第41話 にゃんこ様が見てる

 その後も聖堂での会議(シセリアへの提案会?)は続き、あれこれと取り決めがなされる。

 神殿はシセリアに聖都へ留まってもらいたいようだったが、大聖女様の行動を制限するようなことは不遜であると自重。

 大聖女様はその心のままに行動すべき、ということでこれからもシセリアは自由に行動できるらしい。


 一方でシセリアに助力を求められた際には、尽力をもって事に当たる。

 これは聖騎士のときと同じだが、その度合いというか、気合いの入れようがヤベえことになると思われる。


 この際、すみやかに必要な人員を送り込めるようにと、大神殿と森ねこ亭を結ぶ新たなる『にゃんこ門』の設置が提案され、とくにシセリアが反対しなかったのでそのまま俺に丸投げされる。

 まあ俺も双方の扉だけ用意して、神殿猫たちに丸投げすることになるのだが。


「それからシセリア様が尊師を務めておられる『招き猫』を筆頭宗派にしようと考えているのですが……」


「え、嫌です」


 さすがに面倒くさそうな気配を感じたか、シセリアはレオ丸の提案を一蹴。

 俺としても嫌なのでここはきっぱりとお断りする。


「代表が偉大だからって、『招き猫』を特別扱いってのはダメだろ。つかその特別扱いが問題で俺たちここに呼ばれたんだからさー」


「ぐぬぬ……」


 いや『ぐぬぬ』じゃねえよ。


「あのな、ご機嫌取りできる相手だからって、なんでもかんでも特別扱いすりゃいいってわけじゃないから。この提案はむしろ神殿に対する忌避感を与えるだけだから。悪いこと言わんからやめとけ」


「むう、そうですか……。では仕方ありませんね」


 ひとまず引き下がるレオ丸。

 こりゃマジでシセリアを引き留めていなければ、与り知らぬところでどんな決定が積み上がっていたことやら。


「そんでその提案? まだあんの? そろそろ飽きてきたんだけど」


「あー、ではあと一つ、あるいは二つあるのですが」


「どういうこっちゃ?」


「シセリア様の像を造りたいのでその許可を……。あと人物画も描かせていただけたらな、と」


 ああ、それで一つ、あるいは二つってことか。


「んー? 作ったらいいんじゃないですか?」


「いやね、作るにしても描くにしても、ある程度の形になるまでお前がずーっと同じ格好して待ってないといけないのよ?」


「え、なら嫌です」


「うん、そうなる――あ、いや、べつにその必要はないか。実物でなくていいなら、写真でどうにかなんねえの?」


「あ」


 まだ手に入れて間もないからか、その発想はなかったらしくレオ丸が固まり、やがてわなわなと震え出す。


「そ、そんな手が……! なるほど、それなら一度撮影させていただければすみますね! そうお手間も取らせません!」


 やったぁやったぁと喜ぶレオ丸と、つられて喜ぶ信徒たち。

 無邪気なおっさんたちである。


 こうして会議はそのままシセリアの撮影会へと移行し、せっかくだからと衣装や装飾品、はては宝物庫からご立派な杖とか冠まで持ち込まれ、盛大に着飾らされたシセリアは大神殿のあっちこっちに連れられていってはレオ丸たちに撮影されまくった。

 そんなおり――


「なあケイン、お前、人物画を創造できたりしないのか?」


「ん? でき……るかも?」


 ふとシルに言われ、ちょっと試してみる。

 ポスターみたいな感じで――あ、できた。


『!?!!?!』


 できて、しまった……。

 それから俺はシセリアのポスターを提供する印刷マシーンと化した。

 人物画を用意するしかない世界で、くっきりはっきり、対象のありのままを写したポスターなんぞ用意できると知られたらこうなるのも当然の話であった。


 要望が多く、もっとも印刷することになったのはやはり神さまを抱っこした様子を写したもので、えらい迫力の神官から神殿騎士から、求められるままもう何枚吐き出たのかわからない。

 誰かタスケテ……。

 つかこれ話が広まったら聖都民からも注文が殺到するやつだろ。

 逃げねば……!


「というわけで帰ります。んじゃ」


 なにかあれば猫スマホで連絡とれるから、と聖都から脱出。

 シセリア様はお疲れなのですよ、と言えば一発だ。

 まあ実際、慣れない撮影会に疲れてへにょっとしてきてたし……。


 結局、聖都観光はできなかったが……まあ来年はお祭りがあるからしばらく滞在することになるだろう。

 シセリアが一人はヤだって駄々をこねてみんなで行くことになるのだ。

 もう予知レベルでわかる。


 こうして俺たちはシャカの転移門でシルさん家の庭に帰還した。

 退屈そうにしていた犬たちが、うひょーっと駆け寄って歓迎してくれる。

 熊はお座りしたまんまで手を振ってきた。

 芸達者な奴だ。


「うあー、我が家ぁー、落ち着く、ホント落ち着く……。落ち着くぅ……」


 うめきながらもそもそコタツへ入るシルさん。

 予想していたとはいえ、ホント馴染んだなぁ……。


 おチビたちも気ままに畳の上でごろーんごろーん。

 お留守番していたニャンゴリアーズがさっそくじゃれつきにいく。


 こうして皆が思い思いにくつろぐなか、アイルはいそいそと『鳥家族』へ戻っていった。


「へへっ、聖都支店だぜ」


 そう、会議の最中、アイルは「シセリアはカラアゲが好物なんだぜ!」と勝手な発言をして、でもシセリアが否定するのではなく「そうですね、好きですね」と答えちゃったので即座に決定した。

