第11話 コタツに入ってひと休み

 陞爵式が終わった翌日。

 このところの過度なストレスからようやく解放されたシセリアは一気に気が抜けたらしく、シルさん家の居間、畳の上ででろりんと伸びており、その活きの良さなど微塵も感じさせない様子は海岸に打ち上げられたクラゲを彷彿とさせた。

 ときおり「ほげほげー」と鳴いたりもするが、それはべつに皆の注意を惹こうとしているわけではなく、おそらくは風呂につかったときについ口を突いて出るうめきのようなものと思われる。


 このお疲れのシセリアを、そっとしておいてあげようという優しさが皆にはあった。

 だがあいにくと、シルさん家には人の心を持たぬもふもふのケダモノが居候しており、『これはよい敷物だにゃん』とばかりに暖を求めシセリアに群がってしまう。

 最初こそ遠慮していた邪妖精たちも、ならまあいいか、とシセリアにじゃれついて、結果、猫と妖精まみれになったシセリアは局所的なメルヘン空間を形成。

 その光景はちょっとした御伽話の一幕のようで、琴線に触れたのだろう、おチビたちとエレザはせっせと撮影をしていた。

 と、そんなおりだ。


「ごめんください」


 庭からの声。


「あれー、誰かきたー?」


「誰かな誰かな?」


 ノラとディアがてけてけ。

 縁側への戸を開けるとそこにはセドリックが佇んでおり、その後ろには荷物を担いだ数人のドワーフたちがいた。


「あれ、お父さま、どうしたんです?」


「ようやく支店ができあがったからね、守護竜様にご挨拶をと伺ったんだよ」


 メリアの言葉に、セドリックはにこにこと答える。


 この地域の発展を見込み、セドリックが支店を建てたのは通りを挟んだ森ねこ亭の正面だ。

 シルはこの地域の顔役というわけではないが、なにしろ守護竜、この辺りに新しく居を構えた者が挨拶に伺うのは当然のことだろう。


「シルヴェール様、何度かお会いしておりましたが、あらためてご挨拶を。わたくし、近所で商売をさせていただくことになりましたセドリックと申します。いつも娘のメリアにはよくしていただき、誠にありがとうございます」


 ひとまずセドリックはシルにほどほどの挨拶。

 あまり仰々しい挨拶は好まないと知らせてあったし、シルにしてもセドリックはこの都市の商人というより、いつも遊びに来ている女の子のお父さんという印象が強いのだ。


「それでですね、お礼とご挨拶をかねまして、このような物を用意させていただきました」


 そう言ってセドリックは背後のドワーフたちを見る。

 担いでいるのは骨組みのテーブル、それからまとめられた布団だ。

 これは――


「あれができたのか」


「はい、あれができました」


 にやり、と俺とセドリックは笑顔を交わす。

 今回、セドリックが用意したのは俺としても待望の品。

 コタツである。


「よーしシル、さっそく設置してもらうぞ」


「かまわんが……なんだそれは?」


「故郷の暖房器具なんだ」


 設置してもらう間、シルに事の経緯をちょっと説明。

 きっかけは、以前セドリックからシルへの贈り物について相談を受けたところにまでさかのぼる。


 普通なら高価だったり希少な品を用意するのだろうが、ぽいぽい異世界の品々を創造する俺という存在がいるためどう頑張っても気に入ってもらえそうな物が用意できないと困り果てていたのだ。

 せめて無用と判断されるような品は避けたい。

 そんなセドリックに俺は「絶対シルは気に入るから」と、コタツを作って贈ってみることを提案した。


 セドリックからコタツ製作の依頼をされたドワーフたちは、このくそ忙しいのに、と多少の文句を言いつつも、シルへの贈り物となれば仕方ないと引き受け、魔道具で暖房機能を再現した、この世界で初となるコタツ――魔導コタツを作り上げたのである。


