:第二十二話「三倍速く動ける赤、否、ピンク」

実った恋は熟しても鳥には食べられない。

[Many fruits on the tree are fruits to be found by you.]

:第二十二話「三倍速く動ける赤、否、ピンク」


…………………………


  −茜を歩む蕾が二つ。知らぬふりして、春に咲き誇るのだから、花と知る。


 夕暮れ、茜色に染まる空の公園。華子と駄菓子屋で買った“タラタラしてんじゃねーよ”と“よっちゃんイカ”を食んでいた。ぱーふー、とお豆腐屋さんのラッパの音、どこかから漂う夕げ。無言が続いていたふたりのベンチで、ついに華子が切り出した。


「りんごさーん。あれは無いわー」

「うううう、ほんと、すめん。この通りだから忘れておくれ」


 一切れの“タラタラしてんじゃねーよ”を口止めとして差し出すも「ソレ、嫌いだからいらないし」と華子に冷たくあしらわれる。先程、旧街道を歩いていた時に“知恵の実”から“りんご”という名前が来ているというのを皮切りに、“バナナ説”と“イチジク説”があるという話になり、わたしは想像したのだ。その………ヤラシイ想像の方のふたつをな。それを華子が揶揄ってきた事が始まりだった。いつもの『りんごはお子様だから答えられないかなー?』のあおりに、いつも通り頭に来て、いつも通り怒りのまま我を忘れ、大声で「バナナって、まるで%☆♪〆だよねっ!すげーよな!あんなのが%+*5〆々〒ったら、もう☆*%るしかねーよな!しかも、イチジクなんて辱*€%じゃねーかっ!!」と叫んでしまったのだ。たださえ、わたしの声は高いから、あんなにハキハキと叫べば、相当遠くにまで卑猥な言語が響いたと思う。とりあえず、森にこだましていたから狸やモグラの類いは驚いたに違いない。何回か山彦のように森の中をリフレインした後に、華子が顔を真っ赤にして「ちょっ、ばっ、馬鹿っ!!なんて事言うのよっ!!?りんごは彼氏もまだ出来た事ないないんでしょっ!!?」と口を塞がれ貞操観念とか説かれたとて、華子はやる事やっちゃってるくせに。アレやコレや一時間四千円〜(ご休憩)な所にも行っているくせに。……くそぅ、何でもかんでも、わたしの少し先に行きやがって。


「じゃあ、また明日ね」

「うん、また明日。学校で」


 これが多分、最後。華子と遊んだ最後の日の言葉だった。その日を最後に、わたしは大学受験まで全ての日を勉強に捧げる事に………ならなかった。三日後には華子が家に来て「よく考えたんだけどさー、さすがに勉強始めんの遅いんじゃない?」とか「中学、いや、小学生から受験対策しているらしいよ」とか言って、毎日邪魔をしに来る。でも、それは差し入れの“タラタラしてんじゃねーよ”とチェリオのクリームメロンソーダを持ってくる口実だった。玄関先から部屋に入るまでの五分間は、そうやってぐちぐちと言って、後はわたしの分からない箇所や効率のいい勉強法などを教えてくれたり、集中している間は本棚から小説を取り出して読んでいたり、自分の勉強をしたり………華子なりに心配してくれていて、華子なりの応援をする為の行動だったのだろう。わたしが困ると今まで通りに必ず助けてくれた。それをする為だけに近くにいてくれたのだ。


 模擬試験の判定が返ってきた日。わたしが目指している大学にかなり近い場所にいて、まだそれだけだったのに華子と抱き合い、飛び跳ね、喜んだ。その時、わたしではなく華子が目から溢れそうなくらいの涙を溜めて、瞳がぷるんぷるんしていた。


