第33話 とかくに人の世は住みにくい
というわけでやって来ました夢幻の神域。
いったいどんな魑魅魍魎が跋扈する怖ろしい場所なのかと思いきや?
「これは……ずいぶん予想と違った景色だな……」
ぽつりと呟いたのはシルで、おそらくそれは俺たちみんなが思っていることを代弁するものだった。
ニャゴの転移門をくぐった先は野外。
どこまでも続く青空と草原、離れたところに村落という実に放牧的な景色が広がっており、近代化が始まっていないこちらの世界では取り立てて珍しくもない景色である。
「なんだか平和な感じがするんですが……」
移動によってようやくお菓子を食べるのをやめたシセリアが言う。
確かに意気込んで転移門をくぐった先がこんな牧歌的とも言える光景では気が抜けるのも仕方のない話だ。
しかし、だからこそ俺は言う。
「気を抜くんじゃねーニャ。こういうのがむしろヤベえもんニャ」
ホラー映画の始まりは初っぱなに惨劇を見せるか、それともいずれ破壊される平穏な光景を見せるかだ。
「ニャ、ニャスポーン様、もしかしてあの村は神猫様たちのお住まいなのでしょうか!?」
神域に足を踏み入れたということで鼻息の荒い猫娘二人。
うち一人は記録に必至で、尋ねてきたのはもう一人であるヴァーニャだ。
「なんとも言えねーニャ。でもどうやら目指す場所はあそこのようだニャ。それ以外なんもねえニャ」
「なあケイン、村へ通じているそこの道、あの黒いのは……もしかしてお前が言っていたアスファルトというものではないか?」
「ニャ!?」
シルの指摘にハッとする。
そうだ、馴染みがありすぎて意識していなかったが、確かにあれはアスファルトの敷かれた道路だった。
ということは――
「ここは神さまが元いた世界の光景かもしんねえニャ。かつて神さまにとって『世界』であった場所――故郷ニャ」
あくまで仮説であったが、『神さまの故郷』という指摘がどうも神殿勢の信仰心にクリティカルだったらしく、誰も彼もが気色の悪いあえぎ声を漏らしながら悶え始めた。
うん、まだ来たばかりだけど、今のところ神殿勢は迷惑なだけだな。
これもうこっちから転移門を開いて送り返そうか、でも俺にはたしてできるのか、場合によっては『どこでも転移門』ならぬ『どこかへ転移門』になってしまうのではないか。
そんなことを考えた、その時だ。
「人影を発見しました!」
叫んだのは神殿騎士の誰か。
俺たちが村落へ視線を向けるなか、逸れた場所にぽつんと人影が出現しており、それはするするとこちらへ近づいてくる。
「なんじゃ……あれは?」
爺さんが困惑するのも無理はない。
人影は『人影』としか表現のできない人の形をしたなにかで、例えばそれは灰をこねて作られた人形のようなものだった。
「どうなさいますか?」
そう確認してきたのは俺が用意したハルバードを構えたエレザだ。
出会うものすべて殲滅、というニャゴの言いつけ通り、すでに殺る気満々で俺のゴーサインが出るのを待つばかりとなっている。
「待つニャ。まずはニャーがやるニャ」
そう言って俺は〈鑑定(欠陥)〉を実行。
初めてエンカウントした敵にやることといったらこれだ。
が――
「ニャ!?」
ほわほわっと光が収束しはしたものの、結局はそれだけで『人影』はダメージを受けた様子もなくさらに近づいてくる。
まさかの効果なし。
とはいえ――
「んニャ? これは……?」
無効と思われた〈鑑定(欠陥)〉であったが、その実、本来の効果はちゃんと現れたようで俺の脳裏に情報がぶち込まれる。
『知らないやつ』
どこからともなく我々の縄張りに入り込んでくるやつ。危害を加えてくることはあまりないが、見知らぬ存在というだけで警戒するには充分な理由である。『
いやこれ誰視点の解説だよ……。
まあ猫なんだろうけど、もしかして神さまの見解かこれ?
