第36話 森についてのどうでもいい仮説

 動物病院。

 この世界ではとんと馴染みのない施設であるのだろう。


「動物専門の治療所みたいなものだニャ。それがどうして『悪夢』として現れるかって? そんなの、動物病院が世のすべての動物が恐れる場所と言っても過言ではない場所だからニャ」


 もしかしたら言いすぎかもしれないが、少なくとも好まれる場所でないことは確かである。

 うちに住み着いた猫も大層嫌っていたしな。

 もう『ωタマタマ』切除の帰りなんか、安心したのかなんなのか、親が運転する車の助手席で抱えていた俺の膝の上でじょばばばばーと盛大にお漏らしをするほどであった。

 なんかのきっかけで動物病院を意識すると必ず思い出すなこれ……。


 休憩がてら濡れた体を乾かす間、俺は忌まわしい記憶に苛まれつつも『動物病院』がどんな場所なのかを皆に説明して聞かせた。

 そしていざ向かった『動物病院』は――


「なんでこんなでけえニャ! これじゃあ、ニャーたちが自主的に診察受けにきた犬猫みたいなもんだニャ!」


 途中からなんとなく気づいていたが、大きさのスケールがずいぶんと狂っていて巨大なのだ。

 これは神さまがそれだけ嫌いだったということだろうか?

 でも神さまには立派な『ωタマタマ』が残っていたことだし、去勢手術で嫌いになったというわけでは――。


「――ッ」


 ふいに襲う目眩。

 なにやら見知らぬ猫たちの顔がぼんやりと脳裏に浮かぶ。

 なんだこれ……?


「ケイン、どうした? 急にぼふっと膨らんで」


「……なんでもねえニャ。たぶん疲れがちょっと出たニャ」


 まったくもって謎な白昼夢。

 様子がおかしいことに気づいたシルにもふられたが、説明のしようがなかったので適当に返すしかなかった。

 いや、実際疲れてもいるので……そうだな、きっと疲れが見せたまやかしだろう。


「さて、いよいよこの『悪夢』退治も大詰めとなったニャ!」


 気を取り直し、威勢よく神殿勢に話しかける。

 辿り着いた『動物病院』、さっそく突撃といきたかったが、どうも神殿勢の元気がなくなっているようだったので、ここで今一度発破をかけることにしたのだ。

 出発すぐの頃はあんなに意気揚々としてたのになぁ……。


「説明したとおり、この場所こそが『悪夢』であり、ここを潰せばこの大仕事も完了だと思われるニャ! 数々の苦難を乗り越え、ニャーたちはようやくここに辿り着くことができたニャ! こうして誰一人欠けることなく到達できたのも偏に神の賜物であり、またここを潰すことができれば神の栄誉は諸君らの頭上に輝くことになるニャ! あとひと息ニャ! もう一頑張りニャ!」


 とまあ励ましてみたのだが、神殿勢の反応はいまいち。

 あとなんで『もうお前一人でいいんじゃないかな?』と言いたげな目をしてるんですかね?

 同行したいって言いだしたのはそっちだってのに……。

 まったく、失礼しちゃうニャン!



    △◆▽



 激励ついでにちょっと説教することになったが、ともかく『動物病院』へ突撃と相成った。

 とはいっても、どこかを破壊して突入する必要なんてものはなく、正面入り口の前に立つと自動ドアがするすると開く。


『……!?』


「これは勝手に開いてくれる扉だニャ。怯える必要はないニャ」


 こうして踏み込んだ院内。

 すべてがでかくてちゃんと確認はできないが、見た感じ受付兼待合室であることは間違いないようだ。

 と――


「あ、ニャスポーン様! 扉が閉じてしまいました!」


「だからそういうもんニャ。また前に立てば開くニャ」


「開かないのですが……!」


「うニャ?」


 え、閉じ込められた?

