:第十七話「見るという事、考えるという事。」

実った恋は熟しても鳥には食べられない。

[Many fruits on the tree are fruits to be found by you.]

:第十七話「見るという事、考えるという事。」


…………………………


  −花がつかなくとも、実がなる木がある。


 多知川さんから教えてもらった事は『彼岸の小さな恋』に出てくる事件が、実際にこの町で起こった事件だという事。それと、この本に関して詳しく教える事はしないと言いつつも「あなたは本が好きなようだから、妄想や推理が得意なんじゃない?よく町を観察してご覧なさい」というヒントをくれた。“悲願の扉”が開かれる前、この町は穀物や干物などの食料品を多く取り扱う市場で栄えた。そして、“彼岸の扉”が開かれ、彼岸の獣が現れると、どこよりも早く彼らとの共生を選ぶ。彼らと結んだ“人間との約束”を逆手に虐げ、売買する事で繁栄していった。彼岸の獣は安い労働力であり、強い力と強い生命力から戦などに重宝したようだ。これだけの財を稼ぎながら、城も無く、特定の一族による統治や特定の代表者すらもいない不思議な町。これは古都の政治力を背景に、外からの防御には古都の力を、古都からの影響力に対しては外からの経済力を盾に変え、独立性を保つ為に付けた知恵と言えよう。また、万が一の武力侵攻にも対応する為に、町の周りには深く幅の広い堀を備えている。


「堀………かあ」


 貴方の住居兼本屋さんがある旧街道側には堀が無い。それは古都まで続く山自体が防衛機能として有効だったから、堀を作る必要が無かったと思われる。本町には昔から貧しい彼岸の獣に向けて貸し出されていた家屋が並ぶ地域があり、そこは事実上、一区画に彼らを閉じ込め管理するように作られたのも同然だ。こうやって、町をよく見て歩くと、労働力にも、戦力にもなる彼岸の獣がたくさんいて、侵攻しにくい造りをしている。そして、蔵も多い事から数ヶ月の籠城も可能で、その間に商いで培ったツテを使って外交交渉をする。小さいながら城郭都市として、完璧なほどに完結している町だ。


「この堀………子どもの頃、川だと思っていたなあ」


 深く、幅が広いって事は大掛かりな工事だったはずだ。それを成すという事は、この町にどれ程の財があったのか想像できる。そして、労働力として、多くの彼岸の獣が手伝わされたのだろう。…………ん?あれ?当時、多くの彼岸の獣は虐げられていて、人間と同じような暮らしが出来なかった。だから、一部の地域に固まって暮らしたんだよね。だけど、貴方は重要な旧街道に続く山の中で一軒家の家屋に住んでいる。しかも、一部を改装して、本屋さんとする余裕もある。


「うーん?どの時期からあそこに住んでいるんだろ?」


 貴方の本屋さんである『Enfent』は、いつからあるのだろう。家屋も、本屋さんに改装した部分もかなり古いように見える。以前、骨董品屋(本業)さんが『彼岸の小さな恋』に出てくる二人は貴方と貴方の妻だという事を教えてくれていた。つまり、“はなか”の親族が分かれば、何か貴方の事を知っているかもしれない。


「はなかさん?はなか……かあ…………ちょっと待ってな嬢ちゃん」

「婆さん!はなかさんって知ってるかっ?いや!は・な・か!だって!博多じゃない!裸でもないっ!」


 なんだ?このベタな会話は。しかも、その古き良きコントのような会話を楽しみながらも返ってきた答えは「知らない」だ。しかも、


「なんで『彼岸の小さな恋』すら知らないかなあ?」


 名作小説。そして、あの時代を生きた者なら、一度は聞いた事があるくらい話題になった作品だ。その後、十数人の彼岸の獣に聞いて回ったかが、誰も“はなか”さんや『彼岸の獣』を知らなかった。何かが、何かがおかしいな、と、石畳の石を数えながら歩いていても仕方がないので、“タラタラしてんじゃねーよ”を食べようと、コンビニと掲げられ、閉店時間が午後5時と書かれた商店に入ってみた。これはまた、なかなか味のある商店じゃないか。すっかすかの棚、黄ばんだおもちゃの箱、聞いた事も無いメーカーのアイス。コンビニエンスストアには捨てる程に商品が揃っていて、当たり前のように24時間営業なのだと誰が言った?辞書を引きたまえ。辞書を。


