第5話 輪になって踊ってる⁈


「うわ〜。紫キャベツがキラキラして、ほんとキレイ〜。美味しそうな匂い〜」


 汗臭くてボーボーのわきの下にそんな言葉をかけられたことはない。夫人はキュンと胸の高鳴りを感じた。


 そして、普段なら絶対に出さない声を出した。


「あんっ。優しくいで」

「うん、すっごく優しくしてあげる〜」


 馬屋番は夫人の手入れされた肌をなで回す。そして反対側のわきの下にも顔を近づけた。


 クンクンと鼻を鳴らす。


「うわ〜。豚かな? ん〜、ヤギに近いのかなぁ〜。豚はうるさいのがたまにキズよねぇ〜」


 “よねぇ”と、言われても知らんがなと隠れ見る家臣たちは心の中でツッコミを入れる。


 気持ちは可愛い乙女に戻っていた夫人は、あまりのくすぐったさに可愛らしい声をあっさりと捨てて、ウホウホとゴリラのように笑い始める。


 ゴリラのような笑い声はどんどん大きくなって、ついには上を向いて野獣のように叫び始めた。


 馬屋番は人間のそんな声に感動で胸がいっぱいになった。


「夫人、可愛い〜」


 ガーガーでもなく、メーメーでもなく、ブヒブヒでも、ヒヒヒーンでも、ついでにコケコッコーでもないその声に、馬屋番はあおられる。


 両方のわきに鼻をつけられ、ついに夫人の野獣の笑い声は怪獣に変化した。


「オホホホ、オバボボ、アバババー、ギャオーギョヘーオホッガッヴォーボボボアガー! ギャーオオオ! ヴァーべべべ! ガーブブブ! カハァァァー!」 


 深夜の城に恐ろしい怪獣の叫びが響き渡る。


 王妃は、王が公爵夫人を寝所しんしょに呼んだと思っていた。いま聞こえてくる恐ろしい声は、愛する夫の行為の結果だと、信じて疑わなかった。


 別々の寝所しんしょで、王は枕で両耳をふさいで寝たフリをし、王妃はいつにない大胆な声に、ついに公爵夫人は夫の愛を勝ち取ったのではと、心を痛めた。


 しかし、しかしである。今夜のこれは、本当に夫人の声なのであろうか?


 群衆ぐんしゅう雄叫おたけびにも聞こえる声に、王妃は不安におそわれた。


(もしや、クーデター? いいえ、心優しい国民が私達に刃を向けるとは思えない。城の内部から聞こえて……もしや、ぞくが侵入し、夫が戦っているのかも……)


 王妃は、勇気を振り絞り部屋のドアを開けた。本当にぞくが侵入していたら、城の奥深くに位置する寝所しんしょから出るなど自殺行為に等しい。


 しかし、王妃は夫を、この国を愛していた。


 自分も何かしら役に立つことがあるかもしれない。そう思って暗い廊下を、燭台しょくだいの灯りだけを頼りに、そろりそろりと恐ろしい音のする方角を目指した。


「王妃様」


 突然、呼び止められ、王妃は「キャッ」と、短く悲鳴をあげて振り向く。


 そこには、長年、王妃に仕えている侍女頭じじょがしらが立っていた。侍女頭は王妃の目的がわかっていた。しかし、あえて聞く。


「王妃様、このような夜中にいかがなさいましたか?」

「あの、声……音なのかしら? 聞こえるでしょ?」


 聞こえないと言えば、王妃が気にんでしまう。侍女頭じじょがしらは震える王妃の手を取り、ハッキリと答えた。


「はい、聞こえます。王妃様」

「もう、何時間も聞こえているわ。王に何かあったのではないかしら……?」


 寝食を共にしなくなっても、案ずるのは王のこと。


 震えながら夜中に一人で部屋を出る勇気は、愛なくしてはあり得ない。侍女頭じじょがしらは心優しい王妃を安心させるべく、にっこりと微笑んだ。


「王妃様、部屋にお戻りを。私が見てまいります」


 侍女頭じじょがしらはこの恐ろしい声のぬしと理由を知っていた。しかし、王妃はかぶりを振る。


「いいえ、あなたを危険な目にわすわけにはいきません。もし、王になにかあれば妻は運命を共にするもの。これでも少しは剣の覚えはあるのよ。あ、声が大きくなったわ。行かなくては。私は行かなくてはなりません」


 りんとして言い放つ、聡明で賢く、そして優しすぎる王妃の気持ちを変える言葉が見つからない。


 侍女頭じじょがしらは、王妃が公爵夫人の存在を気にんでいると痛いほど知っていた。


 城の誰もが王は王妃を裏切っていないと知りながら、それを口に出せる者はおらず、王妃一人が心を痛めている。


 そんな状況を変え、王妃を救って差し上げたいと思ってしまった。


「王妃様。この声の主を知っております」


 王妃は、やはり声なのかと、そして夫と公爵夫人の関係が次元の違うモノへと変化したのだと勘違いをした。


「こんな……こんな激しい声が出るなんて、いったい、どのような……まさか、一人じゃないの? 公爵夫人だけでなく複数の女性と……男の人もいるのかしら⁈ だから、腹の底に響くような声もまじっているのね⁈ たくさんの人が同時にまぐわっているから時間を忘れるほど、こんなに! いやー! 輪になって踊ろうー⁈」


 上品な王妃が、どこでそんな情報を仕入れて来たのかと侍女頭じじょがしらは呆れながら、王妃の手に自分の手を重ねる。


「王妃様。誰も輪になって踊ってはおりません。どうぞ、お気を確かに」













《あとがき》

 わーい、PCR陰性だった〜!

 よかったよ〜(T ^ T)

 人から人へと感染を繰り返しながら変異していってしまうのでコロナ禍を終わらせるためにも油断しないようにしましょ〜。

 オミクロンでもなめたらあかんぜよ!

(歳がバレる〜)


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