第32話 彼女は猫に囲まれて
さて、レオ丸たち神殿勢の準備が整うまでの間、俺たちは神猫たちの相手をしつつしばしの待機となった。
さすがに和気藹々とはいかないが、よく知らないお偉いさんに気を使いながら一向に進まない時間に胃をきりきりさせるほどでもない、そんな状態である。
若干ながら空気がのんびりしているのは、社交的というか、偉ぶらず人にも友好的なミャウのおかげだろう。
そんなミャウとは逆に、ニャゴはつーんとプライドが高そうで、ニャニャは両者の中間といったところである。
「ニャスポーンちゃんが用意してくれる物は、どれも魔素が豊富で美味しいですにゃ~ん」
そして現在、立派な応接間にて皆が見守るなか、ミャウはずっと俺が用意した食料を食べ続けており、その隣りではシセリアが妖精騎士フォームのままヤケ食いをしている。
どうして両者が並んでいるかというと、ミャウがシセリアに仲間意識を持って側に寄っていったからだ。
結果としてシセリアは嬉しそうに食事を続けるミャウと、そんな彼女(?)に『食べすぎだニャ』とお小言を言うニャニャとニャゴに囲まれながらお菓子を食べることになっていた。
「ケインさん、コーラくだしあ!」
こいつ、さては無敵だな?
いくら俺が側にいるとはいえ、この状況で平然と飲み物を注文してくるとは……。
シセリアの豪胆さに畏怖を覚えつつご要望のコーラを与えてやったところ、ミャウにお小言を言い疲れたニャニャが俺に話しかけてきた。
「ニャー様はときどきこうやって寂しがることがあるニャ」
「ニャ? それは難儀なことだと思うニャ」
「まったくだニャ。でも今回はちょっと特殊で、外的要因が関わってのものなんだニャ」
「ニャ……?」
神さまにとって発作のようなものなのであれば、それはもう世の摂理として受け入れるしかないのだろうが、それが外的要因によって触発されるとなると話が変わってくる。
「その要因は取り除く必要があるニャ?」
「あるニャ。でも立場的にニャー様や我輩たちがやるのもはばかられるから、お前が自主的にやるニャ」
「ニャ!? なんでニャーなんだニャ!?」
「適任だからニャ。その要因はお前にとっても無関係ではないし、むしろお前自身も一端だニャ」
「うニャー……?」
「いずれ時が来れば自ずと理解するニャ。だから今は『悪夢』退治を頑張るニャ」
話を振ってきたのはニャニャだというのに、なんだか中途半端なところで切りあげられてしまった。
できればもうちょっと詳しく聞きたかったが、あいにくと大神殿勢の準備が整ったと知らせがきてしまったので仕方なく移動する。
集合場所と指定されたのは聖堂で、先に到着した俺たちは祭壇前でたむろ。
神さまを抱っこする女性の像と、足元に添えられた一輪の花。
その周囲に配置された猫像の実物が今まさに揃っているわけだが、こうして見比べてみると像のほうが若干美化されているように思える。
像のほうはキリッとしているが、実物はもっと猫、なんというかマイルドなのである。
そんな感想を抱いていたところ、少し遅れてレオ丸たち神殿勢がやってきた。
いっさいの私語なく、ガシャンガシャンと金属鎧の擦れる音だけを響かせながら整然と聖堂に入ってくるレオ丸たちの雰囲気は実に厳かなものであり、それでいて浮かべる表情は涼やかさを感じさせる晴れ晴れとしたものであった。
とても先ほどまで拷問にかけられ、苦悶の表情で悲鳴を上げまくっていた連中とは思えない変貌ぶりだ。
纏う鎧は神殿騎士とは違い一点物で、それぞれの胸にはそれぞれ違った猫の意匠が施されている。
おそらく各派閥が信奉する神猫なのだろう。
わかりやすいのはレオ丸の鎧で、その胸には眠る猫――つまり神さまの意匠が施されていた。
このレオ丸と枢機官たちのあと、ゴロにゃんを筆頭とした神殿騎士たちが続く。
統一された猫耳鎧のほか、各部を保護する防具に留めた者、軽装の者も混じっていることから、ちゃんと臨機応変に戦えるよう考えて編成をおこなったようだ。
こうして聖堂に集まった者は、レオ丸と枢機官団で二十五名、ゴロにゃんたち神殿騎士が五十名ほど、ここに俺たちが加わって総勢八十名ちょっとと、数的には小規模な中隊である。
さすがに多い……でもいまさら人数を減らせとは言えない。
まあなるようになるだろう、そう思いなおし、さっそく出発しようと思ったらレオ丸たちは粛々と信者席を埋め始めた。
お前らなに休憩始めとんねん、と言いかけて気づく。
これ、もしかして出発前に誰かがなにか言うやつか?
