第22話 ふくれる腹


 王妃の懐妊は国民にも発表され、国内はお祝いムードに包まれていた。


 諸外国からは出産前にもかかわらず、たくさんの祝いの品が届けられる。


「王妃様、見て下さい! ルビーとエメラルドのラトルですわ! これは黄金のメリー! こちらは……ウエディングドレス⁈ メッセージは『我が国の花嫁に』ですって! 女の子かもわからないのに気が早いですわよねー?」


 嬉々として贈り物の箱を開ける侍女と対照的に、王妃は弱々しい笑顔すら取り繕うことができない。


 それもそのはず。


 王妃は身に覚えのない妊娠に混乱していた。あの日、翡翠色のお茶を飲み干してからの記憶がない。目が覚めてから体の気だるさが続き、食べ物を受け付けなくなってしまった。


 毒が中途半端に効果を表したのか食べ物だけでなく、すべてのことに過敏に体が反応し、花瓶の花を見ただけで、誰かの咳払いを耳にしただけで空っぽの胃がひっくり返るような吐き気に襲われる。


「すぐに良くなりますよ」


 そう言う侍女の視線は温かく、親身になって吐物を片付けてくれる彼女の目的が殺すのではなく苦しませることとは到底、思えない。


 月のモノが来ないと知った時の侍女の喜び方にも違和感を覚えた。


「やった!」


 確かに彼女はそう言った。


 まるで、自分の成果のようではないか。


(この腹の子はいったい……)


 祝いの言葉に頭を下げて応えるのがやっとの言いようのない不安の中で、ただ、ふくらんでいく自身の腹を化け物を見る目で見下ろすしかなかった。


 良いことと言えば、城にあがってから音信不通だった父から手紙が届いたことだった。


 しかし、その手紙には定型の祝い文と、これで王妃の地位も王妃の実家の地位も安泰になったと書いてあった。そして、その地位をより盤石なものにするために、無事に跡取りを産むことだと。


 父と泣いて別れたあの日、父を助けるためというのは建前で、本当はこれで継母や兄弟・姉妹から逃げられると胸を撫で下ろしていた。新しい環境で新しい自分に生まれ変われるかもしれない。


 そんな自分の幼稚な思いよりも、もっと重いものを背負わされていたのだと思い知らされた。


 身に覚えのない腹の子だが、全国民が、思惑は違えど待ち望んでいた子なのだ。


(神の仕業しわざか悪魔の所業しょぎょうか関係ない。化け物だろうとなんだろうと産んでやる)


 大人びた少女は、誰にも相談することもできずに、たった一人で全身を引き裂かれるような陣痛に立ち向かった。

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