第40話 大聖女が生まれた日
なんとかシセリアの聖都脱出を思いとどまらせての翌日。
今日も今日とて『朝ですにゃ~ん』と待機猫たちに起こされ、朝食をとったところでヴァーニャが迎えにくる。
当初の用件は片付きはしたが、もはやそれらが些事と断じられるレベルの用件が新たに発生したことにより、俺たちはあらためて大神殿へ招待されることになったようだ。
ぶっちゃけ用があるのはシセリアだけなんだろうが。
「ああ、シセリア様、ご機嫌麗しゅうございますか?」
「過去最高に気が重いですぅ……」
やたら丁寧になったヴァーニャと、そんなの気にせず素直に自分の気持ちを吐露するシセリア。
もはやコントである。
こうして俺たちは大神殿に足を運ぶのだが、昨日は元気に挨拶をしてきた聖都民が今日は大人しく、うやうやしくお辞儀をするだけになっていた。
「あれ、これってもしかして、私のよからぬ噂が広まった感じですかね?」
「べつによからぬ噂じゃねえと思うが、広まったんだろうな」
わざわざ秘匿する必要などない、むしろ神殿としてはこれから世界に向けて大々的に発表したい――いや、しなければならないと謎の使命感を抱くレベルの話だ、聖都民に知れ渡るくらいどうってことないと放置されたのだろう。
「宿では普通でしたが……」
「そら変に特別扱いしないあの宿が立派なんだよ」
そんなことを話しつつ、アーケード街を抜けて大神殿前の広場へ。
で――
「ひえっ」
さっそくシセリアを怯えさせたのは、広場を埋める神官および信徒たちのお出迎えだった。
もうみんなして整然と跪いており、その集まりのなか、神殿騎士たちが人々の仕切りとなって大神殿への真っ直ぐな道を作っている。
いやはや、数日前には大神殿の上で寝てるでっかい猫に驚いたものだが、まさかここにきてまた驚かされることになるとは……。
「おー、シセリーの人気がすごい!」
「すごいなー、シセお姉ちゃんすごいなー」
「貴方たちちょっと認識がゆるくなくて……?」
無邪気に感心しているノラとディアにメリアが言う。
だがその人気者たるシセリア――当の本人の認識がもっと緩いという残念な事実がある。
△◆▽
その後、俺たちは神殿騎士たちによる道を進み、大神殿ではご機嫌な様子のレオ丸と枢機官たちに迎えられ、そのまま聖堂へと通された。
「それではシセリア様、まずは昨日、あの『花』が現れ、分断されたあとなにがあったのか教えていただけますか?」
「はあ、まあ、いいですけど……」
レオ丸にお願いされ、シセリアは祭壇前で自身のやらかしを信者席を埋める神官たちに話して聞かせることになった。
「えーとですね、なんか灰色の場所で、お花さんだけが浮いてたんですよ」
と、シセリアはざっくばらんにその身に起きたことや、なにを思いどう行動したかを語り始める。
それはあきれるような話なのだが……信者席のあちこちから嗚咽が漏れ始めたのはなんでだ。
現地人が神さまと会うのは初めてのことだから、信徒であればこんな話であろうと感動してしまうものなのだろうか?
