:第十三話「胸のたわわ、心のたわわ」

実った恋は熟しても鳥には食べられない。

[Many fruits on the tree are fruits to be found by you.]

:第十三話「胸のたわわ、心のたわわ」


…………………………


  −友人は、花瓶の花という名の、大切を、………………。


 授業が終わり、わたしは貴方の本屋さんに向かう準備をしていた。すると、いつもなら一目散に彼氏さんの元へ走る華子が「りんご、暇でしょ」と声をかけてきた。不思議な事もあるものだなと思いながら「残念。予定があるよ」と微笑み返す。何か言いたげに、ふーん、そか。と、眉を上げ、目を細めた後に華子は廊下に向か……………、


「いい加減にしなよっ!!りんごっ!!!」


 机に両手を激しく叩きつけ、叫ぶ。静まり返る教室。隣の席のえっちゃんが「何?ふたりとも……?喧嘩ならやめときなよ?」と声をかけてくれたので「あははは、大丈夫だよ、だーいじょーぶっ!喧嘩とか、まさか!わたしたちツーと言えばカーの仲だよ?ね!?華子……くん?」と見るその表情は、大丈夫……ではないね。


 華子は、わたしを引き止めておきながら、何も言わずにずんずんと前を歩いていく。学校から、ずっと、プンスコ怒ったっきりだ。こんな風に彼女が怒るなんていうのは、あまり…………華子は、性格が明るく、老若男女問わず好かれる雰囲気をまとっていて、一見遊んでいる系女子高生に見えるけれど、実は一途な恋愛観。ただ、恋の需給と供給のサイクルが早いだけだ。正義感も強くて、勉強も出来る、さらにやさしいし、赤毛の長いさらさらの髪や高い身長に整った顔立ちと、わたしが持っていないものばかりを持つ美人さんだ。しかし、お胸は平ら。もう平原だ。そこだけは勝っている。それだけは誇りに思う。しかし、それ以外が惨敗だからドローだ。ドローにしておいてやる。でも、こんなにまで華子が怒るなんて、わたし、何か……したのかな?………お胸平ら組って言い過ぎた?いや、最近は休み時間の度に言っていないよなー。でも、それ以外に思い付く事が…………あ、先週、商店街のど真ん中で歯にニラが付いているのを、大声で笑いながら指摘した件か?うーん?それとも、一口だけ頂戴!と言って、ズゴォオオっと空になるまで飲んだ紙パックのオレンジジュースの件か。うーん、分からん。こんなに怒っている華子を見るのは………あの時以来だ。


「怒ってる華子くんを見るの………小学二年生以来だなあ」

「………そんな事、覚えてんの?」


 そう言いながら、華子だって覚えているじゃないか。そんな事、って言ったって事はそういう事でしょ。やっと、立ち止まったのはいいけれど、うつむき、小学校二年生の出来事をたどり始めた。


「りんごがみんなから逃げるように教室の隅っこで本を読んでいたからムカついた」


 ガクッと肩を落として「あン時、さ。………何故か、りんごを輪の中に入れないでおこうって、みんな話しててさ」と、罪人の独白のように話すのだが、そんな事は知っているから罪に思う事じゃないよ。それに、わたしには本があるから平気だったんだ。だけど、華子は「あいつらに腹が立ったさ。でも、気が付いていないフリをして、本に没頭する演技をしていたりんごに一番腹が立ったんだ!」と肩を揺らした。


「私の夢は友達百人作る事なのに、りんごが本の中に取られる!二年生の一学期からひとりいなくなるって!」


 友達百人かあ、そんな歌あったなあ。でも、あの歌はさ、しっかりと歌詞の文脈を読むとね………ひとりだけ、ね。それがわたしだったはずなんだよ。華子の背中をさすろうと伸ばした腕が驚くくらいの力で握られ「りんごはっ!あの時に読んでいた本を覚えてるッ!?」と取られた右腕に接している手のひらが熱くなっていた。小学生の時に読んでいた本なんて………。


「やっぱり覚えていないか」


 華子が鞄から出した、ぼろぼろになった絵本、


『星の王子さま』


 サン=テグジュペリの代表作のひとつ。彼は黎明期の飛行機パイロットとしての顔も持つ作家だ。その彼がフランスからベトナムに向け最短飛行時間記録に挑戦をした事があった。しかし、当時の飛行機という乗り物は簡単に故障するくらいに精度や信頼性が低く、ジュペリも飛行中に幾度となく故障し、危険に遭っている。案の定、記録に挑戦したその時も飛行機は故障。不時着はしたものの、そこはサハラ砂漠の広大な砂の真ん中で、助かる見込みなど無かったのだ。しかし『奇跡』という出来事なのか、懸命な捜索によるものなのかは分からないが、救助された彼は帰国後に砂漠で出会った“星の王子さま”と“美しいばら”の事を書いたのだ。それが『星の王子さま』という絵本であり、“実話”なのである。


 友人百人計画の候補であるわたしが、この世界から隠れようとひっそり息をしていたのが怖かったらしい。だから、わたしを無理矢理遊びに連れ出し、わたしが嫌がっているのにも関わらず「友だちだから!」と、いつも側にいた。何人ものクラスメイトを連れてきては、相思相愛相性チェックを行いカップル成立となると、わたしの交友関係を広げていってくれた。華子はわたしが没入していた“本の世界”を知る為に『星の王子さま』を買ってまで、苦手だった本を読み始め、今では隅々まで新聞を読みたいからと、学校にまで持ってくる始末。手渡されたぼろぼろの本が、その時から悩み事や落ち込む事がある度に開く、本だという。


「りんごは!私にっ、大切なものが何かを教えてくれたんだよっ!友達とか美しい物とか、それらを思う心だって!……………今度は本じゃなくて、失った恋にりんごが取られそうだなんて…………っ」


 わたしが読んでいた本が、華子の人生の節々にある。いつも華子はわたしをきっかけに得た大切な事を伝えてくれていたのだ。


『りんごは恋の感情の重さを理解していない』って。

『りんごさ、傷付くだけが恋じゃないんだよ』って。


わたしも貴方みたいに、人と本を繋いでいたよ。


 貴方に恋をして、彼岸の獣への差別や偏見を知り、色々と調べてみた。わたしの恋が、本から得る知識だけではない感情が、わたしの周りにある“おかしい”に気付かせてくれたのだ。恋が………実らなかったから“何も無かった事”にしようと、毎日“いない事を確認”するのは違うんじゃないの?


「ありがとう、華子くん。わたしに出来る事って、恋心で想いを暴走させる以外にたくさんあるんだなあ」


 目に涙を溜めていた華子が鼻水を垂らし始め、わたしの両肩を掴むと涙を洪水のように流し、鼻水を飛ばして、叫ぶ。


「お胸が揺れるくらいにたわわなら!それくらい、心もたわわに揺らせよっ!!」


 いや、華子くん。それは意味が分からんよ。そういえば、ずっと華子が『夢は友達百人作る事だ』って言っている理由を知らないな。


「華子くん。どうして、友達百人なんだ?」

「えー……それはさ」


 本当に物置の上に百人乗っても大丈夫なのかやってみたいから、後、『友達百人作っておくと、絶対に誰かが男を紹介してくれる』だから、男に困らないって、ばあちゃんが言ってた。


どっちも嘘臭え。そして、どっちもあり得る………。


…………………………


実った恋は熟しても鳥には食べられない。

[Many fruits on the tree are fruits to be found by you.]

:第十三話「胸のたわわ、心のたわわ」おわり。

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