:第十四話「春、動く」

実った恋は熟しても鳥には食べられない。

[Many fruits on the tree are fruits to be found by you.]

:第十四話「春、動く」


…………………………


  ー夜が明け、暁に染まり、見える前途の遠方。


 公園のベンチで華子の涙、ではなく、鼻水が止まるのを待った。隣で、何度も、何度も、鼻をかむのだが「りんごさんよ、どうしてかな?鼻水が止まらん」と眉をひそめるばかりだ。恐らくそれは、涙になるはずの水分が目まで上がり切らずに、全部、鼻から出ているんじゃないのかな。


「華子くんが友達で良かったよ。お陰で、わたしはわたしを生きていけそう」


 華子がいなければ、ずっと本の中に生きていただろう。そうなっていれば、華子はもちろん、クラスメイトも、好きになってきた人も、好きになってくれた人も、告白をしてくれた人も、貴方も、そんな素敵な出会いたちに気付く事なく………いや、その心に気付かなかったように思う。それは、わたしの大嫌いな“何も無かった”事にする行為だ。


「ありがとう、華子くん」

「いーえーどーいたしまして、りんごさん」


 鼻水が止まった華子と新町の骨董品屋さん(本業)の前に立っていた。華子は仁王立ちで、颯爽と「ここか?事情を知ってそうな人がいるってのは?」と風に揺れる長い髪で格好良く言う。しかし、わたしの手を強く握り、脚は小刻みに震えていらっしゃる。


「華子くんともあろう者が、恐怖に慄いているとはなっ!」

「ふっ!なんだか怖えんだもん。なんだよ、店構えからして怪しいじゃねえか!」


 格好良く、いや、強がり、いや、恐らく本人も訳が分からなくなっているのだろう。また強く手が、ぎゅっと握られる。華子が怖かろうが、わたしには引き下がる理由は無い。やらなければいけない事があるのだ。負けられない一戦があるみたいなものだよ。さあ、いざ行かん。


「たのもう!」

「お。らっしゃ…………い?」


 安いアルミの戸を激しく開き、元気に挨拶をした。少し強面な店員さんは、わたしたちを睨んで「女子高生同士が手を繋ぎ、寄り添って、そういうふたりなのかな?それとも青春や思春期の類を拗らせたのかな?女子高生がこんな店に何の用?え?あっ、嫌がらせ?」と首を傾げた。この人は視界に入った状況に対し、怒涛のツッコミを入れる接客スタイルなのだろうか。


「確かに青春や思春期の真っ最中ですが、そういう関係ではありませんし、恐らく拗らせてもいません。特に左手に刻まれた紋章や目が疼く事もないですし、こんなお店でお買い物をする気もありません。嫌がらせでもありませんが用はあります。でも、何も買いませんよ」


「………あっ、トイレ借りたい?それとも、いじめられてるのかな?」

「だとしたらトイレが綺麗そうなお店を選びますね!その手の罰ゲームでもないですねっ!」


 店員さんに貴方がいなくなった前後の事を話すと、ああ、あの時の娘か、と、余計に訝しげな顔をし、ため息を吐かれた。だから、単刀直入に“貴方から『彼岸の小さな恋』を買うとは非常識だ”と言った理由を尋ねる。店員さんは目を大きく開いて“呆れた”といった感じで、鉄パイプの脚がギシギシ鳴る安っぽい丸椅子に座った。わたしが貴方と腕を組む姿を見て、触れ合いに嫌悪を感じないくらい仲がいいのだと勘違いしていたと言い、“あの事”を越えられたのだと喜んでいたのだと言った。


「“あの事”って、何ですか?」

「………本当に知らない?マジで言ってる?」




「はい。マジもマジ、大マジ。何も知らないから知りたい。わたしは、あの人の全てが欲しい」


 わたしが“わたしだけの恋”を押し付け、都合良く貴方の事を知ろうともしなかったから苦しめたのだ………これからは直視する。わたしはわたしの欲しいものの、その周りにある全て、辛い事ですら全部欲しい。


 夕方になり本町に戻って、公園のベンチにふたりで座っていた。華子は気まずそうにしていて、きょろきょろと視線が行ったり来たり。頬を一度、ぽりっと掻いて「まあ、なんだ………りんごにとってはいい恋じゃなかった。いや、こんな言葉……………違うな………」と、更に気まずそうにする。今日、骨董品屋さん(本業)まで一緒に来てもらってよかった。本当に、これで………、


「華子くん、わたしの覚悟……人生の証人になってくれたまえ」


 わたしは骨董品屋さん(本業)の話を聞いても、下を向く事のない覚悟があると知った。ずっと、このご自慢のたわわに実ったお胸を張り、前を向いて進む。


「………それで?りんごさんよ?どうすんの?」

「どうするも何も。今のわたしには、あの人にやれる事は何も無いよ。でも、これからのわたしにやれる事が無い訳じゃない」


 まずは図書館に行く、郷土資料館もだ。そして、貴方が生きた時代に同じく生きた彼岸の獣を探す。まずは、そこから。


「なあ、りんごさんよ?」

「何だね、華子くん?」




「あんたまた………お胸が大きくなってないかい?」


 そうか。華子から見ても分かっちゃうか。そうだよ、また下着を買い直さなきゃいけない。正直、今のサイズは少し苦しい。


「ちょっと………くれよ、それ。そのお胸だよ。なあ?私に分けてくれよ?どうせまた実るんだろ?先っぽだけ!先っぽだけでいいから!」


華子くん、先っぽだけって何?あと、なんだか目が怖いよ。


…………………………


実った恋は熟しても鳥には食べられない。

[Many fruits on the tree are fruits to be found by you.]

:第十四話「春、動く」おわり。

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