「なるほど、気を使わせてしまったか。それで……大きいのと小さいの、二つあるのはどういうことだ?」


「小さいほうは猫用だ。絶対、占拠しようとするからな。ならいっそと思って、あらかじめ用意してもらったんだよ」


 設置してもらったあと、魔導コタツの使い方を聞く。

 さすがに細かな調整はできず、内部のスイッチで温度を高、中、低と切り替える仕組みのようだ。

 とりあえず温度設定を中にして少し待つと、コタツ内部がほんわか暖まり始めた。


「よーし、シル、試してみてくれ。座って、足を入れるんだ」


「ふむ……」


 勧められるままコタツに入るシルは、嫌々というわけではないが、喜んでというほどでもない。

 まだコタツの有用性を理解できず半信半疑なのだろう。


「ふむ、足が温かい。温かいが……そんなによいものか?」


「使っているうちにわかる」


「ふむー」


 やはり半信半疑。

 だが俺にはわかる。

 数日もすればシルはコタツに棲むドラゴンと化し、春頃には「ヤダヤダ、コタツしまっちゃヤダー!」と猫たちと一緒になって駄々をこねることになるのだ。


 そんなことを思ってにやにやしていると、せっかく完成させたコタツの評価がいまいちなことを気にしたのだろう、ドワーフたちも援護をしてくれる。


「守護竜様、これは良い物ですぞ」


「なにしろ儂らも自分たち用に拵えたくらいですわ」


「これに入ってぬくぬくしながら飲む酒は最高なんじゃー」


「ほほう……!」


 あ、シルが食いついた。

 結局はそこに帰結してしまうのか……。


「いや、そんな期待の眼差しを向けられてもな……。とりあえず夜まで待て。夜まで」


「むぅ……」


 ちょっと残念そうな顔をするも、夜の楽しみだと気を取り直したのか、シルは周りで見ていたおチビたちに言う。


「ほら、お前たちも見てないで入ってみるといい」


 はーい、と勧められたおチビたちはいそいそとコタツへ。

 で――


「足、あったかーい」


「あったかいねー」


 率直な感想を交わすのはノラとディアで、すぐにへにょっと猫背になって顎を天板に乗せてくつろぎ始めた。

 あまりお行儀のよくないお嬢ちゃんたちである。

 上品にぬくぬくしているメリアを見習わなければならない。


 ラウくんとペロは、それぞれテペとペルを抱っこ。

 コタツには入れていないテペとペルだが、布団越しの抱っこは居心地がいいようですぐに丸くなってもぞもぞ体勢を整え寝にはいる。


 するとその様子を見て、シセリアの上に陣取っていた猫たちがのっそりと立ち上がり、不穏な空気を放ち始めた。

 このままでは仁義なきコタツ占領戦が始まってしまう。


「クーニャ、あっちの猫たちを小さいコタツに誘導してくれ」


「はーい、かしこまりました」


 クーニャに指示をしてから、俺は小さいコタツの布団をめくり上げてトンネルを作ってやる。

 説明を受けた猫たちは、尻尾をピーン、にゃーにゃー鳴きながら列になって布団のトンネルをくぐりコタツへと入っていく。

 いずれほかほかの蒸し猫ができあがることだろう。


「シャカ、お前もこっちだな」


「うなーん」


 でっかいシャカは中に入りこめないので、人と同じように座って後ろ足をコタツに入れるスタイルだ。

 ……。

 どっかで見たことあるな、こんな猫。


「さて、あとはこれだな。皮を剥いて食べるといい」


 籠いっぱいのミカンを用意して皆に勧めてやると、さっそくシルとおチビたちは手に取ってもっしもっし剥き始めた。

 と――


「ほげ?」


 美味しそうな物がある、とシセリアがのっそり起き上がり、こっちにやってくるともそもそコタツに入り込み、皮むきの仲間入りをはたす。

 一緒についてきた邪妖精たちは天板に乗っかり、おくれー、その果物おくれー、と雛のようにシセリアに催促を始めた。


「なんか、とたんにくつろいだ雰囲気になったな……」


