第21話 黄金のハナクソ


 それを、白目をいてだらしなく舌をらし、ついでにヨダレと鼻水もらしながら、ひどい臭いが取れないティンティンに振りかける。


 タンポは必死に肘の内側をポリポリとかく。


 舞い落ちる妖精の粉が減ってくると、次は首の後ろをボリボリとかいた。


 金色の妖精の粉が降りかかったティンティンの頬は赤みを帯び、だらしなくれていた舌は口の中に仕舞しまわれた。しかし、まだ目は開かない。


 タンポは親友を救おうと必死で首をかきむしる。粉が減ると、今度は両手を髪に入れ、頭を下げてガリガリと頭皮をかきむしった。


「え、フケ? 妖精の粉ってあか? 汚ね……」


 家臣の失言に、親友が死んだら火あぶりにしてやると心に決めながら、タンポは必死に尻をかき、足の裏をこすり合わせる。


 そのかいあって、降りかかる黄金の妖精の粉はティンティンの光を取り戻していく。


 ほんのり全身が赤みを帯び、ついにティンティンは目を開いた。


 力なく体を横たえたままだが、友の、腕をかきむしった爪痕つめあとを見て、涙を浮かべる。


「……ありがるん」

「ティンティンが “おティンティン” になっちゃったんだね」

「うん。アタイが “タンポン” にされちゃった」


 二人はふふっと笑い合う。


 タンポは、妖精を死にいたらしめたら人間界にどんなわざわいが降りかかるかわからないので、二度と、このようなことはするなと家臣を叱りつけた。


 家臣は「お約束します!」と、姿勢を正して頭を下げる。


 王は、やっと会えた愛しのティンティンが具合が悪そうなのを見て、家臣になにをやらかしたのか尋ねた。


 とたんに家臣の顔が青くなる。


 あなたがガチの変態だからとは、とてもじゃないが言えない。


 王家の血筋のためにと打首を覚悟してのぞんだことだが、やはり自分の身は可愛い。


 答えられないでいると、タンポに抱かれたティンティンが弱々しい声を出した。


「もうすぐ、私たちに似た可愛い赤ちゃんが生まれるのね。私の代わりに幸せにしてあげてね。あなた……私のこと、忘れないでね」


 え、最期の言葉⁈ 死ぬの⁈ と、家臣が人類にどんな災いが降り注ぐのかと戦慄せんりつに襲われると、タンポがティンティンの頭をパシッと叩いた。


「なに言ってんの。ほら、フェアリーグランマザーに妖精の粉をたっぷりかけてもらわなくっちゃ。行くわよ」

「イヤじゃ〜。あのババァ、前に鼻くそ投げてよこしたのだ〜。ババァの鼻くそ浴びるくらいなら、ここまま天国に一番近い島に行くのだぁ〜!」

「そこ、天国じゃないし。ってか、天国に行けると思ってるの⁈ まったく、なにをすれば鼻くそなんて投げつけられるのかしら」

馬糞ばふんで銅像を作ってやった〜。街道にババァの馬糞ばふん銅像どうぞうがズラッと並んで……」


 ティンティンは思い出してクックっと肩を揺らす。


「で、982体目で気を失った〜」

不浄ふじょうなものに触れ続けたからよ! それでも助けてくれたんだから良いババァじゃない」

「あ〜、ババァって言ってたって言い付けてやる〜」

「そんなことフェアリーグランマザーにはお見通しよ。ほら、立って。黄金の鼻くそを浴びに行くわよっ」

「ダッフンダ〜」


 親友の肩を借りて立ち上がる幼児体型の妖精を、ガチ変態国王は呼びとめる。


「待て、どこにも行ってはいけない。と城で暮らそう」


 ティンティンは肩越しに振り返る。


「ああ、あなた! ごめんなさい。アタイは行かなくちゃならないの。また、いつか……きっと、また、いつか2人が祝福される時代がくるわ。その日まで……また、いつか」


 ティンティンはもちもちの手で投げキッスを贈る。


 おぼつかない足取りで立ち去る後ろ姿を見送りながら、王は、その、ぼてっとした尻と浮腫むくんだ足首を目に焼きつけた。






 その後、家臣と侍女の思惑通おもわくどおりに王妃は懐妊かいにんした。


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