第35話 にゃんこにとっての魔王城

「あの空に浮かんでるやつは吸い込むことに特化してるニャ! 吸い込まれたらただではすまないから気をつけるニャ!」


 そう大声で注意喚起をしてみたものの、では具体的にどう対処したらいいかアドバイスできねば意味がない。

 そもそも生物は『吸い込み攻撃』なんてものを想定して作られてはいないのだ。

 やれることといったら、猫がカーペットやらなんらやらに爪を立ててお風呂へ連行されるのに抗うように、そこらの建物にしがみつくくらいのものである。


「しっかり地面に固定されているものにしがみついて耐えるニャ!」


 現状、マジでそれくらいしか対処法がないわけだが、またそれとて『浴室』が猛威を振るう混戦の中で速やかに実行に移せる者がどれだけいるだろう?


 さらに間が悪いことに、ここで鬱陶しい『ザコ悪夢』がポップ。

 それは前触れもなく背後に直立状態で出現してびっくりさせてくる巨大『キュウリ』であり、通せんぼするように動こうとした先に出現するでけえ『水入りペットボトル』であった。


 こいつら自体が攻撃をしてくることはないが、邪魔。

 とにかく邪魔。


 そうこうするうちに『掃除機』がけたたましい轟音を響かせながら稼働、恐るべき吸引を開始してしまう。

 天空から地上へと覗きこむようにかざされたヘッドに向かい、俺たちがいる一帯の空気がどんどん吸い込まれ、それは激しい気流となって体が軽くなったような錯覚を覚えさせ、やがて踏ん張りがきかなくなってきたところでいよいよ危機感となる。


