第10話 暗黒騎士といったらデバフ

『まえがき』


 すみません。

 風邪ひいて寝込んで大スペクタクルな悪夢を見ていました。

 未開の惑星の調査にいって巨大な蟹に胴体を挟まれたり、電車に乗っていたらなぜか密林に到着して侵入してきたラプトルから逃げ回ったり、そんな感じの夢です。



――――――――――――――――――――――――――――



「ファ……ファ……ファ?」


 唐突に決闘の舞台へ立たされることになったシセリアは、まだ現実を受け止めきれていないようであった。

 いったいどうしてこんなことに?

 考えてもわからなかったようで、シセリアは『あっれー?』と首を傾げたあと、ひとまず助けを求めるように周囲を見回す。

 ところが決闘はもう決定事項と判断されたらしく、集まっていた貴族たちはさーっと離れていくところだった。

 エレザや邪妖精たちもこちらへと集まって観戦モードである。


「頭に血が上っているとはいえ、ゼクトン卿も無茶をする」


「なぁーに、シセリア殿も手加減はするだろうさ」


 貴族たちが心配するのはエレザのパパさんのほう。

 明らかにシセリアが過大評価されているようだが、実績を考えるとべつに過大でもないという不思議がそこにある。


「貴族とは力! つまり決闘こそが貴族の華よ!」


 パパさんはすっかりやる気で、暑苦しい持論を展開しつつ上着を脱ぎ捨てるとシュッシュッと拳を繰り出しシセリアを牽制。

 決闘は決闘でも、泥臭い殴り合いの決闘をお望みのようだ。


「は、話し合い……! 話し合いの余地はないんですか!? なんでもかんでも力尽くで解決しようというのはよくないと思います!」


 パパさんとは違い、決闘など御免被るシセリアはなんとか話し合いで場を治めようと必死だ。


「大切なのは……そう、相手のことを思いやれる心! たぶん友愛とかそういうやつです! 気に入らない相手でも、まずは友愛を示す! そういう貴族に、私はなりたい!」


 そうシセリアが宣言した――その時だ。

 じわじわ~っと。

 シセリアの背後、あぶり出しで浮かび上がる絵のようにスプリガンが静かに姿を現した。


『……ッ!?』


 突如出現した変なもの。

 これが初見となる貴族たちは『なんだあれ!?』と驚き、なかには目をごしごし擦る者もいたがあにくと錯覚ではない。


『……』


 かつてなく地味な登場をしたスプリガン。

 貴族たちのざわめきに動じることなく沈黙を貫いており、あんまりにも静かなのでシセリアはまだその存在に気づいていなかった。


「ん?」


 とはいえ周囲の様子が妙なことには気づいたようで、なんだろうときょろきょろ左右を確認。

 でも背後のスプリガンには気づけない。

 それがもどかしかったのだろう。


「シセリアー! 後ろ、後ろー!」


「ああもう、ちゃんと見なさいよ!」


 邪妖精たちが指摘。


「……?」


 シセリアは身を捻って背後を確認。

 で――


『来たぞ』


「フアァァァ――――――ッ!?」


 盛大に驚いてびくんびくん痙攣した。

 べつにオバケやクリーチャーでなくとも、いないと思っていたところに人がいるとびっくりするものである。


「なん、なん、なんですか!? なにしれっといるんですか! びっくりして心臓がぎゅってなったんですけど! 痛いんですけど!?」


『我が騒がしいと苦言を呈していただろう? 今回は気を利かせて静かに登場してみたのだ』


「そういうことじゃないんですよ! そういうことじゃぁ……!」


『ふむ、驚かせたことは詫びよう。まさかチビらせてしまうとは思わなかったのだ。申し訳ない!』


「チビってませんけど!? 出し抜けにえげつない捏造するのはやめてくれません!? 名誉毀損でぶっ殺しますよ!?」


 決闘だからと駆けつけたのか、それともおちょくりに来たのか。

 スプリガンの真意は定かではないが、関わりを持ってからというもの散々な目に遭ってばかりのシセリアは強い拒絶を示す。

 友愛への道のりはまだ遠いようだ。


「エレザさんのお父さん! 変なのが湧いてきてしまいました! これはもう決闘は中止です! 絶対ろくなことになりません!」


「かまわん!」


「えっ」


「機会があればぶん殴ってやりたいと思っていたのだ! その鎧を手に入れてからというもの、エレザはますます好き勝手を始めたのでな!」


「正気ですか!?」


『よかろう! 我と我が主人の力、とくと見るがいい……! ぬぶるぁぁぁぁ!』