「消滅はさせられなかったけど、あれがなにかはわかったニャ。手短に話すニャ」
きっと〈鑑定(欠陥)〉が効かなかった(?)のは、あれが記憶の産物――具現化した情報にすぎないからなのだろう。
だから本来の効果だけがすんなりと発揮されたのだ。
「ってわけで、あれは確かに『悪夢』だニャ。エレザ、止めておいて悪いけど、ちょっと試しにぶっ殺してみるニャ」
「かしこまりました」
俺に指示により、でけえハルバード担いでるってのにエレザは速やかに『人影』あらため『知らないやつ』に接敵。
そしていっさいの躊躇なく振りかぶったハルバードを叩きつけ、『知らないやつ』を脳天から股ぐらまで真っ二つに両断する。
「ひえっ」
と、声を上げたのはシセリアである。
ちゃんとお仕事したのに、エレザの株はまた下がった。
「抵抗するどころか、まともな反応もしなかったニャ」
エレザの攻撃を受けた『知らないやつ』は声すら上げず、固まっていた砂が砕けるみたいに散って消えた。
防衛本能のようなものもなく、ただ在り方の通り在るだけという存在なのか……。
はたしてこれを易い相手とみるか、難い相手とみるか。
だが知人の家に訪問してきた無害な客ですら『悪夢』として登場するのだから、では、猫により恐れを与える存在となれば……?
「あっ、ニャスポーン様! さらに『知らないやつ』が! ああ、次々と現れます!」
俺の思索を中断させる報告。
目を向ければ『知らないやつ』がどんどんポップを始めていた。
さらに――
『きゃきゃ! うきゃー! 猫ちゃーん! きゃあぁぁぁ!』
なんか騒がしい『知らないやつ』も湧き始めた。
いや、大きさが小さいし、あれは『知らないやつ』とは違うのか?
「とりあえず『知らないやつ』を殲滅ニャ! 喧しいのはちょっと待つニャ! 調べるニャ!」
急いで〈鑑定(欠陥)〉を実行する。
やはり消滅効果は発揮されず、情報だけがもたらされた。
『喧しいやつ』
異様な興奮状態にて我々を追い回し、時に捕らえ、思うがままに撫で繰り回してくる『知らないやつ』の幼体。成猫であれば反撃のしようもあるが、幼い時分に遭遇してしまうと為す術もなくもてあそばれ、心に深刻な傷を負い生涯やつらを苦手とするようになる。やつらは我々になんの恨みがあるのだろうか?
あー……。
うん、あれ、子供が具現した『悪夢』だわ。
確かに可愛いからって大騒ぎされると猫も迷惑だよな。
あとでうちのおチビたち――とくにメリアに注意をしておこう。
「うるせーのも殲滅していいニャ! そいつらは『知らないやつ』と違ってちょっかいかけてくると思うから気をつけるニャ!」
すでに手分けして『知らないやつ』を退治していた神殿勢がさらに『喧しいやつ』にも攻撃をする。
が、無抵抗の『知らないやつ』と違い、『喧しいやつ』は掴みかかろうとするなど積極的に攻撃(?)もしてくるし、ちょこまか動き回って回避もするので脅威とはいえないものの手間がかかる相手であった。
そんなおり――
「ニャスポーン様! 新たなる……なんだこれ!?」
さらに新種が湧く。
が――
「なあケイン、あれはミカンではないか? だいぶでかいが」
シルの言う通り出現したのはミカンだった。
大きさは人の背丈ほどもある巨大なものであり、『知らないやつ』や『喧しいやつ』と違い、ちゃんと本来の形と色をしている。
「まあ猫はミカンのすっぱい香りが苦手だからニャァ。あ、でもあれミカンじゃねえニャ。オレンジだニャ」
「オレンジ……?」
「ミカンの仲間ニャ。戻ったら――って、ちょっと待つニャ!」
信仰心の高まりにすっかり興奮状態になってしまったのか、あれがどんなオレンジかもわからないというのに攻撃を仕掛ける神殿勢。
「安眠を! ニャザトース様に安眠を!」
「滅べ『悪夢』よ! 我が一撃にて!」
ズバッと斬りつけ、で、その結果。
オレンジはプシューッと皮から汁をスプラッシュ。
「ぐあー! 目がー! 目がぁー!」
「ぬおおっ、染みる! 目に染みるぅー!」
「しょうもねえ自滅してんじゃねえニャ! そのでけー果実は後回しでいいニャ!」
よっぽど浮かれているのか、統率もなにもあったものではない。
神殿騎士が精鋭って話はどこいった?