 やはり冬の日本家屋にはコタツということなのだろう。

 この様子に、贈ったセドリックも『大丈夫そうだな』と判断したのかほっとしたように微笑み、そんな彼にミカンを頬張ったシルが労いの声をかける。


「うむ、セドリックよ、感謝するぞ。なにかあれば力になるからな、遠慮せず言うといい」


「ありがとうございます」


 嬉しそうに礼を言うセドリック。

 この度の挨拶はまずまずの成功だろう。


 こうしてひとまずの成果を得たセドリックは満足して帰るかに思われたが、そこは商人、今この王都で最も知名度のある人物への顔つなぎも欠かさない。


「シセリア様、この度は辺境伯への御陞爵、おめでとうございます」


「ほえ? ありがとうございます? あー、でも『様』はやめてくださいよ。そこは『さん』くらいでお願いします」


「わかりました。ではシセリアさん、なにかご入り用なものはありませんか? 日用品からお屋敷まで、喜んでご用意させてもらいますよ」


「え、屋敷……?」


 セドリックは無茶なことを言っているようだが、今のシセリアなら屋敷くらい持っていてもおかしくないのか。

 むしろこの国を代表する騎士が、こぢんまりとした宿暮らしをしているほうが世間的にはおかしいのである。


「自分の屋敷ってのはちょっと憧れますねー」


「おや、気になりますか? よろしければ、ご都合がよろしい日に売り出し中の屋敷をご案内させていただきますが……」


 興味があるならとさらに提案するセドリックだったが――


「シセリアさん、お屋敷を持つのはなにかと面倒ですよ?」


 邪妖精たちに剥いたミカンを取られてしまうシセリアのため、ミカンを剥いてあげていたエレザが口を挟む。


「管理のために人を雇わなければなりませんし……。貴族街からこちらへ通うのも手間でしょう?」


 エレザは屋敷を持った場合、生活がどう変化するのかを説明し、それを聞いたシセリアの顔はどんどん渋くなっていった。

 そりゃシセリアからすれば、寝るためだけに帰る場所だもんな。


「私は森ねこ亭でいいですね。部屋はちょっと狭いですがどうせ寝るだけですし、掃除も洗濯もしてくれますし、定期的に布団を干してくれますし、なにより食事が美味しいですから!」


 シセリアの結論は早かった。

 これにはディアもにっこりだ。


「はは、立派な屋敷というのはお貴族様の箔づけにもなりますが、シセリアさんはご自身の才覚によって今の地位を得た方、そんなものは必要ありませんか」


 本気で屋敷を買わせるつもりはなかったようで、セドリックはほがらかに笑う。


「それでは、私はこのあたりで失礼させていただきますね」


 シセリアへの挨拶はちょっと微妙になったが、失敗というわけでもないので気落ちした様子もなくセドリックはお暇することに。

 しかし縁側への戸を開けたところ――


「おや? 庭に猫がいますね。ずいぶんと身綺麗な……」


「え、猫ちゃん?」


 と、コタツから飛びだしていったのはメリアのみ。

 いつもなら一緒に動くであろうノラとディアは、すでにコタツの魔力に取り込まれてしまい、ミカンをもちゅもちゅしながら首を伸ばして庭を見るくらいの行動しかしない。


「見て見て、綺麗な猫ちゃん!」


 庭へ飛び出していったメリアが抱っこしてきたのは、クリーム色の上品なケープを身につけた、毛並みのいい白猫であり、首からは装飾の施された筒をさげていた。


「みゃうーん、みゃー、みゃん」


「はいはい。お手紙ですね」


 白猫にクーニャが応え、首の筒から手紙を取り出して目を通す。


「ふむふむ……。これはケイン様とシセリアさん宛ですね」


 え、と嫌そうな声を上げたのはシセリア。

 だがクーニャはかまわず続ける。


「大神殿からの召喚です」

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