第4話 馬屋番


「うわ〜、緊張しちゃう〜。人となんて初めて〜」


 公爵夫人の寝室で、もじもじと所在しょざいなさげに内股で待つ馬屋番うまやばんに、いろいろツッコんでメッチャ聞きたいが、いまは黙って夫人の登場を待つときなので、家臣たちはグッと言葉を飲み込んだ。


 しばらくして、今夜も王の夜伽よとぎに呼ばれなかった公爵夫人が、通りかかった家臣のクビ根っこをつかんで寝室に現れた。


 クビ根っこをつかまれた家臣は、ジタバタと逃れようとしながら、隠れてのぞき見る仲間に(気が付いたら捕まってたんだよー、すまないー)と視線で訴える。


 夫人は、見知らぬ大男がベッドにいるので目を見開いたが、すぐに、その体をめるように値踏みした。


 そして、クビ根っこをつかまれ情けない顔をした貧弱な家臣と見比べて、貧弱な方をポイッと投げ捨てる。


「あなたは、だぁれ?」


 筋肉ムキムキの大男が誰かなど気にもしていないクセに、夫人は鼻にかかった甘い声を出す。


 馬屋番もまた、高級なパウダーで手入れされた白い肌から目が離せない。馬屋から見かける、どんな動物よりも美しいと感じた。


 思いっきり息を吸い込む。


「こんな良い匂い始めてよ〜」


 夫人は、大男のオネエ言葉と乙女声おとめごえに驚きつつも、言葉でめられて気分を良くした。


 この乙女声おとめごえをもっと聞きたいと思った。


 馬屋番はおもむろに夫人の腕を持ち上げて、わきの下の匂いでえつひたった。


 夫人は自らぎにくる男に恥ずかしさで顔を赤くする。


「そ、そんなこと……」


 夫人のわきの下から立ち上る邪悪な障気しょうきは、隠れている家臣たちの眼球がんきゅう上転じょうてんさせて白目をかせるが、普段、馬糞ばふんにまみれて生活をしている馬屋番は気にもならない。


 さらに鼻を近づけて大きく深呼吸をした。


「身分の高いご婦人は、良い匂いがするのね〜。もっと、がせて〜」


 こんなに喜んでがれたことなど始めてだった。


 夫人は身をよじって恥じらう。


「バカ……恥ずかしいわ」

「なんで〜? こんなに可愛いのに〜」

「か、可愛い⁈ わたくしが⁈」

「うん、可愛い〜。紫キャベツみた〜い」


 もう二度と紫キャベツを食べることはないだろうと、かろうじて意識のある家臣は思った。


「そんなこと……言われたことないわ……」


 可愛いと心を愛撫され、夫人は初対面の大男に少女のような微笑みを見せた。


 その瞬間、強烈な臭いが薄まった。


 まるで上質な出汁だしのような、美味しくて温かい香りに部屋が包まれる。












《あとがき》

 手洗い・うがい・マスク・換気!

 暖かくして睡眠をしっかりとりましょう。

 基本ですよね〜。


 嗅がれたこと……ないなぁ

 


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