:第二十話「コーナーストーン」
実った恋は熟しても鳥には食べられない。
[Many fruits on the tree are fruits to be found by you.]
:第二十話「コーナーストーン」
…………………………
−あなぐる道は、日々、歩めり道と思い及びた日。
夜の公園なんて初めて来たな。三人で飲むチェリオの炭酸ジュース。安くて、甘くて、真緑に舌が染まるクリームソーダ味。華子は貴方の事と本屋さんについて、彼氏さんのご実家である社会の反対側で営む会社にも、何か知らないかと掛け合ってくれていたそうだ。すげーな、華子。下手したら身体をロープでぐるぐる巻きにされて錘を付けられ、夜の誰も知らない穴場のダイビングスポットに投げ込まれる斬新な海水浴が出来ていたかもしれないね?
「あの人ね、コミュニティにも入っていないんだって」
「俺も名前すら知らない。知っているのは、いつも独りだという事です」
貴方は……この世界の事が大嫌いなんでしょう?だから、意地でも生きて何にも媚びない。媚びない事と生きている事が、この世界に対する反抗と復讐なんだろうね。
「結局『彼岸の小さな恋』のモデルは、この町だという事しか分からなかったなあ」
「『彼岸の小さな恋』?あの名作小説の?」
おっと、彼氏さんは本を読むタイプの方でしたか。
「あの小説が何か関係しているのですか?」
「えっ?いや、あの作中で……」
「あの“はなか”となっている女性は、俺の家の分家の人なんだ」
は?いやいや。こんなに簡単に手に入ってしまった情報と、わたしが受けた危険度が釣り合っていない気がするよ………?遠回りもいい所でしょ。わたし、もう少しで貞操の危険がッ!?………うっ!
「うおっ!?どうした!りんごさん!?」
本当に、どうして、わたしの行動と人生は間抜けなんだろう!涙が止まらねえ!!
夏休みが明けても貴方が、この町に帰ってくる事はなく、そして、貴方の事に関する進展は、ほとんど無かった。学校の渡り廊下から見える初代校長の胸像は今日も輝いている。その前で今日もまたひと組の男女がモジモジとしていた。それを紙パックのオレンジジュースに刺さったストローを咥えた華子と、よっちゃんイカを頬張るわたしで一緒に見ている。
「りんごさんさー、あの胸像の前で告ると恋が成就するらしいぜー」
「ふーん、わたしは夜な夜な下半身を探して校内を歩き回るって聞いた」
はっはっはっ、歩き回ってるなら足あるじゃん!と笑いながら華子が、わたしの背中を叩く昼休みと午後の授業の十分前。いや、本当だな。歩き回るなら足があるな。ずっと、そんな文脈にも気付かなかず見落としていたや。案外、大切な事もこうやって溶け込んでいて、気付かずにやり過ごされているのだろうな。
「しかしまあ…………りんごさんよー?」
「なんだい?華子くん?」
わたしが貴方の本屋さんに通い出す前にあった、まったりとした華子との休憩時間がここにはあった。数日前、華子の彼氏さんから聞いた話は“分家の身内がはなかさんのモデル”で、昔、分家は“彼岸の獣の売買を生業としていた”という事。“はなか”さんは本名を無花果<いちじく>と言い、彼岸の獣と結婚したという出来事は、当時、新しい時代が到来した出来事のひとつとして、新聞に“めでたい”記事と載ったらしい。
『彼岸の小さな恋』は実話を基に書かれている。その内容は人間と彼岸の獣との恋が禁忌に近い扱いをされていた時代に惹かれあったふたりが、紆余曲折、困難を乗り越え結婚を果たす。時代が変わっていき、価値観が変わっていく社会で“はなか”の家に婿として入った彼岸の獣は、“はなか”の家の商売である彼岸の獣の売買をやめ、仕事先を開拓し斡旋したり、仕事や生活の悩みを聞き、必要とあらばトラブルの間に入り解決していくという“信頼”や“信用”を商売に変換した。産業の近代化や新しい人間と彼岸の獣の社会という関係性の中で、その商売は軌道に乗っていくのだ。
「この町にいる多くの彼岸の獣が、あの人に世話になっているんだね」
この町は、この国で珍しい程に人間と彼岸の獣の生活圏が混在していて、町で行き交う人間と彼岸の獣に違和感が無い町となっていった。しかし、時代の変革、列強の混乱、それに乗じた各国による覇権争いの足音が聞こえてくると、時の政府は彼岸の獣を兵力として徴兵する事を決定したのだ。
その日の放課後、わたしと華子は貴方の本屋さんに向かっていた。古都に続く石畳、そこに落ちる木漏れ日と、土と苔、草木や落葉に水分が染み込む匂い。不器用に並べられた石が続く旧街道の山と山の間、その向こうにある隣町は悠久の古都だ。討幕前の政の中心。その貴族文化の繁栄や影響力は、この道を通り町に入ってきた。それ以外の力をこの街道で上手く受け止め、吸収しつつ文化だけを取り入れていったのだ。
「私はさ、この道の先は“向こう側”に通じている気がするんだよねえ」
