第24話 母の自覚と父の無自覚


 そんな噂が一人歩きしているとはつゆほどにも知らない城内では、100年ぶりの雪が降ったことから白雪と名付けられた姫が順調にその体重を増やしていた。


 真っ白な肌に艶やかな黒髪、大きな瞳には月と星のきらめきが散りばめられ、ぽってりとした唇は乳母うばちちをよく吸った。


 大きな二重まぶたを三日月に細め、にこにこと終始ご機嫌な姿は、やはり黄金の姫だと皆はうなずき合う。


 王妃は、身に覚えのない我が子ながら腹をくくって産んだだけのことはあり、身分の高い女性の慣習かんしゅう退しりぞけ、オムツを替えたり湯浴みをさせたりとできる限り白雪と向き合った。


 誰もが目を細めざる得ない姫は、腹を痛めた王妃からすれば文字通り、目に入れても痛くない存在となった。


 白雪は、初めての寝返りも「マ〜」と呼ぶ声も、初めてのすべてを母の目の前で行った。


 幼かった王妃は純粋に娘を愛し、共に成長し、母として、そして王妃としての自信を身にまとった。


 侍女や乳母だけでなく、城内のすべての人々の生活は白雪を中心に動き、話題はいえば女神の恩恵と加護を一身に受けた姫のことだけになったと言っても過言ではなくなっていた。


 しかし、父王だけは違った。


 ガチ変態ロリ王は、産後、一度だけ王妃を見舞ったが、生後間もない赤ん坊をチラリと一瞥いちべつしただけで、抱くこともしなかった。


 それどころか、王妃の母乳で膨らんだ乳房にあからさまな嫌悪感を示した。


 父親にいろいろな意味で愛されて育った王妃は、これに少なからずショックを受けるが、高貴な者とはこのようなモノなのかもしれないと気持ちを切り替え、子育てに没頭した。


 献身的な王妃の母性とは裏腹に、王はあいも変わらずハーレムの少女達を愛し続けた。


 白雪が3歳になったある日、活発で好奇心旺盛に育った姫は侍女の目を盗んで王の寝所に入り込んだ。


 始めて入るその部屋に、大きな瞳をさらにまん丸くして白雪は辺りを見回しながらトコトコと歩みを進める。


 そして、こともあろうか、ベッドに横たわる少女の純白のパンティに今まさにぶちまけようと鼻の下をびろ〜んと伸ばす王と目が合ってしまった。


 王は突然現れた幼な子に驚きつつ、しかし放出する鼻水を止められるわけもなく、白雪の顔を見下ろしたまま純白のパンティにぶちかます。


 白雪はニコニコとご機嫌な顔をしてベッドのへりに手をかけ、う〜んと背伸びをした。


 王は務めをはたした少女の体をき「ご苦労だった」とねぎらって、3年ぶりに再開した我が子を遠慮がちに抱き上げた。


 王はまじまじと、その、みずみずしい肌と艶やかな黒髪を見る。そして、長いまつ毛のクリクリの瞳にふっくらとしたピンクの唇を、どこか見覚えがあると感じた。


 白雪は見慣れない男性に無言で見つめられ、上がった頬が下がっていく。


 口角がふるふると震え、案の定、「わーん」と、泣き出してしまった。


 白雪を探していた侍女と家臣がその声を聞きつけ、王の寝所に慌てて駆け込んで来る。


 王の大切な時間を邪魔してしまったと平頭しながら、父である王から姫を奪い取るように抱きかかえ、頭を下げたまま出て行った。






「そうですか、泣いて……王は我が子をあやすこともできないのですね」


 王妃は自分に指一本触れて来ない王に見切りをつけていたが、まさか我が子にも興味を示さない人だとはと肩を落とす。


 そして、すくすくと育つ白雪が心を痛めることがないようにと、王の話題を避けることにした。


 その後、侍女と家臣の苦労のかいがあり、父と子は同じ城に住んでいながら、お互いにその存在を意識せずに月日は流れていった。


 勝ち気で利発に育つ白雪と反対に、王妃は寝込むことが多くなってきていた。


 もともと丈夫なほうではなく、14歳という年齢での出産と活発な子供の子育ては王妃の体力を奪っていた。


 それでも自分は母だからと気丈に振る舞う王妃だったが、白雪の5歳の誕生日を境にベッドから起き上がれなくなっていた。


 心優しい白雪は、大好きな母と思うように遊べない寂しさを感じつつ、母の体調を気遣い、庭の花を摘んでは枕元に届けた。


「お母さま、今日はお池でカメさんに会ったのよ。のーんびり日なたぼっこしていたのよ」

「いいお天気ですものね」

「うん。白雪も眠たくなっちゃった」

「一緒に横になる?」

「いいの⁈」

「もちろんよ。ねんねのお歌を歌いましょうか?」

「ううん、お話がいい」

「どんな、お話にしましょうか」

「あのお話! 女の子が男の子に変装して悪いやつをやっつけるの! えいやーって!」

「もう、何度も聞いたでしょう?」

「大好きなの! 白雪もお母さまの悪い病気をやっつけてあげる! えいやー!」

「まあ、ありがとう。元気が出たわ」

「ほんとー? じゃあ、明日は遊べる?」

「ええ、遊びましょう」

「うれしい!」


 叶えられることなく、何度も繰り返される約束は、それでも明日はきっとと、白雪の心の支えになっていた。


 その日も、白雪は母が喜びそうな花を探して庭を散策していた。


 しかし、あらかたの花は取りつくしたと、庭の奥深くに足を進めた。


 そして、近づいてはいけないと言われている魔法の森に、そうとは気づかずに入り込んだ。


「ティンティン?」


 突然、背後から呼ばれ、白雪は腕にかけたカゴを落としそうほど驚いて振り返った。

 



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