第17話 クサレポンチ


 ベッドの上の王の前に、ティンティンが乗ったティーカップは完璧な放物線を描いて着地した。


 王は、突然現れた小人に驚きを隠せない。しかし、すぐにその姿に思い当たった。


「おぬし……まさか、ティンティンか?」

「ピッタンコカンカ〜ン。お久しぶりっこ〜」


 ティーカップの中でウインクする妖精に、王は鼻の下に手をあてた。


「ティンティン! どうして……今までどこに……探したのだよ」


 王の脳裏に少年時代がよみがえる。


 ある日、忽然こつぜんと姿を消した小さな友達。暗くなるまで庭を探し回り、声がかれるまで名前を呼び続けた。


 何日も草の根をわけて探し求め、動物に食べられてしまったのか、池に落ちてしまったのか、それとも自分に落ち度があったのかと幼いながらに心を痛めるようすに、母は、お前が大人になった証拠だとなぐさめ、初恋だったのねと、優しく髪をでてくれた。


 当時の甘酸っぱい思いが込み上げ、王の目に涙が浮かぶ。


「ティンティン……なぜ私の前から姿を消したのだ。私はひとりぼっちに戻ってしまったのだぞ?」

「それはー……」


 実は当時、11歳の王子が幼女を裸にした事件は妖精界にも伝わり、激震を走らせていた。


 魔法の森や精霊に庇護ひごされているこの国の人間に、自然の摂理とかけ離れたド変態が存在したことに、魔法をつかさどる者の王と精霊王たち、そして、妖精たちを束ねる妖精王が1000年ぶりに顔をそろえた。


「皆様、お変わりなく」


 火と水と風、土と木の精霊が並んで声を揃え、透き通った体を揺らしてうやうやしく皆を見回す。


「ハッ! 挨拶だなんて無駄なことはよしとくれ! あんたのところのチンチクリンが人間をたぶらかしているよ!」


 魔法をつかさどる者の王は、とがったワシ鼻のシワをさらに深くし、声を荒げて妖精王を指差した。


「はて、我が一族にチンチクリンなぞ、いたかな?」


 長く美しい銀髪を揺らしながら、妖精王は首を傾げる。


「いるだろうよ! お前のババァそっくりな不細工な妖精が! おおう⁈」

「なんと! 我が母を侮辱ぶじょくするおつもりか⁈」

「事実だよ! じ・じ・つ! 本当のこと! リアル! 現実! まこと! ほんま!」

「うわぁーん! ママ〜! みにくい魔女が僕を愚弄ぐろうします〜!」


 泣きつく妖精王を、フェアリーグランマザーは抱きとめた。


 そして、こともあろうか1000年以上もこの土地で守り続けてきた人間に、自然の摂理せつりおびやかす“へき”を教えたのは妖精族の一人だと認めた。


「ママ! 人間の一人や二人がまぐわないからって、別にかまわないじゃないか! 人間は勝手に生んで勝手に増えていくよ! ママが頭を下げることないよ!」

「おだまり! こら、人前で触るのはやめなさい! オッパイを離しなさい!」


 フェアリーグランマザーは、いつまでたっても乳離れしない息子を叱りつける。


「人間は、我々、妖精と精霊と魔法が共存するために不可欠だと教えたでしょう。妖精は人間の赤子の笑い声で生まれ、その妖精の粉は魔法を安定させ、魔法の力で水と風が木と土を巡り、火を起こすことができる。その火を使い、浄化された水と土は人間に安全な食べ物を与える。神は、我々が存在する理由を人間に込め……オッパイを揉まない!」

「もー、何度も聞いたよー。でも、変態が一人いるだけじゃん。なにがそんなに問題なの?」

「このまま放置しておけば、少子高齢化社会をむかえ、増税を余儀なくされる……そうなれば……乳首、クリクリすんなっ」

「わしらは火あぶりにされるのじゃー!」


 尖ったワシ鼻を突き出して、魔法をつかさどる者の王は飛び出しそうな目玉に恐怖の色を浮かべる。


 精霊たちは、その透き通った体を揺らしながらコロコロと鈴の音のような笑い声をあげた。

 

「精霊どもよ、なにがおかしい。お前たちは人間の恐ろしさを知らん。人間は物事の真理を見ようとしない。いや、見れんのじゃ。だから、目に見えるモノしか信じない。お前たちも時々、自分たちをないがろにすれば恐ろしい厄災やくさいを招くと人間に警告を与えた方が良いぞ。でなければ、水と土は汚染され続け森は失われる。山はつるっ禿げだ。つるっとだぞ。テッカテカのツルッツルじゃー!」


 フェアリーグランマザーは魔法をつかさどる者の王に呆れた目を向けて、その豊満な胸に顔をグリグリと埋めたまま乳首を指でもてあそぶ妖精王の首根っこを持ち上げ、後ろに放り投げた。


 そして、咳払いをして1000年以上も付き合いのある精霊と魔女に向き直る。


「皆さん、この件は私に任せて下さい。誰の仕業しわざ見当けんとうはついています。必ず、解決してみせますわ」


 こうして、ティンティンは人間の友達の前に姿を現すことを禁止されたのだった。


 しかし、幼い王子の性癖は治らず、フェアリーグランマザーは、新しく建てられたハーレムはただの温室であると精霊や魔女に嘘をつき、川に大量放出される馬屋番の子種を一匹残らず捕まえなくてはならない事態にみまわれたのだから、ティンティンをうとましく思わないはずがない。


 そんなことになっているとはツユほどにも知らないティンティンは、フェアリーグランマザーをうらみつつ、しかし、根は真面目な子なので認めてもらいたい気持ちも大きかった。


 その好機こうきがいま来たと、ティンティンはティーカップの中で精一杯のお色気ポーズを取る。


「アタイも会いたかったわ。でも、大人の女はいろいろあんのよ。あは〜ん。うふ〜ん。どう? 昔みたいに……」


 幼児体型がどんなに頑張ってポーズを決めようとウケ狙いとしか見えないが、ガチ変態の中の変態、キングオブ変態の王はティンティンが話し終わる前に鼻の下を最高速度&最高距離で伸ばした。

 

 で、生臭い鉄の匂いを放つ、生温かく、ねっとりとした液体を放出する。鼻水液体風呂に浸かり、ティンティンは一瞬呆然とするが、すぐに高笑いをして見せた。


「大量じゃない! まあ、大人になった分、当たり前田のクラッカ〜かぁ」


 ティンティンが笑うと白濁した液体はタプタプと波打った。


 これだけの量があれば充分だと、ティンティンが立ち上がろうとすると、再び生温かい液体が勢いよく飛んで来た。


 王の二発目を顔面に浴び、ティンティンはティーカップの中で大股開きでひっくり返る。


 すると王は、小さな白いパンティを目にした瞬間、すかさず鼻の下びろ〜んと三発目を撃ち放った。


 さすがに44歳の連打は、その量を減らし、王は肩で息をする。


 満タンになったティーカップのふちにつかまり、ティンティンは「この、クサれポンチ! 死ぬわっ」と、悪態あくたいく。













《あとがき》

 鼻水です。はな……

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