第42話 閑話 ヴァレンティーニャ

 私の名前はヴァレンティーニャ。

 神殿こと『ニャザトース様へ感謝を捧げ、その安らかな眠りを願う者たちの集い』の総本山、聖都ニャダスにあるニャザトース大神殿に所属する祭儀官で、皆からはヴァーニャと呼ばれています。

 また聖女の認定も受けており、大神殿の聖女なので大聖女、なんて大げさな呼ばれ方をすることもあったのですが、今思えばそれを半ば受け入れていた自分の不遜さには恥じ入るばかりです。


 すべての始まりは今年の春頃のこと。

 ユーゼリア王国、王都ウィンディアの神殿から、接触に成功した新しい使徒――ケイン様の報告書が送られてきたことに端を発します。

 神殿はなるべく使徒様に干渉をしない方針ですが、なんでも祭儀官のクリスティーニャさんはケイン様の側に留まることに成功したようで……。

 クリスティーニャさんはこれを『猫の導き』と記しており、確かにそのとおり、猫が結んだ縁のようでした。

 羨ましい話です。


 報告書の内容からするにケイン様はなかなか破天荒な方のようですが、近くにはべることになった猫たちへ悪態をつきつつも甲斐甲斐しくお世話されているようですから、悪い方ではないと思いました。


 それから私はウィンディアから送られてくる報告書――ケイン様の記録を熱心に読み込むようになり、いつしか自分もケイン様を中心とした輪の中にいるような錯覚を覚えるほどになりました。

 また一方でこの記録は仕舞い込むのではなく、もっと多くの人の目に触れる機会を用意したほうではないか、そう考えるようにも。


 漠然とした展望――。

 これが使命感を帯びることになったのは秋頃、神猫様の強い気配を感じてしばしのちに送られてきた報告書に目を通したときでした。


 今回ケイン様たちは魔界へと足を運び、そして……ああ、なんということでしょうか。

 魔界を蝕む異端との戦いのなかで、ケイン様はシャカ様との合一を果たし神猫様のごとき御姿のニャスポーン様となり、さらにはまさにその神猫様――ニャルラニャテップ様を召喚されたというのです。


 これまでにない文章量でもって克明に綴られたご降臨の様子は圧巻の一言で、私は『これはぜひ世に出し多くの人々に読んでもらわねば……!』という強い使命感に急かされ、ナゴレオール様や枢機官の皆さんに報告書の書籍化を強く訴えかけました。


 しかし、しかしです。

 ナゴレオール様には前向きな返答をいただけたのですが、枢機官の皆さんからは否定的な返答が……。

 なぜなのでしょう?


 あきらめきれない私は、そこから粘り強く働きかけをおこなうことになったのですが、秋の終わり頃になって神猫様たちの様子がおかしいことに気づき、これを報告したことで大神殿内は慌ただしくなり交渉すらも頓挫するという事態になってしまいました。


 やがて冬が訪れる頃、ニャスポーン様が自身の信仰団体を立ち上げたという報告書が届き、大神殿はニャスポーン様とその信仰団体の代表となったシセリア様の召喚をおこなうことになりました。


 この決定に、私は喜びを抑えることができませんでした。

 おそらくケイン様とシセリア様だけでなく、いつもの皆さんも一緒に聖都を訪れることでしょう。


 ケイン様とシャカ様がニャスポーン様でなくなったことは少し残念ですが――ともかく、皆さんにお目にかかる機会が巡ってきたのです。

 それはつまり、今回は私も皆さんの一員として、クリスティーニャさんが綴る物語に登場することができるということ。

 さらにケイン様たちの案内役を任されたことも喜びに一層の拍車をかけ、パレラを使いに出してからはその訪問を今か今かと期待に胸を膨らませながら待つことになりました。


 そして――。

 ケイン様たちのご到着!


 私は大急ぎでニャスポーン様たちの元へ向かいました。

 ようやくお目にかかれた皆さん。

 初対面なのによく知っているという不思議な感覚を覚えつつ、内心では大はしゃぎしていることを悟られまいと猫を被りました。

 まあそれもクリスティーニャ――クーニャさんへの挨拶の際にはつい話が弾んでしまって、すっかり化けの皮が剥がれることになってしまったのですが……。


 それから私は大神殿へと皆さんをご案内しました。

 皆さん、大神殿の上のニャザトース様には驚かれていましたね。

 そのおり、ケイン様が私にスマホーをくださいました。


 やったー!

 スマホーやったー!


