にも似た叫び声に、鏡の中の男はうるさそうに眉をひそめた。


『なんで、あんたさんに言わななりませんの? お姫さんのお世話、ご苦労さん。さ、お帰りはあちらでっせ〜』


 これにはカレンはカチンと頭にくる。


 鏡を割るものはと部屋を見回して、なに一つないとわかると右手の拳に力を入れた。


 胸の高さでかまえ、低い声を出す。


「お前みたいな無礼なやつと白雪を二人きりにするはずがないだろう。ボクらを呼んだわけを言え!」


 鏡の男は目をくるりと回して、震えてみせた。


『おお〜、こわ〜。でもな、あんたさん……』

「カレンだ!」

『ほな、カレンはん』

「カレンでいい!」

『カレン、人前で “僕” はあきません。壁に耳あり、でっせ〜』


 カレンはハッと息をのむ。すると、鏡の男は大きな声で笑い出した。


『誰よりもお姫さんを大事に思うナイトやのに、その美貌びぼうのせいで王様にパンツをさらさなならんちゅうのは難義なんぎでんな〜』


 カレンの顔が見る間に赤くなり、そして涙声になった。


「だ、誰が好きこのんで、こんな格好……」

『そうでっしゃろな〜。カレンはん、わては、鏡どす』

「どす⁈」

『鏡は持ち主がいなければ、やがて粉々に割れる運命と相場そうばが決まっておりやんす』

「やんす⁈」

『せやから、お姫さんに持ち主になってもらわんと』

「わんと⁈」

『そうどす。お姫さんのお母ちゃんも、そのまたお母ちゃんも、先祖代々、わての持ち主になってもろて、わては、願いを叶えてきたでありんす』

「ありんす⁈」

『……そろそろ、言葉尻とらえんのやめてもらえます? ムカついてかなわんわー』

「ご、ごめん……でも……」


 カレンは小さな白雪を見下ろした。


 鏡の男も視線を下げる。そして、ため息をいた。


『ま、今度の持ち主はんは、こまいし……ここに来るにも誰かの助けが必要でっしゃろさかい……よし、野郎は好かんが、おまんは美人じゃけん特別に許可してたも』


 魔法の言葉尻の意味はさっぱりわからないが、カレンは白雪といられると胸をで下ろした。


『変態王のせいで人生狂わされたと思っちょるだろうがなー……人は、それぞれ役目っちゅうもんがある。ガチロリのどうしよ〜うもない王様だけんども、森を愛し、不必要な木の伐採を許さない。森に住むものにとっては、ありがた〜い存在ぞ』

「でも、王妃様は……」


 王のせいで不幸になったと言いかけて、カレンはチラリと白雪に視線を落とす。


『そう、王妃の役割は少し損な役割だった。でもな、父を慰め、家を助け、そして黄金の姫を生んだ』

「父を慰めって、どういう意味?」

『おっと、口が滑った……ようするに、人はせいぜいひとつかふたつの役割しかこなせんってことじゃ』

「どういう意味?」

『だからっ、鼻をかめば精子が出てきそうな脳なし絶倫ぜつりん馬並うまな乙女声おとめごえ野郎でも名馬を育てる天才だったり、息子にスカートをかして自己満足にひたる、お前、ピーター・パン・シンドロームだろっつっても、ぜったい認めねーような、頭お花畑で、不安な子供に気のいたセリフどころか抱きしめてやることもせず、見送りも満足にできない、超のつく “うっかり中出しされて〜親になっちゃいました〜” 的なバカ親でも……』

「それって、僕の母のこと?」

『そう! でも、絶世ぜっせいのイケメンで賢くてお姫さんが、唯一、心を許すお前を生む役割をはたした』


 カレンには絶世のイケメンという言葉があるのかわからないが、それでも、少し嬉しくなった。


「えーと……誰にでも短所と長所があるってこと?」

『いや、短所ばかりでも、役割をはたせば人生、丸儲けってことやん?』

「んー、よくわからないけど……白雪、わかった?」


 黙って耳を傾けていた白雪は「うん」と、うなずいた。


「ええ⁈ 今のわかったの⁈」

「うん。人生、まるもうけ」

「そこー⁈」


 鏡の男は大口を開けて笑い声をあげた。


『いや〜、さすが妖精の粉にまみれて生まれた子やねー。魔法の言葉といい、わてが思っとったよりも影響を受けてまんな〜』


 目を細める鏡の男に、カレンは聞きたいことがありすぎると口をパクパクとさせる。


『まあ、妖精の加護かごを受けた姫さんなら、簡単には死にはることはないでしょ』


 鏡の男はひとつ咳払いをして、あらたまってみせた。


『白雪姫、わたくしの持ち主になって頂けますか?』


 なんだ、まともな言葉も話せるんじゃんとカレンが思った時、白雪はうなずく代わりに意外なことを言った。


「じゃあ、私の部屋に来て!」


 ええ⁈ と、カレンと鏡の男は顔を見合わす。


「お友達になるんでしょ? じゃあ、こんな暗い部屋じゃなくて私の部屋の鏡になって」

『と、友達⁈』

「うん、お母さまは秘密の友達って言ってた。白雪も秘密の友達になるー」


 それでは秘密でなくなるような?と、カレンも鏡も思った。しかし、たしかに、あの階段を昇って通うよりは部屋にいてくれた方が、なにかと便利だとカレンは思い直す。


「うん、白雪、それがいいね。鏡さん、いいよね?」

『い、いやー……』


 鏡はこの場所から動いたことがなかった。


 白雪の部屋の鏡台きょうだいに現れたように、姿を映すものがあれば、城に関わらず、どこにでも行くことができるので、あまり考えたことがなかった。


『わて、この城になる前から何百年もここにいるわけで……』

「なにか問題でも?」

『いや、問題っちゅうか……悪い予感がするっちゅうか……』

「じゃ、持ち主、やーめた!」


 白雪が、そう言い放った瞬間、鏡からピキッと不穏な音がした。


「白雪! 鏡さんが割れちゃうよ!」

「じゃあ、白雪の部屋に来てくれるー?」


 悪ーい顔をして見上げる姫に、鏡は心底、深いため息をく。


『なんちゅう姫さんや……悪い予感は姫さんの性格にあったようでんな』

「お友達になる?」

『はい、はい。選択肢がありゃしませんがな』

「やったー! カボチャのカーテン、作ってあげるねー! おそろいのやつー!」


 バッとスカートをへそまでまくり上げ、ピンクのカボチャパンツを見せながら無邪気に笑う姫に、鏡は割れた方がマシだったのかもと後悔の念をよぎらせる。



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