第14話 諸悪の根源


「まずは、顔を洗い流さなくちゃね。レッツラゴー!」


 ティンティンはぴょんっと王子の膝を飛びおりて「こっちよ」と、手招てまねきして歩き出す。


 王子は、しばらくティンティンの小さな歩みに歩調を合わせていたが、王子にとっては足首ほどの高さもない雑草を、ティンティンは両手でかき分けて進んでいる。


 その様子に、王子は首をって見下ろし、遠慮がちに声をかけた。


「あの、妖精さん?」

「ティンティンって言ったでしょ。なによ」

「妖精さんは飛べないの? 背中に羽が……」


 絵本の中の妖精たちは、背中の美しく可憐かれんな羽をふるわせて自由に飛び回っていた。


 一生懸命に汗をかきながら歩くティンティンの背中にも羽はついている。


 しかし、それは絵本に描かれているそれよりも小さくて短かった。


 ティンティンは視線を泳がせて王子を見上げた。


「ア……アタイだって飛べるわよ。健康のために歩いてんの。わ、悪い?」


 大人なら、それが強がりだと気づくだろうが、まだ少年の王子は理解できない。しかし、育ちの良い王子は持ち前の優しさで笑顔を向けた。


「僕の肩に乗りませんか? 鼻血を止めてくれたお礼です」


 ティンティンの返事を待たずに、両手をそろえて地面に置く。


「お礼なんて……でも、断るのはチョベリバよね」


 ティンティンは、少し嬉しそうにぴょんっと王子の手に飛び乗った。


 王子はそっと自分の肩に、その手を持って行く。


「よっこいしょういち。おっと……」


 手のひらから肩に乗り移る時、ティンティンはバランスを崩して滑り落ちそうになった。


 王子は慌ててティンティンをつかむが、つかんだ場所は足で、ティンティンは逆さまになり、再び王子にパンツをさらしてしまう。


 例のごとく、少年は小さな白い三角に見入みいった。


「ちょっとー! MK5エムケーファイブ!」


 逆さまになって頭に血がのぼったティンティンは恥ずかしさのあまり暴れまくるが、そのうち、顔を真っ赤にしたまま、ぐったりとしてしまった。


 王子は慌てて逆さまの妖精を手のひらに乗せる。


「妖精さん、大丈夫ですか? ごめんなさい。僕……」


 心配して涙目になる王子に、ティンティンはうるんだ目を向ける。


「だ、大丈ダイジョウVブイよ。ちょっと、おったまげ〜なだけ」


 汗ばんだ体を横たわらせ、肩でゆるくカールした黒髪を手ではらいのける。


 いっけん、セクシーなポーズだが、いかんせんポッチャリ体型の女芸人が笑いを取りにいっているとしか見えない。


 仲間が見れば妖精界の汚点おてんだと顔をしかめるだろうが、思春期前の王子にはとても可愛らしい仕草しぐさに感じた。


 二人は魔法の池で鼻血を洗い流し、水をかけ合って遊んだ。


 ティンティンは次期国王に森の大切さを理解しておいてもらわねばと、使命感を持って森を案内し、王子は半分も理解できない妖精言葉に素直にうなずきつつ、チラチラと見え隠れする白い小さな三角と、手に残る、もちもちの足の感触を記憶にとどめた。


 こうして二人は友達になった。


 王子の身の回りの世話をする家臣は、王子が妖精と良い関係を持ったことを手放てばなしで喜んだ。


 この国が魔法や妖精の加護かごを受け続けるためには、人間の代表である国王がそれを充分に心にめて置くことが大切だ。


 妖精と、友人と呼び合う関係をきずけた者は歴代の王の中にもいない。


 家臣たちは王子が机に向かって勉強するよりも、妖精と遊ぶことを推奨すいしょうした。


 平和な国の末永すえなが安泰あんたいを誰もが確信した頃、あの事件が起こる。


 王子が女の子を裸にしていることが発覚はっかくしたのだ。


 発見者はよりによって、その女の子の母親である教育係の女性で、家臣たちの思春期の好奇心からだろうと穏便おんびんにすまそうとする言葉をさえぎって、騒ぎ立てた。


「王子は心に問題を抱えています! この絵を見て下さい!」


 それは王子が友達のティンティンをえがいたものだったが、そこに描かれた妖精の姿に誰もが眉をしかめる。


 皆が思い描く妖精は、スレンダーで折れてしまいそうな細いウエストに長い手足、背中に可憐かれんな羽を持つ美しい乙女の姿だ。


 しかし、王子の描いた妖精は、それにはほど遠く、幼児体型で大口を開けて笑う、けっして美しくはない女の子の姿だった。


 子供の頃に妖精と出会ったことのある家臣の一人は、こんなチンチクリンな姿ではなかったと首を横に振る。


 次期国王の問題は、すぐに父である現国王に伝えられた。


 こうして王子の性癖を矯正きょうせいすべく城をあげて骨を折ることになったのだが、そのすべてが徒労とろうに終わったのは前述ぜんじゅつした通りだ。


 王子はティンティンの白い三角の中身が知りたくて同じ体型の幼女を裸にいたのだった。


 ティンティンと遊びながら、時に、もちもちの足首に手を伸ばしては「こらっ、クサレ外道げどうが!」と、一喝いっかつされる。


 せつなそうに見つめてくる少年に、ティンティンはため息をついて優しくさとすように言った。


「あのね、アタイの魅力にくびったけなのはチョベリグだけど、大っぴらにやらないの。わかる?」

「はい……」


 王子は茂みの中から幼児体型の妖精をのぞき見るようになった。


 ティンティンは王子の熱い視線を感じながら、友人のためだと、切り株の上で幼児体型をひねって、めいっぱいセクシーなポージングを繰り返した。







「もー、それが出歯亀でばがめみたいでおかしいのなんのって〜」


 深夜のハーレムに小さな妖精の笑い声が響く。


 王の家臣は目を見開いたまま言葉が出なかった。


 この幼児体型の、顔は可愛らしいが決して美しくはない妖精が王の初恋の相手で、王の変態性癖の元凶げんきょうなのだ。


「こいつ……こいつのせいで……」


 驚きと怒りで声がふるえた。


 出会った妖精がタンポのようにスレンダーながらナイスボディの持ち主だったならば、先代の王も王妃も心を痛めたまま亡くなることもなく、幼い少女が親よりも年上の男にとつぐ必要もなかったかもしれない。


 そして自分は、真夜中にお子様サイズのパンティをはかされるはずかしめを受けることもなかったはずだ。


 タラレバ論だが、思わずにはいられない。


 このチンチクリンで幼児体型のおかしな言葉を使う妖精が諸悪しょあく根源こんげんだったのだ。


 手がふるえ、この小さな悪魔を捕まえて半分に折ってしまいたい衝動しょうどうにかられる。










《あとがき》

 出歯亀でばがめって、元は人の名前なんですよ〜。

 MK5は、マジでキレる5秒前って意味でーす。

 知ってるって? あら、うふふ……( ̄∀ ̄)




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