「りんごさんっ、すげーなっ!」

「ふっふっふっ、見たかね!華子くん!実は、わたしは通常の三倍速く動ける赤い……」

「あれさ、“赤”じゃないんだよ」


「っえ?」


 華子によるとオリジナル映像の色は“赤”ではなく“ピンク”に近いらしい。“ピンク”に近い理由は諸説あるものの、当時、制作会社の………、


「あーはいはいはいはいはい、もういい華子」

「本当の赤を求めるなら、真紅に塗られた高機動型のジョニー……」

「はいはいはいはいはいはいはいはい」


 華子の彼氏さんがアニメ好きだという事は知っている。それを最初は冷ややかな目で見ていた華子が、今や影響されマニアックな知識まで身につけていた。


「しかし、まあ……りんごがここまでとは。本当にジョニー……」

「はいはいはいはいはいはい」


 勉強期間中無かった、いつものわたしたちの掛け合いに微笑んでいた華子が「愛のチカラってやつよね。本当に凄えや」と思うところがあるようだった。それより……………わたしに付き合ってきた華子くんよ。君の受験は大丈夫なのかい?


「ん?私、進学しないよ」


パー…ドゥン?


 今日も今日とて初代校長の胸像の前では、ひと組の男女がモジモジとしていた。あそこで告白し結ばれた男女は永遠となると聞くし、胸像は下半身を求めて夜中に“歩く”とも聞く。いや、そんな学校の七不思議よりも不思議な現象が、わたしの顔で………、


「りんごさんよ。それはどういう感情表現?」


 すめん、自分でもどんな表情をしているのか分からないんだ。表情筋の一本一本が違う方向に向かっている気がする。わたしと違って華子のような明瞭な頭脳を持っている人間がそれを活かさないなんて………でも、華子の夢って“友達百人作る事”以外に聞いた事が無いな。すると華子が「高校卒業したら……家をさ、継ぐつもりなんだー」と言い、手すりに腕をかけ口元を埋めた。長い髪が渡り廊下を抜ける風になびく。彼女の家は古都の時代から続く古いお花屋さんだ。花街などに深い関わりを持つ花屋の一人娘。


「でも、絶対に嫌だって言ってなかったっけ……?」

「うーん?うー…ん。うん」


 その華子らしくない、だらしがなく歯切れの悪い返事がしっかりとした返事。華子はお花屋さんを継ぐ事に納得はしていない。でも、継ぎたい理由もあって、そのひとつは大好きなおばあちゃんが、彼岸の獣という事を超えて始めたお店だからだと言う。あと…………、


「私ん家、大学に行ける程の余裕無いし」


 それは行きたい大学があるっていう事を代弁しているじゃないか。そして、その言い方だとこの町の近くじゃない遠くにある大学だよね。奨学金を借りたとしても一人暮らしをするにはお金がかかる。だけど、アルバイトをすると華子がしたい勉強に割く時間が少なくなる。何となく通うだけ、何となくの知識を付けて、何となく進級して、何となく卒業するような性格じゃない。


「………りんごがさ、彼岸の獣や歴史、背景を調べたりするのに付き合ってみて思ったんだ」


 自分のルーツ、自分の町、自分の背景を深め大切にするのは自分にしか出来ない事。郷土や土着の風俗、そういう勉強がしたいなあ、いつぞやの資料館の人は弟子とか取ってないのかなあ、と、その後、だらだらと続く大地にぎりぎり着かないから墜落していない飛行船みたいな話………初めて聞く、華子船長が舵を持つ飛行船愚痴号の航行史を嬉しくも、心地良く聞いていた。だって、わたしたち友達、親友、マブダチなんだろう?辛い話、悲しい話、何でも話してくれると嬉しいんだよ。


「早く学校終わんないかなあ。とっとと彼氏とやる事やってスッキリしたい」

「いや……ここ共学だからね。仮にもみんなに人気のある華子様がそゆこと言わない方がいいよ」


 華子の飛行船に充填されているガスは、どれくらいの割合でエロ成分が配合されているのか。もしかして、その成分を除去すれば、とんでもなく高い高い高度で飛べるのではないだろうか………。


「華子って、小学生の時からまあまあエロかった……いや、おっさんだったよね」


…………………


実った恋は熟しても鳥には食べられない。

[Many fruits on the tree are fruits to be found by you.]

:第二十二話「三倍速く動ける赤、否、ピンク」おわり。

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