第30話 神の見る悪夢
突然のニャニャ登場。
これだけでも聖都が大混乱に陥るには充分な衝撃だったが、事態はそれだけに終わらず、さらに二体のもふもふが現れる。
一体はすらりとした縞三毛、もう一体はふっくらふさふさ長毛の黒猫で、どちらもニャニャと同じく輝くような金の瞳をしている。
この三体のもふもふの登場は、猫好きの罪人が落ちる地獄のごとき様相を呈していた室内の雰囲気を一変させた。
うちの面々や書記官、神殿騎士、そればかりか、さんざん喚き散らしていたレオ丸や枢機官たちが嘘のように静かになり、厳かな表情で佇まいを直してお手本のような正座姿になるという変貌ぶりだ。
すげえ、信仰心が苦痛を超越したぞ!
気の持ちようで火も涼しくなるって本当だったんだ!
また、膝の上のトレイで『もっとおやつよこすにゃん!』と騒いでいた猫たちも、ちょーんとお上品にお座りしており、それはレオ丸たち総勢二十五名の毅然とした様子と相まって一種壮観であったため、これはぜひ記録しておかねばと俺は猫スマホにて撮影をおこなった。
もしなんとかして印刷できたら、大神官と枢機官たちはこのような過酷な試練にあっても涼しい顔をしていた、と宣伝できそうだ。
で、ニャニャたちだが、なんでまた現れたのか?
もしレオ丸や枢機官たちの信仰の高まりに引き寄せられたのだとしたら、これから神殿で面倒な問題が発生した場合はこうやって来てもらえばいいんじゃないかなーと俺は思いつつ、一方でたぶん違うんだろうな、という予感も覚えていた。
ともかくまずは確認だ。
「ニャニャたちはこいつらの様子を見に来たの?」
「そうとも言えるし、違うとも言えるニャ」
「どういうこと?」
「この立て込んでる時にけったいな波動の高まりを感じたから、ちょっと確認してみたニャ。そしたらなんか頭のおかしいことしてる連中がいて、そこにお前を見つけたニャ。だから来たニャ」
あれ、俺が目当てなの?
「それでおめーどういうことニャ! なんでニャスポーンじゃなくなってるニャ!」
「え? 時間経過で戻ったんだけど……」
「そんなわけねえニャ! ちょっと確認するから待つニャ!」
そう言ってニャニャは目を瞑ってサンバのように腰をふりふり。
で――
「う~ニャッ! ……把握したニャ。これは我輩にとっても想定外というか、まああれだニャ、シャカ、ちょっと来るニャ」
「うなぁーうー……」
ニャニャに指名を受け、シャカがとぼとぼやってくる。
「お前の気持ちはわからんでもないニャ。でも考えてみるニャ。お前だって発生したての頃はけっこうやんちゃしてたニャ。あいつはどうしようもない行動を起こすものの、よいことだってやってるニャ。こういうのは長い目で見てやることが大切ニャ」
「おぁーう、おうぉー……」
「確かにろくでもないことを止めるにはそのほうが……わかったニャ。ひとまずお前の意思で分離できるようにしておくニャ。しばらくはそれで様子をみるニャ」
「にゃ!」
とまあ、なにやらシャカがお小言をくらっているようだったので、その間に俺は皆の手を借りてレオ丸たちを十露盤板から救出した。
ここでやっておかないと、このままずっと座ってそうだからな。
「さて、ちょっと想定外があったけどまあいいニャ。我輩たちがこうして現れたのは、ちょっとお前に用があったからニャ」
「俺に?」
「そうだニャ。実は――」
「そっちの猫たちが嬉しそうに舐めていたものをね、私にもいただけにゃいかにゃーと思ったんですにゃん」
ニャニャの言葉を遮ったのは、一緒に現れたふさふさの黒猫だ。
「私はミャウ=ニュグラスですにゃ。ミャウと呼んでくださいにゃーん」
神猫版のシセリアか?