「シセリア様、貴重な話をありがとうございました。ではどうぞあちらの席でおくつろぎください」
「あの、なんか玉座みたいな席があるんですが……? 昨日はあんなのなかったですよね?」
「どうぞどうぞ」
勧められ、渋々ながら座るシセリア。
着ているのが貰った聖職衣風の服なので、見た目はほどほどに釣り合っている。あとはおどおどせず、どーんとふんぞり返っていれば貫禄も生まれそうなものだが、さすがにそれは性格上無理らしい。
すると居心地悪そうにしているシセリアの前にテーブルが運ばれ、さらに様々なお菓子が並べられた。
「そちら、聖都の名店にお願いしたお菓子でございます。どうぞお召し上がりください」
「いただきます」
それは堂々と食うんかい。
こうして勧められるままにお菓子を食べ始めちゃったシセリアと交代で、今度はレオ丸が祭壇前に立ち、皆に向かって話を始める。
内容は昨日会議で話し合ったこと。
要は神殿がこれからシセリアをどう扱うか、だ。
「一昨日、シセリア様には聖騎士認定をさせていただいたのですが、ここでさらに聖女の称号を受けていただきたく存じます。『ニャザトースの聖女』です」
「もぐもぐ、あのー、それって確か、もぐもぐ、そこの像の女性のことでは? もぐもぐ、よくないんじゃないですかね、もぐもぐ、よくないと思いますよ? もぐもぐ」
抗議してるんだかよくわからないシセリア。
眺める信徒たちの視線は、愛孫を見守る爺さん婆さんのように温かいものである。
「大丈夫ですよ。問題があればニャルラニャテップ様が待ったをかけるはずですからね」
シセリアの異議にレオ丸は満面の笑みで答える。
確かになんか問題があれば猫パンチくらわしにくるって言ってたもんな、ならシセリアが『ニャザトースの聖女』を冠してもOKということなのか。
そもそもシセリアってすでにニャニャたちにも人気だし。
「この『ニャザトースの聖女』はすべての聖女の上にある存在となりますので、これまで便宜的に使われていた『大聖女』もこれからはシセリア様専用のものとさせていただきます」
大げさ――ではなく、これで順当という事実。
もうやったことが後世では伝説つーか神話レベルのことなのだから。
「では次に――」
と、こんな調子で話は進み、レオ丸は生き生きと昨日の会議で決まったことを発表していく。
そのなかで注目すべきは神殿が昨日を『聖なる日』と定めることにしたことだろう。
来年には盛大にお祭りをするので、ぜひシセリアにも参加してもらいたいとかなんとか。
「それから、シセリア様の誕生日も祭日としたいのですが……」
まあこれも順当である。
神殿からすればシセリアはニャニャたちレベル、あるいはそれ以上の崇拝対象だ。
で、その崇拝対象、おやつ中だからいちいち話しかけんなって言いたげな、すっげえ面倒くさそうな顔してやがる。
うん、これでは埒が明かないな。
ってことで、ここからは俺も口出しをしてととっと話を進めることにした。
それにあんまりあれこれ勧めるせいで、嫌気が差したシセリアがヤケになって神殿とは関わらないとか言いだしたら大問題になる。
具体的にはレオ丸や枢機官たちが必死になって俺に取り成しを頼むとか、そういう面倒なことになる。
なので俺がほどほどの、シセリアと神殿の双方が納得できそうな提案をしてまとめようということだ。
嫌ってんならシセリアが止めてくるだろう。
「こいつの誕生日は半月ほど前だから、ならその日から昨日までを神殿が定めるお祭り期間なんかにしてみたらどうだ?」
「ほほう? お祭り期間ですか」
「そそ。まずはこいつの誕生日、聖シセリア誕生祭が……いや、ここは聖パティスリー誕生祭のほうがいいか。お祭りの方向性としては、もうみんな知ってのとおりお菓子好きだから、みんなでお菓子を食べるお祭りにしたらいいんじゃないか? 神殿はそこから半月ほどの期間内、子供たちに無償でお菓子を配る。分け隔てなく、な」
「もぐもぐ、いいですねそれ、もぐもぐ、とても幸せなお祭りです」
はい、大聖女さまのご承認いただきました。
きっと時代が下るにつれ、聖パティスリー誕生祭は元の世界でのハロウィンみたく……いや、違うな。たぶんどっちかというとクリスマスに近いものになるだろう。
こっちの世界にはクリスマスみたいな世界規模の祭祀行事はこれまでなかったみたいだし、ちょうどいいんじゃないかな?
「んで次にやるのが聖騎士祭。これはシセリアが聖騎士認定されたことを祝うお祭りで、翌日の本番、大聖女祭の前日祭でもある。これは一昨日みたいにシセリアと神殿騎士たちで聖都を巡ったらいいんじゃないか? んで大聖女祭のほうは……まあそっちがやりたいように盛大にやったらいいよ」
「なるほど、なるほど……」
これからは賑やかなお祭りをおこなうというのがレオ丸の方針ということもあり、こんな漠然とした提案でも真剣に考えている。
そして――
「素晴らしい! ぜひやりましょう! どうですか皆さん!」
レオ丸が呼びかけると、信者席を埋めていた連中が『賛成賛成、やろうやろう』と興奮して立ち上がり、それからは聖パティスリー誕生祭だ、聖騎士祭だ、大聖女祭だと堰を切ったように騒ぎ出す。
まだ会議の途中、でもって祭りは来年話だってのに、神殿勢はたいへんな興奮ぶりで見ていてちょっと心配になるほど。
もしかして昨日から寝てないのか?
「……もぐもぐ?」
で、それを見守る大聖女さまはまったくの他人事なご様子である。
さすがにもうちょっと興味持ってやれよ、と思う。
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