第34話 深まる異世界への誤解

 ひとまずこの混沌とした状況をどうにかしなければならない。

 ということで、まずは躾のなってない悪ガキどもに襲われた浮浪者のごとく『喧しいやつ』にボコられている爺さんを救出した。

 その後、俺、シル、エレザ、シセリア(スプリガン)で手分けして神殿勢の助っ人に入り『悪夢』の殲滅を開始。

 救出された爺さんもこれに参加だ。


「ぬぅえーい! 舐めるでないわ! 舐めるでないわぁ!」


 どうやらエリザベスカラーつけられ、いたぶられたのが相当腹立たしかったらしく爺さんはバカスカ魔法をぶっ放す。


 まったく、あの不老者は温存という言葉を知らんのか?

 まだスタート地点やぞ。


 こうして殲滅戦はこちらの優勢でしばし続き――


「集合ニャ!」


 やがて『悪夢』の出現が止まったところで俺は皆を集める。

 やれやれ、無限湧きだったらどうしようかと思った。

 はたして第一波をしのいだと考えるべきか、それとも郊外フィールドを制圧したと考えるべきか。


「被害状況を確認するニャ! どんな感じだニャ!」


「ハッ、幸いなことに負傷者はおりません!」


 答えたのは団長のゴロにゃんである。

 撥ねられたエルフがほどほどの重傷だったりしたが……まあ枢機官の一人が回復魔法をかけてくれたので実質ゼロでいいだろう。


「わかったニャ! では話の前にひとまず休憩を始めるニャ! 適当に休みながら話を聞くニャ!」


 被害はなくとも、殲滅のため動き回ったので疲労はある。

 金属鎧を装備している連中はなおさらだろう。


 と、ここで話を優先してまた『悪夢』が湧き出したら目も当てられないと速やかに休息を取らせたのだが……神殿勢が持ち込んでいた携帯食料は乾燥果実とか干し肉とか、しょぼいものばっかりだったのでエナジーバーとスポーツドリンクを創造してクーニャとヴァーニャに配ってもらう。


「おお、ニャスポーン様が手ずから創造された異世界の食料ですか! 皆、よく味わって――」


「とっとと食えニャ!」


 のん気なことを言いだそうとしたレオ丸の頭を引っ叩き、補給を急がせる。

 叩かれたのにレオ丸が嬉しそうなのはなんでだ。


「やっぱり疲れたときには甘い物がいいですよねー」


 あとそこでのん気にチョコ食ってる聖騎士、おめえなにもしてねえぞ。

 働いていたのはスプリガンだ。


『ふむ、この状態は強力ではあるが、主が勝手におやつを始めてしまうので良し悪しだな』


 まったくである。


「では食べながら聞くニャ! まず、おめーら功を焦りすぎで統率がとれてねーニャ! 神殿騎士は精鋭って話はどこいったニャ!」


 どこの烏合の衆だという乱痴気ぶりだったのでまずは一喝。


「う、うむ、面目ない……」


 これには団長のゴロにゃんを始め、みんなしょんぼり。

 まあ精鋭部隊ってのは『なんだかよくわからないもの』に弱いのがお約束。まして今は神さまのために働けると心がにゃんにゃんしちゃってるのだろうが、しかしそれでは困るのである。


「では、これからニャーが考察したことを話すニャ。最初は現状についてニャ。ニャニャの話では、ここで『悪夢』を退治していけば神さまの負担が軽くなるってことだったニャ」


 俺が思うに『悪夢』は一定数ではなく一定量。

 便宜的に数値化された脅威度があるとして、その累積量がクリア条件なのではないだろうか?


「要は雑魚を倒し続けていても埒が明かないという話ニャ。そもそも『知らないやつ』や『喧しいやつ』が汎界に出現しても大した被害をもたらすとは思えニャい……竜がみんなで出張るほどではないニャ。つまり、もっとヤベえのがいるってことニャ!」


 まあ、とにかく『悪夢』が出現しまくるから、その対処のために頭数が必要っていう話もあるのだろうが……。


「たとえば、さっきエルフをぶっ飛ばした『悪夢』ニャ。『知らないやつ』みたいなのとは一線を画す脅威度ニャ。あれが汎界に出現した場合どうなるニャ? そこらの道に出没するようになるニャ?」