 聖都と森ねこ亭を繋ぐにゃんこ門もできるし、物資の搬入も楽。

 そしてシセリアが関わるとなれば、熱心に働く従業員には事欠かないわけで……。


 やがてアフロ王子の悲鳴が遠く聞こえてきた。



    △◆▽



 聖都から帰還して数日。

 そろそろ落ち着き、日常が戻ってきた感じがしている。


 とはいえ変化もあり、たとえば森ねこ亭の裏の空き地にこぢんまりとした建物が建ち、そこには聖都と行き来するためのにゃんこ門が設置されたとか……まあ俺が用意したんだが。

 森ねこ亭の増築用に確保しておいたんだがなぁ……。


 あと、帰還後から忙しくしている者が二名いる。


 一人はエレザで、各方面へこの度の珍事の事情説明に奔走中。

 主立ったところはユーゼリア騎士団とか王宮とかシセリアの実家とか。

 いや実家への説明くらい自分でやれって話だが、今はやさぐれてコタツから出なくなってしまっているので仕方ない。

 まあシセリアだとちゃんと事実に沿った説明とか無理そうだし、そういう意味ではエレザが行くのは正解なのかもしれない。


 あと王宮への報告だが……。

 聖騎士認定に向かったはずのシセリアが、この世界でもっとも尊い人物になって帰ってきたとか、王様はさぞ盛大に白目を剥くことだろうなぁ……。


 そして忙しくしているもう一人はクーニャだ。

 神域での出来事を必死に記録――いや、執筆中。

 もう俺の記録なんてほったらかし、寝食を惜しんで書き続けている。


 こいつはどえらい大作ができあがりそうだなぁ……!


 困ったことに、今回の記録は大神殿も禁書にすることができない。

 つか、神さまを抱っこしたシセリアの姿に脳を焼かれたレオ丸たちに正常な判断が下せるとは思えないので、むしろ『聖典』として広められる可能性が高かった。

 よりにもよって一番ヤベえものを、である。


「おいクーニャ、ちょっと息抜きがてら、シセリアに抱きしめてもらったらどうだ? 神さまを抱っこしたんだから霊験あらたかだぞ?」


 この世界の行く末が少し心配になった俺は、なんとかクーニャの意識を逸らし、執筆を遅らせようとささやかな策を講じた。

 講じたのだが――


「いえいえいえっ、そんな恐れ多いことお願いできませんから!」


 どうもあのレベルの事態になると、クーニャでも怯むようである。

 残念、この世界の未来は暗い。


 んで最後の変化は、にゃんこ門が開通したことでヴァーニャとパレラがシルさん家に居座るようになったことだろう。

 役割としてはシセリアの身の回りのお世話と、日々の様子の記録係だ。

 まあこれは俺に対するクーニャみたいなもの。

 ヴァーニャがこれからシセリアの怠惰な日々を記録していくことに問題ない。

 問題なのは『これまでのシセリア』について調べるべく、聖都が編纂部隊を王都に送り込んできたことだ。


「おいシセリア、お前自伝とか書いておいたほうがいいぞ」


「ほえ? なんですいきなり?」


 やはりわかっていない。

 これからシセリアは大聖女という肩書きからさかのぼって過去が作られることになる。

 悪党が悪党に堕ちるような過去があることに人は安堵し、逆に偉人が偉人たる過去を持つことに人は感銘を受けるがゆえ。


「もうお前はびっくりするような善人に仕立て上げられ、それが広まると『シセリア様ってこんなにも素敵な方なんですね!』って信じる奴らがいっぱい湧くことになるぞ。世界中にだ」


「なにそれ嫌すぎる……」


 妙な評判が一人歩きするのは止められないが、自分でちゃんと自伝を書いておくことでカウンターにはなると説明すると、嫌そうにしつつもシセリアは自伝を書くことに決めた。


 そんなこともあって、世間でシセリアの株が上がるのと反比例するようにシセリアの気分は暴落、すっかりおコタから出なくなっている。

 いちおう、暇だからか俺の忠告を聞き小学生の絵日記みたいな自伝を書いていたが……飽きてしまったのか現在はお昼寝をしている。

 しているのだが――


「のう、なんぞシセリア嬢ちゃんの上に、頭に花を乗っけた白猫様がくつろいどるんじゃが。うっすら神聖な光を放っとるんじゃが」


 仰向けになってお昼寝するシセリアの胸あたり、白猫がもすっと伏せている。

 シセリアの顔を覗きこむように。


 まあ、うん、神さまですね。

 わざわざ爺さんが指摘するまでもなく、俺も、また皆もその存在には気づいており、シルは自宅に神さまが来ちゃったということで固まっているし、クーニャとヴァーニャは祈ってるし、おチビたちはほわわーっと眺めてるし、邪妖精たちは『ははーっ』と畳の上に平伏してる。

 それお前らの流行りなのか?


 でも神さまが頭に『花』を乗っけているのはどういうことだろう?

 おそらく『別れ』とか『孤独』を象徴する『悪夢』だったはずだが……もしかすると今回のシセリアの行動で、なにかしら、たとえば『新しい出会い』みたいなものの象徴にもなったのかもしれない。

 となるともう『悪夢』ではなく、一種の神性なのでは?


「う~ん……う~ん……」


 唸るシセリア。

 はたしてそれはコタツの暑さによるものか、それとも神さまが重いのか。

 あんな感じでずっとくつろがれると、けっこうつらいのよね。

 まあともかく――


「あれはシロだな」


「シロはあっちのコタツにおるぞ」


「じゃあパレラだ」


「パレラも一緒じゃぞい」


「じゃあどっかから紛れ込んできた猫だろ。つかほっとけ。いちいち気にしてやんな。くつろいでるんだから」


 猫は乙女に抱かれし、なべて世は事もなし、だ。

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