第19話 チョメチョメ


「王妃様は? 用意はできているか?」

「はい。よくお休みになられています……それが妖精ですか?」


 侍女は家臣が持つ、生臭いにおいを放つティーカップを見た。


「おはこんばんちわ」


 ティンティンはふやけた手をあげて挨拶をする。


「あ、こんばんみー」


 妖精を始めて目にした侍女も挨拶を返した。


「あら、あんた。アタイとマブダチになれそうね」

「ちょっちゅね」

「チョベリグ〜!」


 家臣には二人の会話がさっぱりわからないが、打ち解けたのなら良かったとティーカップを差し出した。


「それで? 王妃様はどこに?」

「ベッドです」

「よし、ではすぐに取り掛かろう」


 天蓋のカーテンをめくると、天使のような少女は、すやすやと寝息を立てていた。


 侍女は布団をめくり上た。


 家臣はごくりと生唾を飲み込む。


 少女趣味はないが、薬で寝かされている乙女をのぞき見る機会などそうあるものではない。


 首と鼻の下を伸ばして、白くて柔らかそうな乙女のやわ肌に見入みいると、侍女がその視線を手でさえぎった。


「ここからは私がやります」

「よ〜し。ちょちょいのちょいとヤッちゃいますか!」


 ティーカップの中のティンティンが、すっかりふやけた手で手揉みをした。


「で、どうやってラブ注入するの? 塗るんでしょ? スプーンかなにかでかけるの?」


 生臭いを通り越して目にくる刺激を放つ液体の中で、王妃よりも幼く見える妖精は侍女と家臣を見上げて聞く。


 二人は「え」と、顔を見合わせた。


 繁殖力のない妖精には性行為そのものが『動物の不思議』もしくは『あなたの知らない世界』であり、当たり前だが経験など、なかった。


 侍女は困り顔で妖精入りのティーカップを家臣から受け取る。


「あの、妖精さん、今から“チョメチョメ”して頂かなくてはならないのですよ?」

「おっとどっこい。あたりきしゃりきのこんこんちきよ。アタイをなめてもらっちゃ〜困る。チョメチョメでも、なんでも、ちょちょいのちょいよ」

「そうですか。では、遠慮なく」


 侍女は、まるで風呂に浸かるようにティーカップの縁から手足を出しているティンティンの小さなつま先をつまんだ。


 そして、持ち上げる。


 小さな妖精は「ひぇぇ⁈」と、逆さ吊りになった。


 侍女はティンティンの両足をむんずと握り直す。


 そして、肩でゆるく内巻きカールを作る艶やかな黒髪をたたえる頭のてっぺんで、まるで床屋が髭剃りのシェービングフォームを溶くようにティーカップをかき混ぜた。


 手首のスナップを効かせ、ティンティンの頭ですくい上げる。


 ティンティンは大きな目をくるくると回した。


 重要な役目が幼児体型の妖精を待っていた。


「妖精さん、目を閉じてください。いきますよ。はい、息を吸い込んでー、とめて……」


 まるで現代でいうところのレントゲン技師のような声かけに、足をつかまれ、頭にホイップクリームのようなものを乗せたティンティンが「息?」と、侍女をうかがい見た瞬間、頭のてっぺんになにかを押し当てられた。


 侍女はティンティンの両足を握ったまま離さない。


「冗談はよしこさん! オタンコナス! すっとこどっこい! お前の母ちゃんでべそ! 聞いてないし!」

「言いましたよ」

「記憶にございません!」


 ティンティンは侍女の手から逃れようと暴れるが、侍女はお構いなしに、もう一度、ティーカップの中の鼻水でろ〜んをティンティンすくいあげた。


「では、息を吸い込んでー……」


 再び、王妃にティンティンの頭を押し付ける。


 こうしてチョメチョメは無事に行われた。

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