第30話 魔法の友達


 王妃の部屋の前は、慌ただしく出入りをする侍女や家臣たちでごった返していた。


 王妃のやまいは城内で噂にはなっていたが、正確な病状を知るものは少なく、よって、青天せいてん霹靂へきれきと受け取る者が多かった。


 それゆえ、まずは「なぜ⁈」と死の理由を知りたがる者が大挙たいきょとなって押し寄せ、次に「どうして⁈」と、やはり疑問を繰り返した。


 まがりなりにも王妃の突然の死である。


 旅立つ準備を粛々しゅくしゅくと進めていたわけではないので、決めなくてはならないことが山ほどあった。


 そんな大人たちは、カレンが手を引く小さな姫に気づくはずもなく、二人はなんなく王妃の部屋を通りすぎて廊下の先の戸棚の前に立った。


 その飾り戸棚は簡素なもので、小箒こぼうきや小さなちりとり、はたきなどの掃除道具がほこりをかぶったまま乱雑に放置されていた。


「ここ?」


 カレンの問いに白雪はうなずき、下の開き扉に手をかけた。


 両手でつまみを持って引き開くと、そこに背板はなく、がらんとした空洞が口を開けていた。


 カレンはしゃがんで中をのぞき込む。


「真っ暗だね。ここが秘密の部屋?」

「ううん、この上にあがるの」

「上?」


 白雪は、ついて来てと床に手を付き、戸棚の中につんいで入って行った。


 カレンも恐る恐るそれに続く。


 戸棚をくぐると、そこは立ち上がれる空間になっており、目の前に上に向かう階段が伸びていた。


 白雪は、まだ目が慣れずに暗闇に躊躇するカレンを尻目に、スタスタと階段を昇って行く。


 その階段は城の壁の曲線に沿うように緩やかなカーブをえがいていた。


「待ってよー」


 カレンの声が暗い壁に吸い込まれる。


「ねえ、白雪、どこ?」


 足を止めて、袋からロウソクを出そうかと迷っていると、ふいに頭上が照らされた。


 見上げると白雪がランタンをかかげて手招きしている。


「こっちよー」

「その明かり、下に用意しておいてくれればいいのに……」


 ふいに階段は終わり、平坦な床になる。そこから上下に階段がわかれていた。


 白雪はさらに上へ上がり始めた。


「ねえ、待ってってばー」


 カレンはランタンの明かりを追いかける。


 白雪はまるで何度も来たことがあるようにスタスタと進み続けた。


 階段を上りきり、カレンは呼吸を整えながら白雪の姿を見てホッと安堵あんどした。


 そして白雪が照らす古びた扉を見上げた。


 子供のカレンにも、その装飾が古い時代のものだと見てとれた。


 白雪は迷わず扉を押す。


 すると、扉はその重厚感とは裏腹にきしむ音ひとつ立てず、滑らかにその口を開いた。


 ひんやりとした空気を感じながら、カレンは白雪のあとに続く。


 そこは、屋根裏のような広くはない部屋で、一枚の姿見すがたみが置いてあるだけだった。


 小さな明かり取りの窓が天井から陽の光を差し込ませていた。


 白雪は姿見の前に立つ。カレンもその鏡を覗き込むが、いつもの可愛らしいお姫様と女の格好をした自分しか見えない。


「ねえ、友達って……?」

「鏡よ、鏡。出てきて……」


 カレンが鏡から目をらせた時、白雪が小さくつぶいた。すると、鏡面がゆらゆらと波打つ。


 そして、あの男の顔が現れた。


『早ようきましたな〜。さすが黄金のお姫さんでんな。おや、そちらのお連れさんはー……面白いごうを背負ってまんな〜』


 不思議な言葉を使う鏡の男から、カレンは白雪を遠ざける。


『なにも取って食おうなんてしやしません。王妃はんが死にはったさかい、次の持ち主が必要でまんねん。で、お姫さんを呼んだってわけですわ』


 王妃の死はまだ公表されていない。カレンが眉に力を込めると、鏡の男は『けっ』と下品に舌を鳴らした。


 そして、今よりももっと人々が魔法に寄り添って生きていた時代から自分は人の営みを見続けていたと言う。


『わては、寂しい女の子の気持ちにこたえた魔女に作られてん。女の子は親も友達もおらん、毎日ひとりぼっちで、鏡をのぞいては自分と話すけったいな子でな。鏡を合わせたことありますかいな? 合わせ鏡ちゅうて、ずらずらっと自分が並んで見えて、その一人が振り向くとか振り向かないとか……それを期待して女の子は鏡に話しかけ続けましてん』


 鏡の男は項垂うなだれた。


『ある日、魔女がその話を聞きつけてな。面白がって、魔法で鏡の中に並ぶ一人を振り向かせてしまいましてん。女の子がビックリする顔を見て笑ってやろうと思っとった魔女は、思わず、さめざめと泣き崩れる女の子の前に姿を現してしもうたんじゃ。女の子は亡くなった双子の姉が戻ってきてくれたと嬉し泣きをしたと言って……魔女のいたずらを許さないと怒り狂いよった。そして、魔女を箱に閉じ込めてしもうた。箱の鍵を箱に入れて、その箱の鍵は違う箱に入れて……。何重にも呪いのような恨みごとを言いながら箱の鍵の鍵の鍵を隠してしもうたんや。これには、いくら魔法が使える魔女とて女の子の呪いを解く方法を知らなければ逃げるのはかなわん。魔女はなんでも見える魔法の鏡を作る代わりに逃してくれと頼み込んだ。女の子はその条件をのんで、魔女を解放した』


 黙って聞いていたカレンは白雪の肩に手を置いたまま、疑問を口にした。


「その子は呪いを解く方法を知っていたの?」


 魔法の鏡は、これだから人間はというように、片方の眉を上げた。


『呪いを解く方法は呪いをかけた者が決めるんでっせ。恋人のキスで解けるものもあれば、首から滴り落ちる血で解かれるものもある。ま、本人次第ってことでんな』

「その女の子の呪いを解く方法は……」

『そう、それが問題でしてん。その子は、箱から出るためには……呪いを解くためには、魔法の鏡に魔女の力のすべてを移すこととしてしまった』

「魔女の力……」

『なんでも見える魔法の鏡がなんでも望みを叶える鏡になってもうてん』

「そ、それが、あなた……?」

『そういう、ことでんな』


 鏡の男は白雪に、どこか温かい視線を投げた。


『わての次の持ち主はん。よろしゅうな』

「待って! 白雪が次の持ち主って、なぜなの⁈」


 

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