「うわっ、あっ、あああーっ!」


 強まる風は吸引暴風とでも言うべきもの。

 なにかにしがみつくのが遅れた者が為す術もなく吸い込まれてゆく。

 おお、ふわっと体が浮き上がった者が浮かべる、その絶望的な表情よ。

 もちろん『浴室』にやられ、素っ裸で転がっていた者はどうしようもない。


「あー! ニャスポーン様ぁー!」


 そんな呼ばれてもどうにもならんがな。


 この吸引暴風の中で唯一助かったのは見境なく『ザコ悪夢』までばんばん吸い込んでいるところ。

 なんならやっかいな『浴室』まで吸い込んでいる。


 しかしだからと喜んではいられない。

 ダストボックスでぐるんぐるんしている連中を早く救出せねば。

 そのためにはまずこの吸引暴風をどうにか。

 ということで――


「おいそこのエルフ! おめー〈微風〉の鳥喰いとか呼ばれてるんだから、この風を弱めるくらいやってみるニャ! そしたらニャーがどうにかするニャ!」


 抱っこちゃん人形みたく、適当な木にしがみついていたアイルに要請。

 ただの思いつき、というわけではない。

 頭の椰子の木に乗っかってるヒヨコがびくともしていないことから、この風に抗う力があるとふんでの無茶振りである。


「〈微風〉じゃなくて〈緑風〉だぜ師匠! まあ確かに、風の扱いで押されっぱなしってのは癪に障るからな! やるぜ、グロール!」


「ぴよ!」


 威勢よく言い、アイルは木にしがみついたまま詠唱をおこなう。


我が名はイム・ニン・『鳥を愛する者』アイウェンディル!」


「ぴよっ、ぴょっ、ぴょぴょー! ぴーよぉー!」


我らは歌うミン・リンナール! 風の大声をグワエウ・ネド・ブルイ! 風よ、猛々しくあれグワエウ・ノ・ヴェレン! 猛々しくあれノ・ヴェレン!」


 おそらくアイルが行使したのは強風を吹かせる魔法だろう。

 これにより『掃除機』と俺たちの間に風の隔たりができ、吸引暴風が若干ながら治まった。

 油断するとまだよろめくほどだが、それでもわずかな時間、集中できる余裕が生まれたのは大きい。

 ここで俺は『掃除機』を攻略すべく考えたものを創造する。


「くらうがいいニャーッ!」


 創造したもの。

 それは両前足を挙げたでっかい招き猫だ。

 大きさに反して中身は空洞なのでそれなりに軽く、おおよその目測だが『掃除機』の吸引口にハマるくらいにしてある。

 素材はシルさん家の建材にも使われた頑丈な木なので、そう易々と破壊されることもないだろう。


 創造したバンザイ招き猫は目論見通り空へと舞い上げられ、そのまま『掃除機』のヘッドにずぼっと頭から突っ込んだ。

 吸引口が塞がれ、轟く動作音がくぐもる。

 吸引暴風が一気に弱まった。


「シルにゃん! ちょっと飛んでって、あれ落としてほしいニャ!」


「うむ、任された!」


 俺の要請にシルは速やかに竜化すると飛翔。

 そのまま『掃除機』の本体部へ取り付き、よいしょ、ふんとこしょ、と地面へと引きずり下ろした。

 こうなると脅威であった『掃除機』とてまな板の上の鯉であり、猫の前のコップでしかない。

 あとはみんなで仲良くボコる、それだけだ。



    △◆▽



 からくも『掃除機』に勝利した俺たちは、ただちに被害状況の確認をすると治療および休憩にはいった。

 怪我人は主に『掃除機』に吸い込まれた連中であり、症状は打撲のほか、目眩、吐き気などとそこそこ重傷に思われたが、そこは回復魔法であっさりなんとかなった。

 この世界の兵士の労働環境はなかなかに過酷そうである。


 そのあと俺は食料の配給をしつつ、さらに武器を吸い込まれ紛失した者や『浴室』に丸裸にされた者たちに装備を創造して配布したのだが、そのなかで思ったのは『これ班分けしてたら普通にやられてたんじゃね?』ということであった。


「ヴァーニャ、ちょっと聞きたいニャ。ニャニャたちの様子がおかしくなったのはいつ頃からだったのニャ?」


「えーと、たしか秋の終わり頃からだったと思います」


 つまり神さまがふて寝を始めたのはそのあたりから、というわけだ。

 けっこう最近だぞ、おい。


「まだ『悪夢』の初期段階でこれなのかニャ……」


 これでさらに数年熟成されたとなれば、汎界に溢れた『悪夢』はどれほどの被害をもたらしただろうか?

 もし『掃除機』みたいなのが複数となれば、マジで竜が集まって対処する必要があるだろう。

 人なんか吸い込まれて終わりなのだ。


「つかニャニャはこれをニャーだけで退治させようとしてたのかニャ? ひでえニャ。猫使いが荒すぎるニャ」


 さすがに……いやまあこのくらいならなんとかはできそうな気もするが、それでも厳しい戦いになったことは想像に難くない。


 もうそろそろ勘弁してもらえないかな、とうんざりしつつ、休憩後さらに村落の探索をおこなう。

 目的地があるわけではないが、なんとなく中心部になにかがあるのだろう、という漠然とした予感があり村落の奥へ、奥へ。


 ここまで散々な目に遭ったこともあり、珍しい街並みを興味深そうに観察する者はすでに絶滅。次はいったいどんなろくでもない『悪夢』が出現するのかと、戦々恐々としつつ黙々と歩く。


 やがてだいぶ村落の奥へと進んだところ、空が曇り雨が降りだした。

 始めはぱらぱらとそう気にするほどでもなかったが、あれよあれよといううちに空は黒い雲に覆われ、巨大化した雨粒はびたんびたんと音を立てながら地面に叩きつけられるようになる。


 ああそうか、猫は雨も嫌いだろうな。

 そう思ったとき、暗天を放射状に這い回る雷が閃いた。

 一拍遅れ――


「ぴえっ」


 ズドドーンッと衝撃をともなって響き渡る轟音が。

 思わず『びくうっ』と身をすくませることになったのは、偉大なる聖騎士様だけではない。


「うニャー、マジかニャー……」


「あれはちょっと痛そうで嫌だな……」


「儂もう帰りたくなってきた……」


 俺、シル、爺さんがこれからなにを相手しなければならないのかを察して呟く。


 ああ、そうだった。

 うちの猫も、夕立の雷にはびっくらこいてすたこらどこかへ避難していたんだった。

 でもまさか……まさかこの規模のものがくるのか。


「ここで残念なお知らせニャ! もうなんとなく気づいてるように、次の敵はあれだニャ!」


 ズバババッと降りそそぐ豪雨の中、前足で暗天を指し示す。

 もうみんなずぶ濡れでわからないが、なかには嫌すぎて泣いている奴もいるかもしれない。

 だが泣いたところで意味はなく、俺たちは戦わなければ――いや、もう神殿勢だと戦える相手ではないな。

 この豪雨が『ザコ悪夢』扱いなのか、妙なのが湧かないのはいいがお空の『ボス悪夢』がやっかいすぎる。

 もしかすると光と音で脅かしてくるだけなのかも、と思ったが――


「ぴょえっ」


 再びズドドーンッと落雷が。

 今度は近く、目視できる建物に落ちた。

 閃光とほぼ同時に轟音が鳴り響き、建物の屋根が爆発するように破壊される。


 するとこれを皮切りに、辺りにはバンバン落雷が起き、ボッカンボッカン建物が破壊され始めた。

 もはや空爆だぞおい。


「こっれはヤベえニャ!」


 俺は大急ぎで土のシェルターを拵え、皆を避難させる。

 とはいえ湿度100%いってそうなこの状況だと、すぐ近くに雷が落ちれば感電してしまいそうなので油断はできなかった。


 さて、これホントどうするか。

 ひとまずみんなにゴムの長靴とレインコートを用意して配る?


