第20話 どう?


 全身、誰のものかわからない液体にまみれたティンティンはヒューと息を吸い込む。  


 そして、口と鼻からベタベタの鼻水やらよだれやら涙やらをき散らしながらゲホゲホとむせ込んだ。


 そして、力が抜けていく。


 侍女は白目をいてぐったりとするティンティンに慌てて声をかけた。


「妖精さん、大丈夫ですか? 息をしてください」


 侍女がベタベタの妖精をゆするとティンティンは「ヒィー」と、目を開いて息を吹き返した。


「いや〜! 真っ暗、怖〜い! 熱い〜! 苦し〜い!」


 錯乱さくらんする妖精を侍女は優しく抱きしめる。


「妖精さん、ありがとうございました。王妃に代わり……国家を代表して感謝申し上げます。本当に、本当にありがとう」


 侍女は王妃の水入れの湯で、妖精を綺麗に洗い流す。


 しかし、ベタベタが取れてもティンティンは顔面蒼白のままで、ぐったりとしていた。


「どうしましょう。妖精さんの様子が……」


 侍女は家臣に妖精を差し出す。


 家臣は慌てて、王の部屋にいる妖精に引き渡すからとティンティンを受け取った。


「私は朝まで王妃に付き添います」


 幼な子にするように、侍女は眠り続ける王妃の髪を撫でた。







 王の寝所ではタンポが困りはてていた。


 股ぐらに突っ込まれている親友が心配だが、この、どこか浮世うきよ離れした国王を引きとめておくのは難儀なんぎだった。


 共通の話題といえばティンティンのことだけ。


 しかし、ティンティンの話題を出せば「して、かの妖精はどこに?」と、部屋を出ようとする。


「ま、まだ、湯浴みをしているかと……ほら、ティンティンって、顔に似合わず綺麗好きだから……」


 ハハッと取りつくろってみても、王の目は明らかにティンティンの裸を想像している。


 目の前に妖精界で一二いちにを争うナイスバディの自分がいるのにと、タンポは複雑な乙女心を垣間かいま見せるが、それならばティンティン方式で時間を稼ごうと、ベッドの上で尻を少し斜めにして座り、膝をり合わせて上目遣いで熱い視線を送り、両腕で胸を強調させるように寄せて上げる。


「そんなことよりも……どう?」


 “どう” とは、どんな意味があるのか、さっぱりわからないが、幼児体型の親友が魔法の池に自身を写してそう言っていたのを真似てみる。


 王はポリポリと頬を指でかき、所在しょざいなさげに眉を下げた。


(おかしいわね……鼻の下がびろーんと伸びないわ)


 その細いウエストをひねって髪をなびかせながら振り向き「どう?」と、唇をめてみせる。


 しかし、やはり王は無反応だった。


 王は、そのなめらかな曲線にも足首の細さにもソソられなかった。


 バランスのとれたバストと腰は美しいとは思うが真ん中の息子の好みではない。


 やはり、あの幼児体型でぽっちゃりした足首が見たい。


 想像だけでどんぶりメシ何杯でもイケる。


「ティンティンは、まだか……?」


 そう繰り返す少年のような王に、タンポが深いため息をいた、その時、家臣がノックもせずに駆け込んできた。


 慌てた様子でぐったりとする妖精を差し出す。


「タ、タタタタ、タンポンさん!」

「誰がタンポンじゃ、ワレー!」


 中指を立てた美しい妖精は親友のあわれな姿を見て、驚いて家臣の手のひらに飛び乗った。


「光が消えかかっている!」

「そうなんです。王妃から引っこ抜いた時は元気に悪態あくたいをついていたのですが、じょじょに力が抜けて……」

「なんてこと! 不浄ふじょうなものに触れ続けたのね!」

「あ、はい、何度も。その……ズボズボと、頭から……」


 家臣は、そう言いながら二人をベッドに下ろす。


 ズボッと一回きりならば妖精の粉は人間の不浄ふじょうなど、ものともしない。しかし、それが何度も続くとなると話は別だ。


「王妃様はけがれのない乙女じゃなかったの⁈」


 タンポは、知っていたなら絶対にやらせなかったとやみながらゴシゴシと自分の腕をこする。


 すると、キラキラと輝く妖精の粉がふわっと舞い上がった。


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