 もはや通り魔ならぬ『通りの魔』である。

 もしその地域の道が使用不可能になるとかそんな話であれば、これほどはた迷惑なことがあるだろうか。


「なるほど……。だがケインよ、あれくらいなら、それほど脅威とは思えないぞ? ちょっと試してみよう」


「ちょっとシルにゃん!?」


 思うところがあったのか、シルはすたすたと道路へ進入。

 するとすぐに『自動車』が出現して――


「ふんぬ!」


 ドゴッとシルが打ち下ろしの拳をボンネットに叩き込む。

 衝突エネルギーなんて知ったことかと、前方部をめしゃぁっと地面に叩きつけられた『自動車』はそのまま砕けて消滅した。


『……』


 このシルの活躍、残念なことに『さすが竜だ!』という称賛は起こらず『竜やべえ……』とみんな引いた。

 俺もあれで殴られてるのかな、とちょっと引いた。


「ふむ、やはりそれほどでは……。それとケイン、今のやつは連続では出現しないようだぞ?」


「一体きりなのニャ……? それとも倒したシルにゃんだけ大丈夫になったのかニャ……? 誰か! 試しにそこのエルフを放り込んでみるニャ!」


「マジかよ、ちくしょう! 師匠はやっぱり師匠だった!」


 アイルは嫌がったがかまわず道路に投げ入れる。

 結果。


「出現しないニャ。どうやら一体きり、特別な『悪夢』だったようだニャ」


 もしかすると時間経過で再出現という可能性もあるが、現状はその確認をしていられるほどの余裕がない。


「仮説の上での結論ニャけど、ニャーたちが優先して退治すべきなのは今シルにゃんが倒した奴みたいな、一体きりの『悪夢』だニャ」


 ということで今後の方針を発表。

 あの村落を探索しつつ、出現するであろう『ザコ悪夢』を退治。

 そして脅威度の高い『ボス悪夢』を優先して狩る。


 実にシンプルな話だ。

 この提案に反対意見は出ず、休憩を終えたあとすぐに俺たちは村落を目指した。



    △◆▽



 探索を効率的に進めるならば、俺、シル、エレザ、シセリア(スプリガン)、爺さんと、この五人が隊長となって神殿勢を班分け、手分けしておこなうのがいいのだろうが、そういう場合、各個撃破されるのがお約束なのでやめた。


 また、異世界の知識が少しはあり、『ボス悪夢』に対処できそうなシルを隊長にして二手にわかれる提案をしてみたが、シルがむーっとしたのでこれもやめた。


 結局、俺はそのままみんなを引き連れ村落へと侵入。

 街並みはやはり近代感があり、俺以外には馴染みのない景色ということもあって物珍しそうに眺めてしまう者がちらほら。


 思うのだが、ここに村落があるってのは『悪夢』と一緒にどうでもいいものとして神さまに弾き出された結果ではないだろうか?

 もしそうなら……あ、ダメだわ、〈鑑定(欠陥)〉では今必要な効果が発揮されない。

 これが通用するなら村落を消滅させてお仕事終了だったのになー……。


 なんてことを思っていたところ、再び『知らないやつ』と『喧しいやつ』がポップ。

 さらに――


『ガウガウガウガウ! アオーン! アオオーン!』


 新顔としてやたら吠えまくる『犬』が登場。

 うん、予想はしてた。

 してたんだが……『犬』がでけえな!

 大型犬どころか、ライオンやトラくらいにでかい。

 普通に脅威だ。


「殲滅ニャ!」


 俺の号令に、戦闘を開始する神殿勢。

 うちの面々は戦況を見守り、崩れそうなところがあれば助っ人に入るということになっている。


 だがさすがに二度目の戦闘だし、俺が注意したこともあって今回は落ち着いた感じで応戦しており、このぶんなら任せても平気そう――と思ったときだった。


「なん――なん!? なにかよくわからないもの、出現!」


 こう妙なものばかりだと報告も大変だな、と思いつつ確認。


「……ニャ!?」


 そして俺も困惑。

 だって半透明なガラス戸がついた部屋と思われる物が出現してたんだもの。

 それも複数である。


「ケイン、あれはなんだ!?」


「たぶん……猫が嫌いなもの、でもってあの戸の感じからして、あれは浴室ニャ!」


「お主の世界の浴室はどうなっとるんじゃ!?」


「あれは誇張されてるだけだニャ!」


 浴室が『悪夢』として出現するのはわかる、わかるが……まさか複数、強ザコ枠で登場するとは思わなかった。


「なっ、なんだ、ぐあー!」


 俺が戸惑う間にも、すでに犠牲者が。

 ガラス戸が開くと室内から風呂桶が飛び出し、一人の神殿騎士の顔に被さると、さらにシャワーヘッドが伸びてきてその足をホースで絡め取るやいなや内側へと引きずり込んだ。


『なん……やめろ! やめっ! あっ、あっ、あーっ! 気持ちいいぃー!』


 悲鳴はすぐに嬌声へと変わり、やがて素っ裸の神殿騎士がぺいっと浴室から放り出され、ひょっこり出現した『ドライヤー』がブオーっと温風を吹き出して濡れた髪をなびかせる。


「あれを優先して叩くニャ! ほっとくとすっかり綺麗になった素っ裸の昇天野郎だらけになっちまうニャ!」


 面倒な強ザコ枠を潰すべく、うちの面々に号令をかける。

 が、ここでさらに問題が発生。


「ニャスポーン様! 空に、空になにかが!」


「あーもう、鬱陶しいニャ! いったいな――なんニャァァァ!?」


 一瞬、それがなんなのかわからなかった。

 大きい。

 あまりにも大きく、龍のようにも見えたそれはヘッドが蛇腹ホースで本体部分を繋がっている――キャニスター掃除機だ!


「なんじゃぁ!? おいぃ、あれはなんじゃぁぁ!?」


「あれはニャーの世界で普及していた掃除道具ニャ!」


「お主の世界ホントどうなっとるんじゃ!? もはや地獄という言葉ですら生ぬるいぞ!?」


「だから誇張されてるって言ってるニャ!」


 ええい、こういしている間にも神殿勢が『浴室』に呑み込まれどんどん綺麗にされているというのに、『掃除機』を後回しにはできない。

 あれからすれば、俺たちなどちょっと大きなゴミにすぎず、下手すれば一網打尽で吸い込まれてしまう。

 さらに――


「まずいニャ……あれはサイクロン式だニャ!」


 吸い込まれようものなら、ダストボックスでもんのすごくぐるんぐるんされてしまうことになるぞ!

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