 考えているうちにも落雷の範囲は縮小し、シェルターの周囲どころかシェルターそのものにもズガンズガンと落ちるようになった。

 これもっとシェルター強化しないとダメか?


 そう思ったとき、爺さんが「ぬえい!」と杖を掲げる。

 危機的状況にイカれたかと思いきや、不死者にそぐわぬ綺麗な光が発せられ、それはシェルターを包み込むように広がった。

 と同時に落雷の衝撃が止む。

 どうやら対雷用の防御魔法を展開したようで、こういう点では元の世界より発達しているな、と感心しつつ、珍しくちゃんと活躍している爺さんを称賛する気持ちが芽生えた。

 が――


「長くはもたんぞー!」


 あかん、燃え尽きる前のロウソクの火だった。

 だがここで、頭抱えてしゃがみ込んでいた聖騎士がすくっと立ち上がると爺さんに向けて手を突き出す。


『まだだ! まだだぞ御老体! 燃え尽きるにはまだ早い!』


 ぼわっと放たれた黒い靄が爺さんを包み込む。

 たぶん強化バフなのだろうが、さすが不死者と言うべきか、黒い靄が実によく似合っている。


「で、ケイン、どうする?」


「どうすっかニャー……」


 この『悪夢』は手こずれば被害ばかりが増える、攻撃が最大の防御となりえるタイプだ。

 しかしそれがわかっても、この規模となるともう相手できそうなのは俺かシルくらいのもの。

 シセリア(スプリガン)も可能性はあるが、今は爺さんに鞭打つのに忙しそうなので除外せねばならない。


 とはいえ、『あれ』はシルとて倒せる相手かどうか。

 なにしろこの『悪夢』、名付けるなら『雷雲』であり、ただぶん殴ったりブレスをぶっ放すだけでは退治できそうにない相手だ。

 と、なると……だ。


「うニャー、ちょっと思いつきを試してみるニャ。ダメだったら、もうあとはみんなで頑張るしかねえニャ」


「ま、待つんじゃ……! なにをする気じゃ……!」


「じーさんはいいからそこで気張ってるニャ」


 俺はシェルターの小さな入り口から出ると、再びでけえ雨粒を浴びながら空を見上げ、そして両前足を掲げる。


「ニャーの肉球ぷにっと萌える! 敵を滅せと暗天駆ける! 今! 必殺の!」


 掲げた両前足を顔の横へ。

 放つは妖精界でメイド姿の変態をくだした猫のポーズによる強化ねこねこ波――必殺の肉球ビームだ。


「ねーこーねーこぉー破ぁぁ――――ッ!」


 ごばっと放たれたビームが暗天を貫く。

 だが、それだけ?

 否、まだだ、まだ肉球ビームには可能性がある!

 あると信じればある!


「猫・ザ・キャーット!」


 さらに叫び、俺はビームを放ちつつ体を動かして『雷雲』を削り取るように一筆書きで肉球のマークを描く。

 そしたらカッ――と。

 薄暗さを消し飛ばす強烈な閃光が一帯を覆い尽くし、直後、これまでとは比較にならぬ轟音を響かせて大爆発が起きた。

 加減とかまったく考慮してなかったのがマズかったようで、衝撃波は地上をも襲い周辺の建物はおろかシェルターまで粉砕するに至った。


「ニャ、ニャー……ニャ! や、やったニャ!」


 とりあえず俺は結果を喜ぶことにした。

 見上げれば青空。

 素晴らしいではないか。


「みんなもう大丈夫ニャ! なんとかなったニャ!」


『え、ええぇ……』


 シェルターの瓦礫にまみれた者たちがのっそり顔を上げてうめく。

 おかしい。

 間違いなく大活躍なはずなのにどん引きされている。

 解せぬ。


「ニャーは頑張ったニャ。失礼しちゃうニャ」


「いやまあそれはわかるが、あまり圧倒的すぎてもな?」


 シルになだめられつつ、三度目となる被害状況の確認をおこなう。

 今回は脅威度のわりに負傷者はゼロという結果に終わった。

 まあみんなシェルターにいただけだからな!


「またえらい惨状にしおったのう……」


 やれやれとばかりにため息をつく爺さん。

 大規模な爆発事故が起きたあとの周辺地域みたいなことになってしまった村落を見回していたが――


「んお? なんぞ無事な建物があるぞ?」


「ニャ?」


 確かに爺さんの言うとおり、廃墟のようになった街並みにあってぽつんと綺麗な状態を保ったまま残っている建物があった。

 あれは……。

 ああ、なんということだ!


「予想はしてたけどやっぱりあったニャ! きっとあれこそが退治すべき『悪夢』の象徴! 動物病院だニャ!」

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