でも大神官のレオ丸は最前列に座っちまってるし、となるとこっちでなにか言えと?
なら……ここは偉大なる聖騎士様の出番だろう。
俺は『お前に任せる』という意味を込めてシセリアに真摯な瞳を向けてみたが、なんということか、シセリアの奴め、弾丸を込めるようにうま○棒(コーンポタージュ味)をお口にスロットインするのに忙しくて気づきもしねえ。
それでも俺は粘ってみたが、スロットインされ続けるうま○棒は途切れることがなく、そのうちシルと爺さんに『ほれ、お前がやるんだよ、ほれ』と小突かれ始めたので、仕方なく前に出た。
で、なにを喋ればいいんですかね?
いやまあ、出陣前なんだから、そりゃあ士気が高まるようなことを言うべきなんだろうが、そもそもレオ丸たちの士気はすでに高い。
これならそれっぽいことを言うだけで、勝手に『うお~』って盛り上がってくれるんじゃないかな?
というわけで――
「諸君! これからニャーたちはニャニャの要請によりなんだかよくわからない所へ向かうニャ!」
それっぽいこと、それっぽいこと、と思いながら俺は話を始める。
「そこで待ち受けるものは神の『悪夢』であり、諸君らの使命はこの『悪夢』を少しでも多く退治して神が平穏を取り戻すお手伝いをすることニャ!」
事実確認は大切だと思うから入れる。
あとはレオ丸たちがどう感じるか、などを……。
「喜ぶがいいニャ! 感謝するがいいニャ! なにもかもを与えてくれる神に、ようやくお返しができる絶好の機会がきたニャ! これは言わば聖戦ニャ! いっさいの邪念を孕まぬ神聖なる戦いニャ!」
危険らしいので注意喚起なども……。
「たとえ道半ばで倒れようと、それも殉教という誉れニャ! 神が安らかに眠り続ける限り世は在り、人の営みも在り、また信仰も在り続けるニャ! それは人の定命に比べれば永遠のようなものだニャ!」
あとは……いや、もうまとめでいいか。
下手に長く喋るとボロが出る。
「誇るがいいニャ! 刻むがいいニャ! 聖戦に臨む諸君らの名は、偉業と献身は、その永遠の中で語り継がれることになるニャ! 諸君らは今、神と共に在り続ける永遠を手に入れたのニャ!」
で――
『――――』
静寂だ。
なんかもう耳鳴りがしそうなほどの静寂だ。
「ニャ……ニャゥン……」
予想ではそれなりに『わー!』となるはずだったのが、びっくりするほどシーンとなってしまってちょっと焦る。
こりゃ盛大にハズしたか、と思われたとき――
「行きましょう!!」
レオ丸が叫び、勢いよく立ち上がると、神殿勢もこれに倣い立ち上がって『うおーっ!』と鬨の声をもって応じた。
うん、やかましい。
こちとら猫だぞ、音には敏感なんだ。
そんな神殿勢が大騒ぎを始めたなか、俺になんか喋れとせっついたきたシルと爺さんが困り顔でまたつんつん突っついてくる。
「煽りすぎだぞ。これでは無茶をしかねん……」
「お主はほどほどという言葉を知らんのか……?」
「ニャうー……」
いちおう成功と言える状態のはずなのに、なんで苦情が入るんですかね?
「ニャスポーン様! わたくしどもの覚悟はできております!」
「さあ征きましょう! ニャザトース様のお役に立つのです!」
「聖戦! 聖戦! 戦場が我らを呼んでいる!」
いや、うん、ちょっと暑苦しいわ。
もっと控え目な感じで『みんな頑張ろうね!』くらいでよかったかもしれない。
「んー……まあいいニャ。ともかくこれで準備は完了ニャ」
熱もそのうち冷めるだろうと、神殿勢のことはもう気にしないことにしてニャゴに準備ができたことを伝える。
ここで『ニャスポンがんばって!』と応援してくれたのはおチビたちで、さらに――
「頑張るニャ! 汎界の平穏はお前たちにかかってるニャ!」
「みにゃさんのご武運をお祈りしてますにゃ~ん」
ニャニャとミャウにも応援され、神殿勢がますます意気込む。
これニャニャが一声かければよかったんじゃないの?
「では門を開くニャン。くれぐれも油断しないようにするニャン」
神殿勢が騒がしいなか、ニャゴはそう言って転移門を開いた。
あやふやな形をした神殿猫たちの転移門とは違い、ニャゴのものは姿見のようにきっちりとした形をしている。
「んじゃまあ、とりあえず出発ニャ」
やたら士気が高まってしまったレオ丸たち神殿勢、そして逆に引いてしまったうちの面々を引き連れ、俺は転移門をくぐった。
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