「む、“向こう側”って?えっ、華子くん、それは怖い話をしようとしているのかい?」
わたしは怪談の類が全く駄目で華子は大好きだ。しかし、小学生の時に華子が友達たちを怖がらせようと怪談話をしたところ、わたしが華子が青ざめるほど泣き叫んだ為、逆に華子のトラウマになってしまうという二人にとって苦い思い出があるくらい苦手。
「違えよ。そんな話したら、りんごがビービーうっせえもん」
「人を金属報知器みたいに言わないでくれたまえ」
石畳の向こうから冷たい風が、するり、と吹き抜けたから、一瞬「ひっ!」と身構えてしまう。そんなわたしを見て華子が笑い「彼岸の獣………その故郷に繋がっていそうだなあ……ってさ」と伏せた長いまつ毛、綺麗な赤毛の長い髪が揺れた。
「りんご?私さ。彼岸の獣の血が混ざっているんだ」
「ふーん、そか」
「あれ?驚かないの?ここまで引っ張っておいたのは、すっごく見せ場的な所だからだよ」
「んー?何ソレ?でも、親友だからからなあ?血とか……関係無く、華子は華子だし」
「え?でも、目とか髪とか……ちょっと赤いのは伏線なんだよ?」
「いや、だから何ソレ?何の事情と何視点で話しているの?」
華子が空に指を差す。ああ、そういう事か……あっち側から見るこっち側の話な。いや、まあ……話を戻すと、多分、華子の子どもの頃からの夢である“友達百人”に拘るのって、きっと家族とか親戚から『彼岸の獣であるが故の生きにくさ』を聞かされてきたからでしょ。だから、ひとりでも多くの“仲間”を作っておきたかったんじゃないの?でも、わたしはさ。人間だから、彼岸の獣だから、どこの国の人だから、女だから、男だから、子どもだから、大人だから、そういう括りで隔てるのが大っ嫌いなんだ。
本当に吐き気がするくらいに、嫌。
そう思っていても、知識を付ける度に自分の中にも、誰かを差別する価値観が流れていて染み込んでいるって知って、本当に嫌。知らず、知らずに誰かを傷付けてから自分にもそんな汚い物が備わっているだなんて知るのが、嫌。吐き気がするんだよ、自分に。
「おえっ」
「おいおい!?どした!?急にっ!?」
「な゛んでも゛ないっ、華子ぐん゛」
「え?つわり?」
頭突きを発射。そんな訳が無かろう!この間は何とか守ったわい!!
睡蓮が浮かぶ美しい池の為に開けたような樹々。池の水面はきらきらと光が跳ね、その中に細長い石柱が立っている。お庭の事はよく分からないけれど、この池が白いペンキで塗られた家の為に造られたのだけは分かる。池の畔に置かれた白いベンチに華子と座った。
「華子くん、今日はどうしてここに?」
「んー?ひとつは獣である告白。もうひとつは……」
華子が指で挿す睡蓮の水面に浮かぶ細い石柱。
「りんご、あれさ………不自然じゃない?」
「んんー?そうかなあ?」
この池自体が人工的に作られたとして、それなら庭としての役目を完成させる為にある石かもしれない。首を傾げ、世界を斜めにしても分かる訳がないのだけど、一応やってみる。
「睡蓮が育てられているのも気になるのよね」
華子が主人が不在となった本屋さん兼家の前まで走って、画家や写真家が画角を決める時のポーズを取った。
「りんごさー。あの石ってお墓かも」
「……………怖い話ならやめよーよ」
違えよ、と、華子が池の周りに沿って歩き始める。その瞬間に空気が冷たくなった気がしたから、ひとりになるのが心細く、とかじゃなく………ちびっちゃうくらいに怖くなってきたからっ!華子を追いかけた。いつも本屋さんやベンチから見ていた池の反対側は小高い丘になっていて、剥き出しになった岩面と表面に生えた草と苔、低い木と池の対比が美しいと思っていたんだ。その丘の上から白いペンキで塗られた家屋兼本屋さんを見る。
「この景色、新鮮だなあ」
わたしの言葉に華子は耳も傾けず石柱を凝視していた。「華子くん、何見てんのさ?」と聞いても答えてはくれない。見えないモノが見えているとか……ナシでお願いしますよ。すると、またがさがさと草をかき分け斜面を登り始めたので「何なんだよっ!もうっ!」と不満を言いつつ、決して華子から離れないわたしである。
「やっぱりねー」
無意識に借景の類だと思っていた丘の一部は、高い草や大きな木が生えないように石が敷き詰められ、整地されていた。
「ここに手を入れていれば、あの石に陽が当たる」
「陽?どうして?」
さっき、言ったじゃん。
あれ、お墓だって。
「ご、ごめんっ、ごめんよっ華子っ」
「何よ?」
「………………ちょっと、出た」
ぞわってしたからっ。ぞわってしたから!
…………………………
実った恋は熟しても鳥には食べられない。
[Many fruits on the tree are fruits to be found by you.]
:第二十話「コーナーストーン」おわり。
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