第13話 アタイが教えてあ・げ・る♡


 今から三十四年前。妖精のティンティンは深い森の池のほとりでパラパラの練習をしていた。


 魔女の誕生パーティーに招待されたのは良いが、なにか余興よきょうをと頼まれたのが昨日。で、誕生会は明日というから時間がない。


(もー、皆んな、アタイに言えばどうにかなると思ってんだから〜。ダッフンダッ)


 魔法で花火でもればと、一度は断ったが、それは百五十年前にすでにやったので助けて欲しいと泣きつかれた。


 妖精に見えないティンティンの幼児体型なら腹おどりが一番ウケるだろうと、親友のタンポからアドバイスを受け、タンポを一発ブン殴ってから素直にその助言じょげんを参考にしてパラパラを思いついたのだった。


 引き受けてしまった以上、完璧なものを披露ひろうしたい。


 根は真面目なティンティンは、一生懸命、練習をくり返した。


 あまりに集中しすぎて、人間の男の子に見られていると気づいた時には、その少年の鼻息を感じるほど近づかれていた。


 少年は、より目で小さなティンティンに魅入みいり、そして、むんずとつまみ上げる。


「ちょ、ちょっと! このイカレポンチ!」


 少年は離すどころか、幼児体型の妖精をクルクルと回して全身をまじまじと見つめた。そして、男子でなくとも一度は皆がやる、人形のスカートをめくるように、ティンティンの短いスカートの中をのぞく。


 その小さな、とても小さな白い三角に目が釘付けになった。


「このオタンコナス! すっとこどっこい! 恥ずいっちゅーの!」


 大股開きのままでティンティンは叫び声をあげる。そして、小さな足を振り上げて少年の鼻先をキックした。


 少年は、その痛みで我にかえる。


「ご、ごめんなさい」


 そう言って、少年が手を離したのはいいが、ティンティンは地面にドシンと尻もちをついて着地してしまう。


「痛〜い!」

「ごめんなさい。妖精さん、大丈夫ですか?」

「てめぇ、こんにゃろめ〜。ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろかい!」

「え? すみません。もう一度、お願いします」

「言えるかっ、ボケェ!」


 少年は、小さくて可愛らしい妖精がなにを言っているのか分からなかったが怒っているのは理解した。


「ごめんなさい。僕、始めて妖精を見たから……ごめんなさい」


 ティンティンは、神妙しんみょう面持おももちで謝罪をくり返す少年を見上げた。


 人間の年齢で10歳くらいだろうか。


 金ボタンの上着もベルベットのズボンも上等じょうとう代物しろもので、飾りのついた靴はピカピカにみがかれている。


 上品な顔立ちと丁寧ていねいな言葉づかい。


 髪は整えられ、爪には土ひとつ付いていない。


 とてもじゃないが森で暮らす木こりの子供には見えなかった。


「あんた……もしかして王子様?」


 たしかこの場所は城に近かったとティンティンは思い出す。


 王子は、ハイとうなずいた。すると、ツツーッと、王子の鼻から赤い液体がれた。


「うわっ、鼻血! この、エッチ、スケッチ、ワンタッチ!」


 王子は、え? と、鼻に手を当てて生まれて始めて流す鼻血に目を白黒させる。


 どうしたら良いのかあわてふためく王子は、れる鼻血を手の甲でき続けるが、それで鼻血が止まるはずがない。


 プンプンと頬をふくらませていたティンティンは、王子様は鼻血の対処法たいしょほうも知らないのかとあきれつつも、手招てまねきをして王子を座らせた。


 れてくる鼻血をよけながら質の良いズボンによじ登る。そして、膝の上に立ち、両手を伸ばして王子の小鼻こばなをギュッと押した。


「動かないでね。こうやって押さえていればオケまるよ」


 王子は、おかしな言葉を使う妖精にしたがい、姿勢を低くしたままジッと待った。


 小さな妖精が、うーんと腕を伸ばして自分の鼻を押さえてくれている。


 王子は王妃である母から、この森の魔法や妖精の絵本を読んでもらっていた。それによると、妖精は子供好きで子供の前にだけ姿をあらわすという。


「あの、妖精さん……」

「ティンティンよ。私はティンティン」

「おティンティンさん」

「“お” をつけるんじゃねー!」

「ごめんなさい!」


 ティンティンは、フッと笑みをこぼす。


「アタイも、人間に見られたの始めてよ……ほら、こうして押さえていれば止まったわ。もう、オッケー牧場」


 ティンティンは鼻血のついた手を、短いスカートで拭いた。


「あ、妖精さん。スカートに血が……」

「こんなの魔法の池にひたせば消えるわ」

「魔法の池⁈」

「そうよ。ここは魔法の森。で、そこが魔法の池よ」

「そうだったんだ……」

「あんた、王子様じゃないの? ここら辺は、あんた達のテリトリーでしょ」

「テ、テリトリー? 僕、なにも知らなくて……」

「ふーん……」


 あまり、人間と妖精の歴史的な関係や人間の事情に興味のないティンティンも、人間が森を愛し、大切にするから自分達が存在していることや、この子供が人間を代表する次期国王であることは知っていた。


 その王子が始めて出会った妖精が自分であり、しかも、魔法の池の存在すら知らないのは双方そうほうにとって、困りものである。


 根は真面目なティンティンは、人間と妖精、魔法の森のためにひと肌脱ぐことにした。


「いいわ。アタイが森のことを教えてあげる」

 


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