第26話 カレン


「こんの、変態ヤロー!」


 いつもは蚊の鳴くような声の、王妃の怒号どごうが響き渡る。しかし、王妃はそこで力尽き、よろよろと侍女に支えられながら椅子に座り込んだ。


 王妃の代わりに侍女が白雪に駆けよった。


「恐れながら王様、白雪姫は昼食のお時間でございます。なので……失礼致します」


 侍女はスカートをへそまでまくり上げてキョトンとする白雪を抱え上げる。


 片手で白雪を抱き、片手で王妃を支えて部屋を出て行った。


 扉の外では家臣が気をんでいたが、王がなにも言わなかったことに安堵あんどして、侍女に手を貸して王妃を支えた。


 王妃をベッドに寝かせ、家臣が立ち去ったあと、侍女は白雪の衣服が汚されていないか確認した。


「お父さま、このカボチャパンツより白いほうが、にあうって言ってた」


 白雪は再びバッとスカートをへそまでめくる。


「ああ、そうでしょうね。あの人は純白が好きだから……」


 王妃は、嫁いだ日から変態王に見られていた日々を思い出し、虫唾むしずが走ると顔をしかめた。


 そして、やはりカボチャ柄にして正解だった、自分は正しかったと強く思う。


(あの人はお父様とは違う。お父様は私を唯一の存在として愛してくれた。娘を、その他、大勢と同じ扱いをするなんて……)


 この日から、王妃は少しでも白雪の姿が見えないと声をあらげた。


「白雪! 白雪はどこ⁈」


 すぐに愛する我が子の無事を確認しないと半狂乱になった。


 勉強の時間だからと言っても、王の元にいるのではないかと疑い、自分の目で確認すると言ってベッドを降り、そして数歩、歩いては力つきる。


 王妃が床をおうとするので侍女は仕方がなく勉強を中断させて白雪を連れて来なくてはならなかった。


 穏やかで優しい、かつての母の姿は消え失せ、猜疑心さいぎしんに目をギラつかせ、時に毒を盛っているのではと侍女を責めた。


 それでも白雪はせ細っていく母に花を届け続けた。


「お母さま、明日は遊べる?」

「ええ、遊びましょう」

「……お母さま、大好き」

「私もよ。私の白雪」


 しかし、心の平穏を失った王妃の体は、回復のきざしを見せなかった。


 食べ物を受け付けなくなり、天井を見る日が続いたある日、侍女がこんな話を持ちかけた。


「王妃様。王妃様のやまいは白雪姫を心配するあまりの心労しんろうです。なので王妃様に代わり、姫を守る護衛をつけるのはいかがでしょう」

「護衛は王の命令には逆らえません。白雪と2人きりにしろと命ぜられれば……」

「いいえ、王妃様。王の命令には逆らわず、しかし姫を守れる護衛です」

「いったい……」


 侍女は、王妃の前に双子の少女を差し出した。


 その双子は、絹のような波打つ見事な金髪を腰まで伸ばし、淡いブルーの瞳は見えない部分まで見抜く力を持つような錯覚を覚えさせる。


 歳は10歳だと言う。


「美しい子たちね……」

「はい。姫の遊び相手として側に置きましょう。そして、王が姫に近づいたら……」

「この子たちを寝所に送ると言うの⁈ そんなこと!」


 王妃は愛する我が子のためとはいえ、他の少女を犠牲にするのは違うと訴える。


 侍女はそう言うと思っていましたと前置きをして、2人のうち、ほんの少しだけ背の高い少女を指差した。


「この子、男の子なんです」

「ええ⁈」


 美しい双子は二卵性双生児の兄と妹であった。


 神々しいほどの美しさに親が髪を切るのをためらい、この姿になっていた。


「王はパンティを脱がせません」

「男の子を寝所しんしょに……」

「そうです。年齢的にもドンピシャですよね?」

「そうね……男の子ならば……」


 ベタベタをかけられるだけならば、女の子よりは心の傷は浅く済むのかもしれない。


「白雪姫にも、そろそろ同じ年頃の友達が必要です。王が姫に近づいたら、この子が相手をかって出ればいい」

「でも、万が一、気づかれたら……」

「その時は妹と入れ替わればいいんです。王の勘違いですと言い張って、パンティを下ろされることさえ避ければ、姫を守れます」


 “姫を守れる”


 この一言で王妃は承諾した。しかし、やはり、妹は家に帰そうと侍女に言う。


 美しい兄妹を2人とも城にとどめておけば、母親は今の自分以上に心を痛めてしまうだろう。


 そんな相手を気遣う言葉に、以前の優しい王妃が残っていたと侍女は目頭を熱くした。


 美しすぎる少年は名を問われ、その長いまつ毛を上げて王妃を真っ直ぐに見る。


 そして「カレン」と、答えた。


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