 私は素直に大喜びしてしまいました。

 普段はもう少し物静かなのですが……皆さんに会えた高揚から感情を抑えることが難しくなっていたようです。


 大神殿に到着してからは、まず早々に猫たちの大騒ぎがありました。

 ケイン様、さすがですね。


 そのあとは皆さんを聖堂へとご案内して、大神官たるナゴレオール様、それから枢機官団の代表である神殿枢機官のマルデウ混沌卿、エンターグ極門卿、アバンド豊穣卿たちとの顔合わせがありました。


 ケイン様とナゴレオール様は気が合うようでした。

 神殿の在り方に懸念を抱いているナゴレオール様なので、ケイン様の破天荒なところが良い影響を及ぼしてくれるのではと考えていたのでしょう。


 そして翌日、シセリア様の聖騎士認定式が執りおこなわれました。

 予定とはずいぶん違ったものになってしまいましたが……そこはさすがシセリア様と言うべきなのでしょう。


 お目にかかった際の印象は至って普通の女の子という感じで、とても一つの宗派の代表という凄味はない方でしたが、この出来事ですっかり印象は覆され、自分の見る目のなさには恥じ入るばかり。

 とはいえこれは私ばかりではなかったようで、大神殿の誰もがシセリアさんの評価をあらためることになりました。


 ああしかし――。

 このあらためた評価でも、まだシセリアさんの真価には足りていなかったなど、いったい誰が予想できたことでしょう。


 明けての翌日。

 それは『神殿』の在り方が変わる運命の日となりました。


 まず始まった『豊かさを招く猫を崇める者たちの集い』――『招き猫』を正式に宗派と認定するための会議。

 すんなり終えるはずだった段取りが覆ると、結果として会議は予想もできない混沌とした状況に陥り、そのはてに御三猫様方がご降臨なさるという理解を超える展開となりました。

 さらにはニャルラニャテップ様の口からニャザトース様の異変について明かされ、その解決のためにと強引にニャスポーン様にされてしまうケイン様とシャカ様。


 ちょっと状況の変化が急すぎますね。

 理解が追いつきません。

 昨日の聖騎士認定式であんなに驚いたというのに、まさか次の日にそれを越えるような驚きがあるなんて……。

 これまでクーニャさんの報告書を楽しく拝見していましたが、当事者となるとこうも困惑するものなのだと私は知ることになりました。


 その後、ニャザトース様の安眠の手助けをすべく神域へと向かうことになったニャスポーン様は皆さんの協力を求めましたが、ここでナゴレオール様たちも志願することになり、私も参加をお願いしました。

 感謝と祈りを捧げるのではなく、ニャザトース様のために働けるこの機会を逃すわけにはいきませんでした。


 ニャザトース様のために働ける。

 ただそれだけでよかったのです。

 それがまさか……ああ、まさか拝顔の栄に浴することになろうとは……。


 ニャザトース様を抱くシセリア様の姿は尊く。

 あまりに尊く。

 その時の心境は今も言い表せるものではありません。


 神域からの帰還後はニャルラニャテップ様からお褒めの言葉をいただいたのですが、感動に心が弛緩してしまいろくに恐縮することもできませんでした。


 そしてその後におこなわれた話し合いは……。

 ええ、大いに盛り上がることになりました。

 あの光景を目の当たりにした誰もが恥ずかしげもなくシセリア様への思いの丈を吐き出すことになり、それは私たちに不思議な連帯感と高揚感をもたらし、気づけば明け方近くまで、夜を徹しての大騒ぎとなりました。

 シセリア様についての具体的な話し合いはそのあとでしたね。

 もうしばらくしたらお迎えに上がらねばならないため、みんなして大慌てで決めることになりました。


 こうしてまとめられた話――ご提案は多くが受け入れられませんでした。

 ですが私としては『ニャザトースの聖女』、そして『大聖女』という称号を受け入れていただけただけで充分だと思っています。


 その後、惜しまれつつもシセリア様は皆さんと帰還されましたが、幸運なことに私は大神殿からお世話係兼記録係として派遣されたことで皆さんと一緒にいられるようになりました。

 それはケイン様たちの一員という夢に描いていたもの以上の境遇です。


 記録については先輩にあたるクーニャさんに話を聞きたかったのですが、今はあの時の記録の書き起こしに忙しくしています。

 これは邪魔するわけにはいきません。

 きっと素晴らしい大作ができあがることでしょう。

 どんな不心得者も一読すれば敬虔な信徒となるに違いありません。

 今から読むのが楽しみです。


 ひとまずクーニャさんのお仕事が一段落するまで、私は自分なりにシセリア様の記録をすることにしました。

 クーニャさんの記録を読み込んだ私ですから、ある程度であればそれに倣うことだってできるのです。

 精一杯頑張ろう。

 そう思っていざ臨んだのですが……。


 シセリア様、コタツに入ってお菓子を食べるばかりですね。

 それはそれで微笑ましいのですが、これでは記録に代わり映えがしません。

 困りました。

 ささいな出来事であれど、なにかしら変化があれば記録のし甲斐もあるのですが……。

 ……。

 おや?



――――――――――――――――――――――――――――



『あとがき』

 ここまで読んでくださった方、応援してくださった方、フォローしてくださった方、評価してくださった方、コメントしてくださった方、ギフトを贈ってくださった方、ありがとうございます。

 そして書籍を購入してくださった方、誠にありがとうございます。


 これにて六章は終了です。

 七章の投稿開始は四月の上旬中を予定しています。

 どうぞよろしくお願いします。

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