第7話 新王誕生


 夫以外の男性と手を触れ合うことすら未経験の王妃は大男のウインクに気を失いそうになりながら、なんとか侍女頭じじょがしらつかまって平静をよそおった。


「で、では、お二人ともごきげんよう」


 支えられながら部屋を出る。


 王妃は、良い結末を迎えられたのは、あなたのおかげだと侍女頭に笑顔を向けた。


「いいえ、王妃様。王妃様の慈悲じひ深いお心のおかげです。本当にお優しいのですから」


 侍女頭じじょがしらは、今が王妃と王の関係をもとに戻す、よい機会だと思った。


 廊下をゆっくりと歩きながら王妃の手に手を重ね、王もあの声におびえ、眠れない夜をすごしたはずだと言う。


「そ、そうよね。あの人は、とても優しい人だから」


 侍女頭じじょがしらは王妃の寝所しんしょを通りすぎ、王の部屋の前で立ち止まった。


 王妃はその意図いとみ、目の前の扉をノックする。


 すると、内側から王の寝所しんしょを守る家臣が扉を開けた。


 王妃を見て一瞬、驚くが、侍女頭じじょがしらうなずきに頷き返し、王妃を部屋に通した。そして、自分は部屋を出る。


 王妃は、枕を抱えてベッドにもぐる王に声を掛けた。


 王は突然の訪問に驚きつつも、久しぶりに妻の顔を見れたと素直に喜びを顔に出した。


「あなた……あの声は公爵夫人でしたのよ」

「ああ、知っている。しかし、彼女を責めないでくれ。私が不甲斐ふがいないばかりに彼女は不義ふぎを……」

「ええ、そうね。でも、それも今日で終わりです」


 王妃は、公爵夫人の相手は馬屋番で、しかし、二人は愛し合っており、決して不義ふぎではないと説明をした。


 そして、侍女頭じじょがしらの案を許可して欲しいと王の手を取って頼み込む。


「反対なぞするものか! なんと素晴らしい解決策だ。これで、私の肩の荷も降り……いや、息子の件がまだだったな」


 王は、次の相手を見つけなくてはならない家臣たちに心でび、聡明そうめいな王妃は、それをさっした。


「あなた、そんなに負担に考えないで。あなたが私を一番に想ってさえいてくれれば私は幸せです。ですから……」


 存分ぞんぶんに跡継ぎ作りに励んでと言おうとした瞬間、腕をつかまれてベッドに引き込まれた。


「王妃よ。私はそなたでなくては……」


 愛する夫に熱い眼差しで見下ろされ、王妃は頬を染めてうなずいた。


 子供までもうけた夫婦であるにも関わらず、まるで思春期の少年少女のようにぎこちなく口づけをする。


 そんな二人の周りには、神の祝福の鐘が鳴り響いているようだった。


「さあ、ひと眠りしよう」


 王に言われ、王妃ははだけた前を合わせてベッドを降りようとする。すると、王はそれを引き止めた。


「ここで一緒に寝よう。足がふらつくと危ない」


 王妃を抱き寄せ、まるで子供を寝かせつけるように背中をポンポンと優しく叩き、目をつぶった。


 侍女頭じじょがしらは、そっと扉を開けて王妃の少女のような微笑みに微笑みで返し、頭を下げて部屋に戻って行った。


 その後、王は、王子が変態趣味なのは天命てんめいだと受け入れることにした。息子の代で何百年も続いた平和なこの国の王制が終わっても仕方がないと家臣たちに宣言する。


 家臣たちは、その宣言に一抹いちまつの寂しさを感じるが、王の命令ならばとそれに従った。


 しかし、ここぞとばかりに王座を狙う、爵位しゃくいを持つ者達から王と王子を守ることを忘れない。


 もともと忠実ちゅうじつで優秀な彼らは、王子という立派な跡継ぎがいる以上、当たり前だが気を引き締めて本来のつとめをはたし続けた。


 こうして、王の二人目計画は終わり、王と王妃は生涯、仲睦なかむつまじく、しかし変態王子以外の子をもうけることなく、王は年齢を重ねてその生涯を閉じた。


 息子の戴冠式を見守り、そのすぐあとに王妃も愛する夫のあとを追うように鬼籍きせきに入った。


 新しく王となった王子は、見た目は立派な青年に成長し、父王と同じく慈愛に満ちた国政を行った。


 しかし、親の目がなくなった新王は、広大な庭の片隅に、まるで大きな温室にも見えるドーム形の建物を作る。


 そして、そこに美少女たちを集め始めた。


 もちろん監禁するのではなく、自由に遊べる場として作ったわけだが、その建物を特異な物としているのは、人が一人隠れられるくらいの壁だった。


 芝生やブランコなどのある場所、そして、池の真ん中の東屋あずまやの片隅などに、石や生垣いけがきで作られた壁が要所要所ようしょようしょに点在している。


 その壁には、ちょうど王の目の位置の高さに、穴がいていた。



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