第27話 行ってはいけない場所


 大人ばかりの環境にいた白雪は、5歳年上のカレンにすぐなついた。


 見た目は可憐な美少女でも、中身は男の子のカレンは、活発な白雪を一日中でも追いかけることができ、家臣たちは疲れはてることがなくなったと手放しで喜んだ。


 城のマナーは白雪の振る舞いを盗み見て、見よう見まねで身につけた。


 勉強は、年下だが城の家庭教師がついていた白雪のほうが何倍も進んでいたが、仲良く教え合い、いつの間にかカレンが教えたほうがわかりやすいと家庭教師は舌を巻いた。


 幼い2人が、まるで生まれた時から一緒にいたと錯覚するほどに強い絆で友情をはぐんでいたその頃、王妃は昼夜の区別がつかなくなっていた。


 ふいに涙を流したかと思えば、高笑いをして周囲を不安にさせる。


 カレンが男の子という事実は身近な家来にさえも秘密にされていたので、王妃が何度も侍女を呼びつけて計画がうまくいっているのかと聞くたびに、侍女は人払ひとばらいをしてから答えなくてはならなかった。


 王は、まだカレンの存在に気づいていなかった。


 それどころか、あの日以来、白雪を所望しょもうすることもなかったのだが、ただでさえむ王妃には “王をだまそうとしている” ということだけで、神経が休まることがなかった。


 仲良しの2人は、いつも一緒に王妃のために花をんだ。


「カレン、こっちよー」

「白雪、待ってよ〜」

「お母さまは赤いお花が好きなのよ」

「えー、青い花のほうが良い香りがすると言われていたんじゃない?」


 毎日、カゴいっぱいに花をみ、それを王妃のベッドに広げて、かんむりや腕飾りを作って遊んだ。


 そんな仲睦なかむつまじい様子に目を細めながら、王妃は「庭の奥の森に近づいてはいけませんよ」と、くぎを刺すことを忘れなかった。


「でも、王妃様。毎日お花をんでいたら、そのうち無くなってしまいます。そうしたら森の近くに……」

「ダメだと言っているでしょー!」


 王妃は突然、金切かなぎり声を上げてカレンの頬をひっぱたいた。


 カレンは悲鳴をあげて、ベッドの下へ転がり落ちる。


「ダメなの! あそこはダメなのよー!」


 かすれた、まるで魔女のような声で王妃は叫ぶ。そして、ドバッと吐血とけつした。


 おびえた白雪の泣き声と、あわてて侍女を呼ぶカレンの声に、扉の外で待機していた侍女はノックもせずに駆け込んだ。


 口から血をらしながら肩で息をする王妃に落ち着くよう声をかけ、血走ったまなこを閉じさせる。


「王妃様、お体にさわります。さあ、横になって」

「ああ、白雪を守らなくては。どこか……そうだ、箱に鍵をかけておけば安全だわ。鍵は箱に入れて……その鍵は……そうだ、箱に入れればいいんだわ。その鍵は……そうだ……箱に……」


 うわごとのように目をつぶったまま、そう何度も繰り返す王妃を白雪の目に入らないようにと、カレンは痛む頬をさすって白雪を抱き上げた。


 侍女に視線で言われ、カレンは白雪を抱いたまま部屋を出る。


 そして不穏ふおんな空気から逃げるように庭におりた。


 白雪の小さな背中をポンポンと優しくたたきながら、カレンは「あの白い蝶々は、なんて名前か知ってる?」と、微笑みかける。


 高い空はつき抜けるような青さをどこまでも見せるが、カレンの意識は白雪にしか向いていなかった。


 白雪は涙をぬぐい、カレンの視線の先を追う。


 ひらひらと舞う蝶々を見ながら、しかし、カレンの質問に答えなかった。


 ふっくらとしたほっぺたをカレンの肩にあずけ、小さくつぶやく。


「お母さまは白い色がきらいなの……」

「そうなんだ……綺麗なのにね」


 白雪は顔を上げた。


「カレンもそう思う⁈ 白雪は白い雪が100年ぶりに降ったから白雪って名前になったんだって! 白雪は白い雪って意味で……お母さまは白がきらいなの……」


 カレンはうなだれる小さな体をギュッと抱きしめた。


 白雪が生まれた日、国中が黄金の姫の誕生だと喜びにいたことを覚えていた。


 当時、家族で雪遊びをした楽しい記憶がある。


 王が純白のパンティに欲情することが、王妃が白をみ嫌う理由なのだが、そんなことを知るよしもない幼い2人は、ただ受けとめるしかなかった。


「……白雪は白が嫌い?」

「ううん、きらいじゃない」

「嫌いな色は?」

「そんなのないよ。全部、好き」

「ええ⁈ うんこ色も⁈」

「なにそれー! うんこ色なんてないよー!」


 とたんに幼い姫は笑顔になる。


「王妃様のうんこは白色なのかも。だから嫌いなんじゃない?」

「白いうんちなんてないよー!」

「ええ⁈ 白雪って人のうんこを見たことあるの⁈ 汚〜い」

「カレンのバカー!」

「あはははー!」


 二人で笑い合い、追いかけっこをして体を動かせば気持ちも晴れる。


 息を切らす白雪に捕まったカレンは、薄いブルーの瞳を細くして、サラサラの黒髪に指を通した。


「ボクは白雪色が好きだよ。虹よりもたくさんの色がキラキラ輝いていて、世界で一番、綺麗だ」

「え〜? カレンっば、うんち色もキラキラに見えるの〜? きたな〜い」

「うわ、やられた!」

「キャハハー!」


 カレンは、この活発で賢い姫が大好きだった。


 きっと、大人しくて飾り物のようなお姫様だったら、男の子の自分は城での生活が苦痛になっていただろう。


 ドレスをまくり上げて思いっきり走れるのも、口を隠さないで大笑いできるのも白雪のおかげで、家族と離れている寂しさを忘れられているのも、すべては、この孤独な小さなお姫様のおかげだと理解していた。


「白雪、今日はなにして遊ぶ?」

「んーと、木登り!」

「また? 危ないって叱られたばかりだよ?」

「だから、はしごを使って登るの!」

「えー? それって木登りじゃないじゃん。はしご登りだよ」

「木登りじゃないから叱られない!」

「へりくつを思いつく天才だねー」

「白雪、天才!」

「自分で言う〜?」

「あの木に登りたい!」


 白雪が指差した先には大きなケヤキの木がそびえ立っていた。


 おそらく2人が生まれる何百年も前からそこで鎮座ちんざしているのだろう。重そうな太い枝が何本も、腕を広げるように伸びていた。


 一番下の枝にさえ登れれば、あとは、てっぺんまで行けそうだと、せがむ白雪を抱え上げ、パンツ全開で足を枝にかけたところを侍女に見つかり、大目玉を食らったばかりだった。


「あそこに届く、はしごってあるのかなぁ」


 カレンにとっては侍女の小言こごとよりも、おてんばな姫の望みが優先だった。


「庭師のおじいさんのところに長いはしごがあるか見てくるね。ここで待ってて」

「うん! 待ってる!」


 期待を込めてうなずく白雪の頭をでて、カレンは一人、近づくなと言われている庭の奥に向かった。



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