第3話 公爵夫人


 子供たちの手が離れ、ふたまわりも年上の夫の公爵は歳をとっていた。公爵夫人は上がる頬を隠して、しぶしぶといった様子で首を縦に振った。


 すぐに、その手はずが整えられる。


 公爵夫人は、高級品だが決して上品とはいえない露出の多いキャミソール姿で王の前に立った。

 

 お互いに存在しか知らない従兄妹いとこ同志。


 王はお互いをよく知るために「話をしよう」と誘った。


 しかし、公爵夫人は両腕を上げて腰をひねってポーズを取った。


 王は、そのボーボーのわきの下にドン引きする。


「す、すまない。今夜は無理なようだ」


 王に言われれば引くしかない。


 公爵夫人は仕方なく寝所しんしょを後にする。そして、廊下で待機していた王の家臣に目をつけた。


 王は改めて、自分は妻を愛していると強く感じた。控えめだがりんとした瞳で自分を見つめる、あの視線にどうしようもなく会いたくなる。


 王は王妃の部屋を訪れた。


 王妃の態度はどこか、よそよそしかった。


 王妃は夫が罪悪感からここへ来たと思っていた。


 王は公爵夫人には指一本触れていないと身の潔白を必死に訴える。


 しかし、わきの下をモロに見てしまったなぁなどと余計なことが頭をよぎり、さとい妻は、王家存続のためなのだから自分がとやかく言える立場ではないと、やんわりと嘘をつくなと夫を責めた。


 王は悲しくなった。息子を恨んでみたりもした。だが、やはり跡継ぎをもうけるのが王としての責務せきむだと頭を切り替える。


 その後、王は何度か公爵夫人を呼び、夜伽よとぎを命じた。


 しかし、その度にわきの下を見せられて気持ちがえまくった。


 ため息と共に夫人を追い返すを繰り返す。


 公爵夫人は、フンっとしながらも文句ひとつ言わず、足早に部屋を出る。そして、ドアを見張る王の家臣のクビ根っこをつかんでは寝室に引きずり込み、わきの匂いを強制的にがせた。


 王の寝室から帰されるたびに、嫌がる家臣の顔をわきに押しつけ、城中に怪獣の襲来を思わせる笑い声を響かせた。


 これは王妃への当てつけだった。いまだ王のお手つきにならないとバレるのは女のプライドが許さない。


 あたかも自分は王と遊んで楽しんでいるとよそおい続けた。


 平和なこの国で、優しい王と王妃につかえ、ぼってきな政治をり行っている、頭がお花畑の家臣たちは、連日、わきの下の匂いをがされ、辛抱たまらんと困っていた。


 なんとか、公爵夫人に誘われない方法はないだろうか?


「そうだ!」と、ひらめいた者がいた。


 馬屋番の大男を利用してやろうと提案する。すると、皆は膝を打った。


「よし! ウマ並みのウマ屋番をウマくウマ乗りにさせよう!」

「それ、ウマく言ったつもりか?」

「ウマだけにウッシッシ」

「それ、牛なっ!」


 かなくなった鼻は品行方正で純朴だった家臣たちの脳みそをバカにしていた。


 もはや全戦全勝の夫人のわきの下にどうやったら勝てるのかが焦点になっていた。


 さっそく馬屋をのぞく。


 馬屋番は馬糞にまみれて馬の尻の匂いをうっとりと嗅いでいた。


 家臣はあなたに恋をした婦人がいると嘘をついて馬屋番を誘う。


「え〜⁈ 人をいではいけないって、お母さんの遺言なの〜」


 デカ鼻の馬屋番の思わぬ乙女声おとめごえに家臣は腰を抜かしそうになりながら、それでも諦めずに聞き返す。


「か、ぐ⁈」

「ボク、匂いが大好きなの〜。でも、怖がられちゃって〜、てへっ」


 これほどおぞましい “てへ” を見たことのある者が、かつていただろうか。


 家臣は白目をいて倒れそうになる。しかし、あの臭いから逃れるためには、この乙女声の馬屋番しか頼るものはないのだ。


 家臣は気丈きじょうにも平頭へいとうして頼み込んだ。


「も〜、わかったわよ〜。今から〜?」


 家臣は、相手はそれなりの身分の者なので、まずはその馬糞ばふんまみれの体を洗ってからだと説得をして、馬屋番は人生初の風呂に入れると喜んでついて行った。


 こざっぱりとした馬屋番にそれなりの洋服を与える。


 大柄の彼には少々サイズが小さかったが、それが、隆々りゅうりゅうな筋肉を感じさせ、一目見れば、必ず公爵夫人は気にいると確信した。



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