第8話 変態の結婚


 新王は楽しく遊ぶ少女たちを、その穴からのぞき見る。


 鼻の下をだら〜んと伸ばしたその顔は、王の権威を風前ふうぜん灯火ともしびよりもあやうく見せた。


 ときどき「なにしてるの?」と、壁の内側を見てしまう少女もいたが、新王は鼻の下と目尻を下げたまま「なんでもないよ。ほら、滑り台をして来なさい」と、優しく言う。


 そして「はーい」と、素直にしたがう少女の残りを胸いっぱいに吸って幸せを感じていた。


 そして、現在にいたる。


 王のへきが国を豊かにしているのだが、そもそも、なぜ、この国はこんなにも美少女に恵まれるのか。


 それは、この国を囲む森に関係があった。


 その太古からある深い森には魔法が息づいていた。


 妖精や精霊がただよい、木々は真冬でも枯れることなく木の実をつけ、さまざまな薬効のある草花が生い茂り、天から降りそそぐ雨水を森が浄化した。


 その恩恵に感謝をし、人々は森を大切に扱った。


 その森で薬を採取して暮らす人々の中から、魔法の力の影響を直接受ける者が生まれ始める。


 その者達は魔法をあやつる者となり、妖精や精霊と人とを結ぶ重要な役目を持つ者としてあがめられた。


 その者達と深い森も、人々に感謝の気持ちを持って接し、温かな愛の魔法にはぐくまれた土壌は水に魔法の力を溶かし込み、その水を飲み、そこで育った食べ物をしょくす者に “愛” の祝福を与えた。


 結果、この国の者は男も女も美しい容姿ようしを持つ者が増え、人々は自分たちに似ている妖精や精霊を、さらに大切に扱った。


 こうして、心優しくすぐれた容姿の国民たちは、王のへきをまことしなやかにささやくことはあっても、糾弾きゅうだんすることはしなかった。


 しかしである。


 王が壮年そうねんになり、美少女産業で国がうるおっていても、やはり跡継ぎ問題が持ち上がる。


 王には政治から身を引いてもらい、へきに没頭していて良いので実権をよこせと言い出す不届き者があらわれる。


 心優しく、少女たちをひたすら愛する王には、それもアリかと思えたが、あくまでも国王の目にかなったことが美少女のブランド力を上げていると知識人たちは見抜いていた。


 おいしいところだけを維持して権力を得ようとする、あまりに都合の良い言い分は通るはずもなく、これは謀反むほんであると王家に忠実な者たちは、ここぞとばかりに、そいつらを投獄とうごくして爵位しゃくいや身分をうばい、ついでに自分たちの領土を拡大させた。


 結局、王は利用されただけなのであるが、このような争いが何百年もなかった国の有識者ゆうしきしゃと家臣たちは、やはり、王には婚姻を結んでもらうしか平和を維持するすべはないと認識した。


 そして、変態少女趣味の王もしぶしぶだが首を縦に振る。


 こうして、お妃探しが始まった。


 王は、すでに中年といえる年齢にたっしていた。ひと回り若い娘を探しても、すでにとついでいるか夫に死なれた寡婦かふしか残されていない。


 初婚の王にふさわしい娘はなかなか見つからず、王は胸の底に安堵あんどの気持ちを隠して報告を聞いていた。


 ある日、謀反むほんくわだてた貴族の一人が、娘を差し出すと言い出した。


 一族の存続そんぞくのために娘を売るなど言語道断ごんごどうだんと相手にしなかった城の有識者ゆうしきしゃと家臣たちは、その貴族の男が王と同じ趣味の者であると聞きつけた。


 その貴族の男は三人の妻を持っていた。


 ひと回り以上若い妻たちは、それぞれ子をもうけていたが、三人目の幼妻おさなづまは出産に耐えられず、娘を産み落として亡くなってしまったという。


 その娘は、もうすぐ13歳の誕生日を控えており、三年前まで王の秘密の場所ハーレムで遊んでいた経歴の持ち主だった。


 一度、王の目にかなった少女ならば申し分のない美しさということは理解したが、しかし、13という年齢は、いくらなんでも若すぎる。


 父親が幼い娘を差し出すなど、なにか裏があるのではと疑うものと、都合が良いのではと算段さんだんする者に城内は分かれた。


「家柄は申し分ないな」

「しかし、謀反むほんを起こした貴族の娘だぞ」

「犯罪に近い婚姻に母親が死んでいるのは都合が良いでしょう」

「母親と同じく世継ぎの出産に耐えられないかもしれないじゃないか」

「うまく諸外国から王の食指しょくしが動く姫を迎え入れても、死なれてしまっては外交問題に発展するかもしれぬ。自国でならその心配はないだろう」

「なるほど、ようは世継ぎさえ残してくれればよいわけだ」


 恐ろしく人の道から外れた婚姻だが、肖像画を見た王の「うわ、可愛い」の、一言で決定した。


 国外には結婚の発表だけをして、婚礼の儀式に招待しない非礼ひれいびる使者を出した。


 諸外国の王達は、この国の美少女たちにメロメロの者ばかりだったので「苦労してますね」と、理解を示し、反対に使者をねぎらってくれた。


 結婚式の数日前に、その娘は城に入った。


 長い黒髪が美しい少女は、13歳という年齢よりも大人びて見えた。


 どこかさびしげなそのたたずまいに、ニ人の継母ままははがいるという複雑な家庭事情は考慮こうりょするとしても、すでに父親に? と、疑いの目が向けられる。


 しかし、王妃になる娘である。疑いは口に出されることなかった。


 結婚式の朝、婚礼衣装に身を包んだ娘は、この世のものとは思えぬほど美しかった。


 どこか人生をあきらめたようなうれいをふくんだ表情は、妖艶ようえんさをまとっていた。


 この結婚は大成功かもしれない。


 家臣の誰もがそう思った。


 王自身も、祭壇の前で始めて花嫁を目にした時、人生で始めて女性を意識した。


「それでは誓いのキスを」


 祭司さいしが声を響かせ、王は少女のベールを上げる。


 これが最初の試練しれんだった。


 キスをする瞬間にいてしまうかもと家臣も王も不安だった。それが外国のゲストを招かなかった理由なのだが、王は少し震える少女を見下ろし、顔を近づけた。


 大人びた顔で、しかしギュッと目をつぶる、その仕草に愛おしさが込み上げる。


 王は生まれて始めてキスをした。


 家臣たちはグッとガッツポーズを取り合う。


 新郎側も新婦側も参列する家族はおらず、静かな婚礼の儀式はとどこおりなく終了した。


 披露宴の必要もないので、それぞれは自室で夜まで休むことになる。


 さて、これからが初夜だ。

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