「師匠、こりゃあいつら足手まといだぜ? ここはあいつらを囮にして、オレたちはとっとと先に進んだほうがいいんじゃねえか?」
囮用に連れてきたエルフがなんか言ってる。
「あいつらを囮にして先に? バカなこと言ってるんじゃないニャ」
まったく、この先なにが起こるか予想もつかないというのに、ここで切り捨てては俺たちが体力温存できないではないか!
まあ口には出せないのだが。
「へっ、師匠も甘くなったもんだぜ。出会ってすぐ、オレを一撃でのした師匠はもういねえんだな。じゃあ、オレだけ先に行っちまうぜ!」
そう言ってエルフは駆けだした。
駆けて、道路に飛び出して、そして突如として出現した『自動車』に撥ねられた。
ショーのイルカみたいに宙を舞った。
「ほんげぇぇぇ!?」
「ぴよぉぉぉ!?」
バカめ、いきなり道路に飛び出すからだ!
場合によっては道路にいなくてもトラックに撥ねられたりするんだぞ!
「あの愚かなエルフをよく見るニャ! こういう場合、勝手な行動した奴からあんな感じで報いを受けるニャ!」
出現した『自動車』はアイルを撥ねたあとすぐに消失。
おそらく道路に踏み入るのがトリガーとなって出現、そこにいる者を撥ねるという『悪夢』なのだろう。
「ななっ、なんぞ!? 今のなんぞ!?」
さすがに爺さんでも自動車は知らんか。
「あれはニャーの世界ではありふれた移動手段として普及していたものだニャ。十六億台ほどあるって話だったニャ」
「お主の世界やっぱり地獄じゃろ!?」
爺さんはどうも勘違いをしているようだが……。
説明して誤解を解くのも面倒くさい、と思ったその時だ。
ひゅんっ、と空から飛来するものが。
となれば子猫を餌食にする猛禽?
それともカラスか?
いや、違う。
なんか丸い、薄っぺらい円盤状の……なんだあれ!?
飛来した『丸いもの』はそのまま爺さんの首にぐさっと。
あわや首ポロリかと思ったが――
「ま、前が見えんが!? なんぞこれ!? なんぞこれ!?」
その『丸いもの』は爺さんの首にドッキングしていた。
なんだかその姿は西洋の人物画で見たことがある……ってか、まさにそれが由来のエリザベスカラーじゃねえか。
正式名称はアニマルネッカー。
犬猫が体に負った傷口を舐めたり咬んだりできないよう、首に取りつける動物用医療具だ。
つけるとパラボラアンテナの真ん中に頭があるみたいな感じになって、ちょっとひょうきんに見えちゃう道具である。
「ま、周りが見えん!? なんぞこれ!? なんぞこれ!?」
四足歩行する動物のための道具だ、直立二足歩行の人間と相性が良いわけもなく、視界を塞がれた爺さんはよたよた離れていく。
と、そこに『喧しいやつ』が集団でポップ。
奇声を上げながら、寄って集って爺さんを仲良くボコり始めた。
『きゃきゃっきゃー! よしよしよしー! イイコイイコ!』
『カワイイカワイイ! こっちこっちー! うきゃー!』
「なんぞこれぇぇぇ!」
良い子かどうかはわからんが、少なくとも可愛くはないだろ……。
まあなんにしろ、あれは助けたほうがいいんだろうな。
やれやれ。
まだ来ばっか、移動もしてねえってのに、さっそくわちゃわちゃしてきたぞ……。
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