「ちょっとまっ……ああぁぁぁ――――――ッ!?」


 止める間もない強制装着。

 禍々しき騎士の登場に、初めて目にする貴族たちはおののき、誘拐犯捕縛作戦に参加していた者たちは感嘆の声を上げた。


『挑む者あらば、喜び勇んで応じよう! それがこの我、スプリガン……! ふふっ、血に餓えし我が主人も今か今かと待ちわびておるわ!』


「貴方、私の印象をどうしたいんです!?」


 シセリアは文句を言っていたが、スプリガンはまったく聞いちゃおらずエレザのパパさんを挑発する。


『さあ挑む者よ、くるがいい! そして知るがいい! 我と我が主人の偉大さ、人の身では太刀打ち出来ぬ存在がいることを!』


「ほざいたな! ぬぅえぇぇぇい!」


 さっそく殴りかかるエレザのパパさん。

 いっさいの躊躇なく、スプリガンの顔面に拳を叩き込む。


 ごいんっ、と響く鈍い音。


 撃ち抜くような一撃であったが、しかし、結果はスプリガンの顔がわずかに横へとそらされただけだ。


『ふっ、この程度か! 効かぬわ!』


「おのれっ! まだまだーっ!」


 ものすごい形相でパパさんは連撃を繰り出す。

 顔、顔、脇には突き刺すようなフック、膝を狙った渾身の蹴撃。

 わりと真面目に人体を破壊せんとした攻撃だったが……スプリガンには効果が薄く、すべて仁王立ちで受け止められてしまう。


「これ、私いらないんじゃないですかね……?」


 鎧の中で手持ち無沙汰、必要かどうか問われれば、たぶん『いらない』と回答されてしまうであろうシセリアの呟き。

 決闘に引きずり出されたかと思ったら、五分もしなうちにのけ者にされてしまってさすがにげんなりしているようだ。


「うおぉーっ! ぬあーっ! どえりゃぁぁぁっ!」


 その間にも猛攻を続けるパパさん。

 スプリガンへの恨みによって突き動かされているのだろうが、それでもさすがに限度はあり、やがて息を切らせながら攻撃の手を止めた。


「くっ、ろくに怯みもせんとは……!」


『すっかり疲労困憊のようだな。そろそろ敗北を認めてはどうだ?』


「誰が認めるものか!」


『であればやむを得まい。少し痛い目を――と言いたいところだが、前の主人の父にそう無体はできぬ。ならば……こうだ!』


 スプリガンのかざした手。

 ぼわっと黒い靄が噴き出し、パパさんを包み込む。


「むっ!? 貴様、なにをした!」


『些細な呪いよ。負けを認めるなら解いてやるが?』


「はっ、呪いだと!? このゼクトン・アーレクト、そんなものに屈するほどやわでは――」


『小便の際に激痛が走るようになったぞ』


「――ッ!?」


『あと、ときおり足の指がもげそうなほど痛むようにもなった』


「お前それは駄目だろう……」


 尿路結石と痛風。

 貴族を苦しめたその病は、どうやらこっちの世界でも恐れられているようでパパさんはすんっと真顔になった。


「わかった。やめろ。私の負けだ。だからやめろ。そういう普通に政務に支障をきたすのはやめろ。本当にやめろ」


 認めざるを得ない敗北。

 尿路結石と痛風を自在に発症させる暗黒騎士、なんと怖ろしい存在であることか。


 ともかくパパさんが敗北を認めたことで、どうやら決闘にも決着がついたことになったようで、エレザがぱたぱたシセリアの元へ。


「ああ、シセリアさん! 私のために、ありがとうございます!」


「いや私はなにもしていないんですけどね?」


 本当になにもしていないので感謝されても困るとシセリアは言いたいのだろうが、平常運転のエレザは聞いちゃいない。

 と、そんなエレザにパパさんが声をかける。


「エレザよ」


「むっ、まだなにか?」


「決闘に負けたのだ。もうとやかく言わん。だが、一度くらいはちゃんと顔を見せにこい。心配している者などほぼおらんが……母さんは気にかけている」


「む……」


 母親の話をされ、エレザは少し考え込んだ。

 こんなんでも母親には弱いのだろうか。


「今のお前を見たら、さぞ喜んで可愛がるだろうな」


「うっ、余計に帰りたくなくなったのですが……」


 あからさまな渋い顔。

 弱いというよりも、苦手なようだ。


 こうしてシセリアの活躍(?)により、エレザさん家の騒動はひとまず一件落着となった。


「やっぱり私いらなかったんじゃないですかね……?」


 ちなみに、その後の陞爵式はすんなり終わった。

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