 この辺りの彼岸の獣が多く利用するのであろう。店主も彼岸の獣だしね。だから、わたしのような低身長組には、棚が高過ぎて“タラタラしんてんじゃねーよ”に少し届かない。んーっっ!と唸りながら、眉をひそめて手を伸ばしていると、ぽんぽん、と肩を叩かれた。店主さんだと思い、この棚は高過ぎやしないっすか!?人間の事も考えたらどうっすか!!?と、睨みをきかせながら振り返る。そこにいたのは店主さんではなく、華子が立っていて「どんまい」という言葉を言って、表情筋が動こうとしているのを我慢している。「何だい?華子くん?顔が何か言いたそうだよ?」と言うと、華子は、んふっ、と、鼻で笑い「お客さん、これですかー?」と軽々と取った“タラタラしてんじゃねーよ”を目の前でひらひらさせた。見上げた所に存在し、ひらひらと泳ぐ“タラタラしてんじゃねーよ”の向こう側、華子の顎に頭突きを。いざ、発射。


 ぱーふー、と、ラッパを鳴らして、お豆腐屋さんの自転車が通り過ぎていく。公園のベンチで、わたしは“タラタラしてんじゃねーよ”を、華子は“よっちゃんイカ”をチェリオのジュースと共に食んでいた。


「りんごさんよ。見えない所からの頭突きは無いわー」

「すめん、誠にすめん。華子くん」


 すめん、という言葉は、わたしたち二人の間にある言葉。二人で小学校の時に作った言葉で、“すまん”以上“ごめん”未満の時に使う言葉だ。元々は“ごめん”が口癖だったわたしの事を思い、小学生の時に華子が「りんごは悪くないのに、すぐに謝るのは良くない!」と作ってくれた。二人だけの言葉。


 この一週間でわたしが足で稼いだ、この町の事、彼岸の獣の事、“はなかさん”の事を華子に話すと「あー………?それで“はなかさん”どころか、何も得られないで止まったまま、と?」と、一度、頭をかいた後、腕を組み、“よっちゃんイカ”を咥えたまま眉をひそめる。


「そうなんだよ。………でも、変なんだ」

「変?」


 なんだか、皆が“はなかさん”の話題を避けているように見える。『彼岸の小さな恋』について情報が統制されていたのは、百年近くも前の事なのに………なんだか、皆が避けているように見えるのだ。


「それだけ、彼岸の獣にとって触れたくない事件だった……とか?」

「うん、確かに作中でも酷い描写はある」


 物語の終盤に“はなかさん”は、デマに惑わされた人間に襲われる。“彼岸の獣の妻”であるという理由だけで、だ。酷い事をされる妻を助けようとした貴方が、ついに“人間との約束”を超え、人間を深く傷つけてしまう。貴方は警察に捕まり、即日裁判で極刑が言い渡された。“はなかさん”は事件で負った心身の傷が癒える間もなく、貴方に言い渡された極刑を聞いて、悟り、庭の木に縄をかける。互いに、互いの幸せを祈りながら縄で作られた円に首を通し生命を終える事になるのだ。その後、ふたりは彼岸の地で再会し、下らない約束事が無い河の向こうで幸せに暮らす。それが『彼岸の小さな恋』のラストシーン。


「りんごさんよ?“はなかさん”の家が商売をしていた可能性が高いなら、役所で聞いた方が早くね?」

「いやいや、華子くん。さすがに個人情報は教えてくれんよ」

「いや、百年とかいう昔でしょ?もしかしたら、行政資料とか史料で公開された物が扱われているかもしれない。あと“商売”をやってたとして………」


 あ。なるほど。旧制度の税金納付帳簿も史料として残され、公開されている可能性もあるか。


「華子くんよーそれを一週間前に言っておくれよー!」

「しゃーないじゃん。ワトソン・華子が聞いたのは、今だもん」


 まさか、いつもポンコツな役回りの助手に、答えのようなヒントを貰うとは。ホームズ・りんご、一生の不覚だ。褒美として、少しだけ“タラタラしてんじゃねーよ”をあげよう。


「あ、それさー、私嫌いなんだ。よく食うね、そんなの」


頭突きを。いざ、発射。


…………………………


実った恋は熟しても鳥には食べられない。

[Many fruits on the tree are fruits to be found by you.]

:第十七話「見るという事、考えるという事」おわり。

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