とりあえずち○~るを盛ったお皿を渡してやると、ミャウは器用にお皿を受け取ってさっそくぺろぺろ舐めだした。
「なるほどにゃー、これは美味しいですにゃ~ん」
普通に喜ばれた。
神猫といえどやはり猫か。
まあご希望には添えたようなので、ニャニャと縞三毛にもち○~るを盛ったお皿を差し出したが……なんかやれやれと首を振られた。
「ちげーニャ。我輩たちはそんな用件で来たんじゃねえニャ」
「用があるのは我とニャニャで、そっちのは勝手についてきたおまけだニャン。ちなみに我はニャゴ=ニョトース。お前にはニャゴと呼ぶことを許すニャン」
そう言いつつもお皿を受け取ってぺろぺろする二体。
違うと言うわりには夢中である。
結局、三体のでかい猫がち○~るをペロペロする様子をみんなで静かに見守るという状態になってしまったのだが……ふと気づく。
この三体って神さまを抱っこする女性の像の周囲に置かれていた奴らじゃねえか。
とくにミャウはこの騒動の発端(?)になっている神猫である。
理由はともかくこうして来てくれたのだから、それこそ今回のことを相談すればいいようなものだが……あいにくとレオ丸たちは神妙にするばかりでニャニャたちに話しかけようなんて気配は微塵もなかった。
となると俺が質問するしかなく、ちょうどミャウがいち早くち○~るを平らげるところだったので、鰹のたたき一本をそっと差し出しつつ質問をしてみる。
「ミャウは豊穣って称号にこだわりはある?」
「にゃんのことですにゃーん?」
「あー、えっとな……」
おそらく想像通りになるだろうと思いつつ、ミャウに『招き猫』と豊穣派の間に発生した問題についての説明をしてみた。
結果――
「あむあむ、私にそんな執着はありませんにゃ。はくはく、好きにしてくれたらいいですにゃーん。もぐもぐ、このお魚美味しいにゃ!」
「そう、ですか……」
そう呟いたのは豊穣卿で、どこかほっとしたようであった。
こうして『関係する神猫に来てもらうのが一番早い』という当然の帰結が証明され、今回の問題はあっさりと解決した。
いや、どうせならさらに神殿の問題も確認をとるか。
俺はさらに鰹のたたきを二本用意し、ニャニャとニャゴに差し出しつつ神殿に蔓延る面倒事についての説明をおこない、ニャニャたちの見解を聞いてみた。
「我輩たちにそんな気を使う必要はねえニャ。なんかおかしかったら引っ叩きに行くから、それまでそっちの好きにやったらいいニャ」
神殿の問題を一発で片付けるありがたいお言葉。
これにて一件落着である。
ただ、問題がいっぺんに解決してしまったことで、俺の提案した信仰力測定という試みが、いたずらにレオ丸たちを拷問に誘っただけという悪魔のごとき所業となってしまうのだが……。
ま、いっか。
「それで、ニャニャたちは俺にどんな用があるんだ?」
「おっとそうだったニャ。実は困ったことになってるニャ」
「困ったこと?」
「ニャー様が『悪夢』を見てるニャ」
ニャー様とはつまり神さまのことで、この世界はその神さまが見ている夢ってことだから……。
「あれ、もしかして大ごと……?」
「大ごとニャ。今のところ影響はまだ神域だけに留まってるニャ。でもいずれ『悪夢』はこっち側へと出てきてしまうニャ。その際はこっちを見張ってる連中から警告が発せられて、竜のような強者が対処することになってるニャ」
「シルさんや、知ってるかね?」
「い、いや、私は聞いたことがない……のですが」
幼児退行から回復したシルが恐縮しつつ首を捻る。
「あー、シルにゃんの爺さん婆さんくらいならたぶん知ってるニャ」
シルの爺さん婆さん……。
時間のスケールがかなりでかいことになりそうだが、探るとシルが怖そうなのであまり考えないようにする。
「そういう決まりがあるってことは、過去にもあったことなんだな」
「そうだニャ。こっちに現れた『悪夢』はひとしきり暴れたあと消滅するニャ。その際、その地域には高濃度の魔素が残留することになって、魔境とか魔窟になっちまうニャ。それはある意味で恵みとも言えるニャ。でも事前に防げるなら防いだほうがいいニャ」
「事前にって、どうやって?」
「神域で退治するニャ。退治して『悪夢』を減らせば、ニャー様もぐっすり安眠できるニャ」
またいつか悪夢を見るその時までは、か。
「もしかして俺にその悪夢を退治しろって用件だったりする?」
「そのとおりニャ!」
「ってことは、ニャニャたちだと退治できない理由がある?」
「おっ、話が早くて助かるニャ! そのとおりニャ! ニャー様の『悪夢』は猫にとっても悪夢で、我輩たちでは効果的に退治することができないニャ! でも人にとっては大したことのない『悪夢』だニャ! だからお前が行って蹴散らしてやるニャ!」
「そういうことか……。でもそれならほかの使徒にも要請したらいいんじゃないか?」
「これはお前を見込んでの話だニャ! 正確にはニャスポーンを――あ、そうだったニャ」
ニャニャが俺とシャカの肩に前足を置く。
「とっととニャスポーンになるニャ」
「んん!?」
「うにゃ!?」
俺とシャカがびっくりしているうちに、それは成されてしまう。
なにか一瞬の眩しさがあり、気づいてみると――
「あっ、ニャスポンだー!」
「ニャスポン! ニャスポンがもどった!」
「ああ、ニャスポン! 会いたかったわ!」
大人しくしていたお嬢ちゃんたち――ノラ、ディア、メリアが大喜びするとおり、俺は再びニャスポーンと化していた。
ああ、なんてこったい。
色々と難儀して、やっと戻れたというところだったのに!
俺は悲歎することになったが、それとは逆にお嬢ちゃんたちは大喜び、我先にと抱きついてくる。
ぴょーんぴょーんと、どんどん飛びついてくる。
ええい、だから俺は江戸村に生息するチョンマゲ猫ではないというのに!
ちくしょう!
なにが江戸だ、なにが来てちょんまげだ、ふざけやがって……!
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