 でもまあここを攻略するんだから――


「大した問題ではないニャ。それより――さっそくお出ましみたいニャ! 総員戦闘態勢ニャ!」


 出現を始めたのは医療服を着た『知らないやつ』――『動物看護師』だ。

 大きさはこの病院に合わせて実に巨大。

 シルが竜化してやっと対等になるくらい、そんなのが次々と湧いてきやがる。


「ええい、この病院はずいぶんと儲かっているようだニャァ! 人件費大盤振る舞いニャァ! うらやましいこったニャァ!」


 一体、二体であれば神殿勢にも戦いようがあるのだろうが、こうもぽこぽこ湧かれてはとても対処仕切れない。

 爺さんやアイルのように、ある程度以上の攻撃魔法が使える者たちはそこそこ戦えているようだが、肉弾戦を基本としている連中はあまりに分が悪く苦戦は必至。

 ただ一名、ハルバードで脛を両断してすっ転ばせ、さらに首を断って仕留めてるメイドなんかがいたりするが、あれは例外だ。


「ニャスポーン様! 敵の数が多すぎます!」


「く、来るな! 来るなぁ!」


「は、放せ! やめろぉ、どこへ連れていく気だぁー!?」


 戦いが始まったばかりだというのに圧倒的な劣勢。

 応戦も虚しく、神殿勢のなかには『動物看護師』にとっ捕まってそのまま奥に連れ去られてしまう者がちらほらと。


「ニャスポーン様ぁぁぁ! お助けをぉぉぉ!」


 あ、レオ丸も連れてかれてるわ。

 でも俺も俺でわりと手一杯なんですよね。

 なんてことを思っていた時――


「……ひあぁぁぁぁ……!?」


 奥から連れていかれた者の悲鳴が聞こえてきた。

 いったいどんな治療を施されているのやら……。


「シルにゃん! これじゃあ埒が明かねえニャ! ちょっと竜になってこいつら蹴散らしてほしいニャ! 頼むニャ!」


「わかった!」


 俺の要請に応じシルはすぐに竜化すると、ごばーっとブレス攻撃で『動物看護師』の一体を撃破する。

 おお、素晴らしい!

 これで光明が――と思われたその時だ。


「おっほっほーい! やっほっほーい! ぽんぽこぽんの、やっぷっぷー! おっちょんべろべろばー!」


 奥へ連れていかれた神殿騎士が元気ハツラツ、すっげえハッピーな感じでスキップしながら舞い戻ってきた。


「どんな治療されたのニャ!?」


 それでもイカれているだけならまだいい。

 厄介なのは、治療(?)済みの神殿騎士が敵味方お構いなしに暴れ始めやがったことだ。

 やたらパワフルになってんのが余計に迷惑である。


「手ぇ空いてる奴ぅ、いたらそこの楽しそうな奴をふん縛ってどっかに転がしとくニャァ! すっげえ邪魔ニャァ!」


『よかろう! では対処は我がしよう! はあぁ!』


 俺の指示に応じてくれたのはスプリガンだ。

 さっそく黒い靄を噴出させ、わんぱく放題の神殿騎士を包み込ませる。

 と――


「ぴょっぴょこぴょ――こ……して……殺して……」


『どうだ、我に返してやったぞ!』


「もう気の毒すぎて目も当てられねーニャァ!」


 誰も心を殺せなんて指示していないのだが――ええい、この際だ、やむなしと目を瞑ることにしよう。


 おそらく、『動物病院』が汎界に出現した際の被害はこれだろう。

 きっと人だけでなく、動物だろうと魔物だろうと手当たり次第に謎の治療をおこなってあんな感じにしてしまうのだ。

 そうなると起きるのは一種の大暴走であり……って、あれ、もしかして俺が住んでた森ってその名残なのでは?

 そしてシルさんご一家が管理していたのは――


「こらケイン! ぼさっとしてるんじゃない! どうするこの状況を!? このままではいずれ押し切られるぞ!」


 仮説を膨らませていたところ、せっせとブレスを吐いて『動物看護師』を撃破していたシルに怒鳴られてしまった。

 そうだな、今は知的好奇心を満足させている場合ではない。

 圧倒的かに思われたシルも、さすがにぽこぽこ湧いてくる『動物看護師』の対処にはてんてこ舞いのようで焦りが見える。


「こいつら湧くのが早すぎるニャ。もしかして無限湧きかニャ? だとしたらマズいニャ……ジリ貧になるニャ……」


 頼みの綱のシルとて体力には限界がある。

 ただ応戦するばかりではダメとなると……この状況を打破するための一手が必要だ。

 そして実行可能なのは――


「ここのボス……『獣医』の撃破だニャ!」


 ここが動物病院だってんなら、院長たる獣医がいるはずだ。

 そしてその『獣医』こそがここのボスに違いない。

 スケールが狂ってようが所詮は一戸建ての動物病院、なにも魔王城みたくえんやこら玉座まで長々歩く必要はなく、おそらく神殿勢が連れていかれたあの奥に『獣医』がいるのだろう。

 ならば速攻で倒してこの戦いを終わらせてやる……!


「聞くニャ! こいつらどうも無限に湧くっぽいニャ! でもこういうのはぬしを潰せば消えるもんニャ! だからニャーが仕留めにいくニャ! ここは任せるニャ!」

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